婚約破棄された悪役令嬢は美味しい人生を手に入れた

夏乃みのり

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29話

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村人たちの、力強い信頼の声。
それは、王子と聖女の卑劣な企みを、見事に打ち砕いた。
計画が失敗に終わり、リーネは悔しそうに唇を噛み、オルトは怒りのあまり肩を震わせている。

その時だった。
今まで黙って成り行きを見守っていたマスカルが、静かに一歩、前に出た。
グルメアをかばっていた手をそっと離し、王子たちの前に、たった一人で立ちはだかる。

「……マスカル?」

グルメアが、不安そうに彼の名を呼ぶ。
普段の彼からは想像もつかないほど、その背中からは、冷たい怒りのオーラが立ち上っていた。

「あんたたちが、俺のことをどうこう言うのは、別に構わねえ」

マスカルの声は、低く、静かだった。
だが、その静けさこそが、彼の怒りの深さを物語っていた。

「俺は平民だし、料理人としても、一度は夢を諦めた負け犬だ。あんたたちみたいな、立派な貴族様から見れば、笑い者だろうさ」

彼は、一度そこで言葉を切った。
そして、氷のように冷たい視線で、オルトとリーネを、それぞれ射抜いた。

「だがな」

その声のトーンが、さらに一段、低くなる。

「グルメアを傷つけたこと。
俺たちを信じてくれる、この村の人たちを侮辱したこと。
そして……俺とグルメアの、魂のこもったピザを、その汚れた口で貶めようとしたことは……」

「絶対に、許さねえ」

その言葉は、雷鳴のように、広場に響き渡った。
普段は温厚で、朴訥で、怒ることなど滅多にないマスカルが見せた、底冷えのするような、本気の怒り。
その凄まじい気迫に、オルトとリーネは、思わず一歩後ずさった。
村人たちも、固唾をのんで彼を見守っている。

グルメアは、そんなマスカルの背中を、ただじっと見つめていた。
自分のために。
村人たちのために。
そして、二人の誇りであるピザのために。
この人は、王族を相手にしても、一歩も引かずに、たった一人で立ち向かってくれている。

(ああ、わたくしは……)

なんて、素晴らしい男性に恋をしたのだろう。
そのたくましい背中が、今、グルメアには、どんな騎士よりも、どんな王よりも、大きく、そして頼もしく見えた。
自分の選択は、何一つ間違っていなかった。
改めて、そう確信するのだった。
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