勝ち取れ!婚約破棄、悪役令嬢のふりを極めます!

夏乃みのり

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夕暮れの執務室。

跪き、自分の全てを差し出すようにして、求婚の言葉を捧げる騎士。
その言葉を受け、美しい瞳から、ただ、一筋の涙をこぼす令嬢。

まるで、お伽話のワンシーンのような光景。

カインは、固唾を飲んで、グレイの返事を待っていた。
心臓の音が、うるさいくらいに響く。
もし、ここで断られたら。もし、自分の思いが、ただの迷惑であったなら。
そう思うと、氷の騎士の体も、わずかに震えた。

長い、長い、沈黙。

やがて、グレイは、そっと、涙を手の甲で拭った。

そして、俯いていた顔を、ゆっくりと上げた。

その表情に、悲しみの色はない。
戸惑いの色も、もう、ない。

そこに浮かんでいたのは、カインが、そして、誰もが見たことのないほど、妖艶で、蠱惑的な――最高の、『悪役令嬢』の微笑みだった。

カインの心臓が、きゅっと、縮み上がる。
まさか、この期に及んで、からかわれるのか。あるいは、芝居がかった言い回しで、断られるのか。

「カイン」

グレイが、甘い、とろけるような声で、彼の名を呼んだ。

「はい……」

「一介の騎士の身でありながら、この、偉大なる悪役令嬢であり、一国の女王でもある、わたくしに求婚するとは。あなたのその度胸、褒めて差し上げますわ」

その口調は、どこまでも、女王様然としていた。

「わたくしのような、国に捨てられた悪女を、妻にしたいだなんて……」

グレイは、くすくす、と喉を鳴らして笑うと、そっと、カインの前に、一歩、歩み寄った。

そして、あの祝宴の夜のように、悪戯っぽく、囁いた。

「ふふっ。お主も、相当の悪よのう?」

それは、あの夜、カインを真っ赤にさせた、からかいの言葉。

しかし、今、その言葉は、全く違う意味を持って、カインの心に、温かく響いた。

グレイは、跪いたままの彼に、そっと、自らの手を差し出した。

「さあ、お立ちなさい、わたくしの愚かな騎士。女王は、跪いた男とは、大事な話はしない主義ですのよ」

カインは、恐る恐る、その差し出された、白く、細い手を取った。
そして、その手に導かれるまま、ゆっくりと立ち上がる。

目の前に立つ、愛しい人。

彼女は、カインの手を離すと、今度は、両手で、そっと、彼の頬を包み込んだ。

そして、悪役令嬢の仮面を、するりと脱ぎ捨てて、ただの、恋する一人の女性の顔で、微笑んだ。

その笑顔は、どんな宝石よりも、どんな星の光よりも、輝いて見えた。

「答えは、イエス、よ」

「……え……」

「だから、結婚してあげる、と言っているの。聞こえなかったかしら、未来の旦那様?」

カインは、信じられない、というように、ただ、目を見開いた。

「ただし、覚悟なさることね?」

グレイは、悪戯っぽく、片目をつぶってみせた。

「この、大悪女の夫になるというのは、並大抵のことではないわ。あなたには、これから、わたくしの、生涯の『共犯者』になってもらうのだから。……その覚悟、おあり?」

その問いに、カインの口元が、ようやく、綻んだ。
それは、彼が、心の底から笑った、初めての笑顔だったかもしれない。

「――喜んで」

声が、震える。喜びで、震える。

「貴女の共犯者になれるのなら、騎士の身分も、この命さえも、惜しくはありません」

その言葉を聞くと、グレイは満足げに頷き、そして、次の瞬間、まるで、糸が切れたかのように、カインの胸に、その顔を、うずめた。

「……ばか」

くぐもった、小さな声。

「本当に、馬鹿な人……。わたくしのような女を、好きになるなんて……」

「その、馬鹿な女を、世界で一番、愛しているのですから、仕方ありません」

カインは、そっと、その震える、華奢な体を、腕の中に、抱きしめた。
初めて、触れる、愛しい人の温もり。

グレイも、おずおずと、その逞しい背中に、腕を回す。
彼の、広い胸板。耳元で聞こえる、力強い鼓動。
全てが、温かくて、優しくて、どうしようもなく、安心する。

ここが、自分の、本当の居場所なのだと、魂が、理解した。

「……ありがとう、カイン」

グレイが、ぽつりと、呟く。

「わたくしを、見つけてくれて」

「いいえ。礼を言うのは、俺の方です」

カインは、彼女の髪に、そっと、口づけを落とした。

「俺の、光になってくれて、ありがとう……グレイ」

夕日が、二人を、優しく、包み込む。

もう、言葉は、いらなかった。
ただ、お互いの温もりを、確かめるように、寄り添い合う。

悪役令嬢の孤独な戦いは、終わりを告げた。
これからは、一人ではない。
最強で、最高の『共犯者』が、隣にいるのだから。
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