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王立アカデミーの卒業記念パーティー会場は、今をときめく若き貴族たちの熱気と、噎せ返るような花の香りで満ちていた。
「まあ、ご覧になって。あそこにいらっしゃるのはクライネルト公爵令嬢のアリア様よ」
「今日もエリオット殿下の周りを飛ぶ蝶のように付きまとっていらっしゃるわ」
「隣にいる可憐なリリアナ様が本当にお可哀想…」
壁際に寄り集まった令嬢たちが、扇の影でひそひそと囁きを交わす。
その視線の先にいるのは、燃えるような真紅のドレスを纏った一人の令嬢――アリア・フォン・クライネルト。
この国で知らぬ者はいない、傲慢で嫉妬深い、絵に描いたような『悪役令嬢』だ。
(聞こえてますわよ、あなたたち。わたくしの完璧な悪役ムーブについて、もっと褒めてくれてもよろしくってよ?)
アリアは優雅にシャンパングラスを傾けながら、内心でほくそ笑んでいた。
そう、彼女の悪評はすべて、血のにじむような努力と演技の賜物なのだ。
目的はただ一つ。
(ああ、早く…早くこの面倒な婚約を破棄して、自由の身になりたい…!)
王太子妃教育という名の、拷問に近い過密スケジュールから逃れるために。
アリアの婚約者である第一王子エリオットは、いかにも王子様らしいキラキラとした金髪をなびかせ、今は子爵令嬢のリリアナ・ローズと親密そうに語らっている。
庇護欲をそそる儚げな美少女リリアナ。彼女こそが、この物語のヒロイン。そして、アリアの計画における最後のキーパーソンだった。
(さあ、リリアナさん! もっと王子を誑かして! あなたの涙と上目遣いが、わたくしの未来を切り開くのです!)
アリアが心の中で熱いエールを送っていると、不意に会場の音楽が止んだ。
見れば、エリオットがリリアナの手を取り、壇上へと上がっていくではないか。
ざわ…と、会場にいる全員の視線が壇上に集中する。
(キタキタキタキターーーッ!!)
アリアは歓喜の叫びを必死に飲み込み、ポーカーフェイスを維持する。
いや、ここは悲劇に突き落とされる悪役令嬢として、訝しげな表情を浮かべるのが正解だろうか。
「皆、静粛に!」
エリオットが朗々と声を張り上げる。
彼の隣で、リリアナが不安そうに、しかしその瞳の奥には確かな勝利の色を浮かべて、アリアを見ている。
(いいわよ、いいわよリリアナさん! その勝ち誇った顔、最高にヒロインしてますわ!)
アリアは、最高の舞台を用意してくれた彼らに、心からの拍手を送りたかった。
「この場を借りて、皆に伝えなければならないことがある!」
エリオットは一度言葉を切り、まるで罪人を断罪するかのような厳しい視線をアリアへと向けた。
「アリア・フォン・クライネルト!」
名を呼ばれ、アリアはわざとらしく「え?」と小さく呟き、驚いた表情を作る。
(さあ、どうぞ! 皆様お待ちかねの、あのセリフを!)
エリオットは一つ大きく息を吸い込み、そして、叫んだ。
「君は、心優しくか弱いリリアナに対して、数々の嫌がらせを行った! その嫉妬深さ、もはや王太子妃に相応しくない! 君の悪行は、目に余る!」
会場が大きくどよめく。
令嬢たちの中には「やっぱり…」と頷いている者もいる。
(そうそう! もっと言ってちょうだい! わたくしの罪状を声高に叫ぶのよ!)
アリアの心は、もはやお祭り騒ぎだった。
そして、ついにその瞬間が訪れる。
「よって、アリア・フォン・クライネルト! 君との婚約は、この場をもって破棄させてもらう!」
カシャーン!
アリアは、計算し尽くされた完璧なタイミングで、持っていたシャンパングラスを床に落とした。
美しく響き渡る破壊音。それは、アリアの自由を告げる祝砲のようだった。
「そ、そんな……」
アリアは震える手で口元を覆い、大きな瞳からはらはらと涙をこぼす。
もちろん、これは毎晩鏡の前で練習した、女優顔負けの演技である。
「ひどいわ、エリオット様……わたくしが、一体何をしたというのですか……!」
か細い声でそう訴えるアリアに、エリオットは冷たく言い放つ。
「とぼけるな! 君がリリアナの教科書を隠したり、階段でわざとぶつかったりしたことは、多くの者が知っている!」
(隠してませんわ! あれは彼女が自分で置き忘れただけ! ぶつかったのは、あなたの足が長すぎてわたくしが勝手に転んだだけです!)
そんな真実は、もうどうでもいい。
大事なのは、彼がアリアを断罪し婚約を破棄してくれたという事実だけだ。
「リリアナ、もう大丈夫だ。これからは私が君を守る」
「エリオット様……!」
壇上で繰り広げられる安っぽいメロドラマに、アリアは感動で打ち震えていた。
(ああ、ありがとうエリオット様! ありがとうリリアナさん! これでわたくし、明日から刺繍と歴史学と大陸経済論の授業を受けなくて済むのね…! 万歳! 自由万歳!)
悲劇のヒロインを演じるアリアの心は、かつてないほどの喜びに満ち溢れていた。
さようなら、息の詰まる王妃教育。こんにちは、私の輝かしい自由な時間。
これから始まるであろう、甘いお菓子と趣味の薬草栽培に満ちた穏やかな日々を想像し、アリアは崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。
もちろん、絶望に打ちひしがれる令嬢の演技を、最後まで完璧にやり遂げながら。
「まあ、ご覧になって。あそこにいらっしゃるのはクライネルト公爵令嬢のアリア様よ」
「今日もエリオット殿下の周りを飛ぶ蝶のように付きまとっていらっしゃるわ」
「隣にいる可憐なリリアナ様が本当にお可哀想…」
壁際に寄り集まった令嬢たちが、扇の影でひそひそと囁きを交わす。
その視線の先にいるのは、燃えるような真紅のドレスを纏った一人の令嬢――アリア・フォン・クライネルト。
この国で知らぬ者はいない、傲慢で嫉妬深い、絵に描いたような『悪役令嬢』だ。
(聞こえてますわよ、あなたたち。わたくしの完璧な悪役ムーブについて、もっと褒めてくれてもよろしくってよ?)
アリアは優雅にシャンパングラスを傾けながら、内心でほくそ笑んでいた。
そう、彼女の悪評はすべて、血のにじむような努力と演技の賜物なのだ。
目的はただ一つ。
(ああ、早く…早くこの面倒な婚約を破棄して、自由の身になりたい…!)
王太子妃教育という名の、拷問に近い過密スケジュールから逃れるために。
アリアの婚約者である第一王子エリオットは、いかにも王子様らしいキラキラとした金髪をなびかせ、今は子爵令嬢のリリアナ・ローズと親密そうに語らっている。
庇護欲をそそる儚げな美少女リリアナ。彼女こそが、この物語のヒロイン。そして、アリアの計画における最後のキーパーソンだった。
(さあ、リリアナさん! もっと王子を誑かして! あなたの涙と上目遣いが、わたくしの未来を切り開くのです!)
アリアが心の中で熱いエールを送っていると、不意に会場の音楽が止んだ。
見れば、エリオットがリリアナの手を取り、壇上へと上がっていくではないか。
ざわ…と、会場にいる全員の視線が壇上に集中する。
(キタキタキタキターーーッ!!)
アリアは歓喜の叫びを必死に飲み込み、ポーカーフェイスを維持する。
いや、ここは悲劇に突き落とされる悪役令嬢として、訝しげな表情を浮かべるのが正解だろうか。
「皆、静粛に!」
エリオットが朗々と声を張り上げる。
彼の隣で、リリアナが不安そうに、しかしその瞳の奥には確かな勝利の色を浮かべて、アリアを見ている。
(いいわよ、いいわよリリアナさん! その勝ち誇った顔、最高にヒロインしてますわ!)
アリアは、最高の舞台を用意してくれた彼らに、心からの拍手を送りたかった。
「この場を借りて、皆に伝えなければならないことがある!」
エリオットは一度言葉を切り、まるで罪人を断罪するかのような厳しい視線をアリアへと向けた。
「アリア・フォン・クライネルト!」
名を呼ばれ、アリアはわざとらしく「え?」と小さく呟き、驚いた表情を作る。
(さあ、どうぞ! 皆様お待ちかねの、あのセリフを!)
エリオットは一つ大きく息を吸い込み、そして、叫んだ。
「君は、心優しくか弱いリリアナに対して、数々の嫌がらせを行った! その嫉妬深さ、もはや王太子妃に相応しくない! 君の悪行は、目に余る!」
会場が大きくどよめく。
令嬢たちの中には「やっぱり…」と頷いている者もいる。
(そうそう! もっと言ってちょうだい! わたくしの罪状を声高に叫ぶのよ!)
アリアの心は、もはやお祭り騒ぎだった。
そして、ついにその瞬間が訪れる。
「よって、アリア・フォン・クライネルト! 君との婚約は、この場をもって破棄させてもらう!」
カシャーン!
アリアは、計算し尽くされた完璧なタイミングで、持っていたシャンパングラスを床に落とした。
美しく響き渡る破壊音。それは、アリアの自由を告げる祝砲のようだった。
「そ、そんな……」
アリアは震える手で口元を覆い、大きな瞳からはらはらと涙をこぼす。
もちろん、これは毎晩鏡の前で練習した、女優顔負けの演技である。
「ひどいわ、エリオット様……わたくしが、一体何をしたというのですか……!」
か細い声でそう訴えるアリアに、エリオットは冷たく言い放つ。
「とぼけるな! 君がリリアナの教科書を隠したり、階段でわざとぶつかったりしたことは、多くの者が知っている!」
(隠してませんわ! あれは彼女が自分で置き忘れただけ! ぶつかったのは、あなたの足が長すぎてわたくしが勝手に転んだだけです!)
そんな真実は、もうどうでもいい。
大事なのは、彼がアリアを断罪し婚約を破棄してくれたという事実だけだ。
「リリアナ、もう大丈夫だ。これからは私が君を守る」
「エリオット様……!」
壇上で繰り広げられる安っぽいメロドラマに、アリアは感動で打ち震えていた。
(ああ、ありがとうエリオット様! ありがとうリリアナさん! これでわたくし、明日から刺繍と歴史学と大陸経済論の授業を受けなくて済むのね…! 万歳! 自由万歳!)
悲劇のヒロインを演じるアリアの心は、かつてないほどの喜びに満ち溢れていた。
さようなら、息の詰まる王妃教育。こんにちは、私の輝かしい自由な時間。
これから始まるであろう、甘いお菓子と趣味の薬草栽培に満ちた穏やかな日々を想像し、アリアは崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。
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