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『即席ボレロと騎士の誓い』
『アリア様、ファッション界に革命を』
例の夜会から数日、アリアの周囲は、以前にも増して騒がしくなっていた。
貴族の令嬢たちが、こぞってクライネルト公爵邸を訪れ、「あのマントのアレンジ方法を教えてほしい」と教えを乞うてくるのだ。
アリアは、そんな彼女たちに「ええと、こう…ブローチで留めて、リボンできゅっと結ぶだけですわよ?」と、感覚的な説明しかできず、逆にそれが「天才の感性」として、カリスマ性を高めてしまう始末だった。
当の本人は、そんなファッションリーダーとしての喧騒には全く興味がなくむしろ少し迷惑していた。
「皆様、そんなことより、わたくしが新しく調合した『肌がすべすべになる泥パック』の方が、よほど有益ですのに……」
そんな呟きは、誰の耳にも届かない。
一方で、アリアの心の中にも、あの夜会以来、小さな、しかし無視できない変化が生まれていた。
それは、ゼノン・ヴァーミリオンという男に対する、感情の変化だった。
(あの時、団長様は、とてもスマートでしたわね…)
アリアは、庭で薬草を摘みながら、ぼんやりとあの夜のことを思い出していた。
自分が困っている(ように見えた)状況で、何も言わずにすっとマントを差し出してくれた、あのさりげない優しさ。
その後の、お姫様抱っこならぬ、物理的なエスコートは、いささか乱暴ではあったけれど。
(でも、あの方、いつもわたくしが本当に困っている時に、なぜか現れてくださるのよね…)
チンピラに絡まれた時。
王子に未練がましく言い寄られた時。
そして、ドレスが破けてしまった時。
それは全て偶然なのだろうが、アリアにとっては、まるで物語に出てくるヒーローのようにも思えた。
まあ、そのヒーローは、いつも眉間に深い皺を寄せ、心底面倒くさそうな顔をしているのだが。
(それに……)
アリアの脳裏に、ゼノンが自分の手作りクッキー(炭)を、無表情で、しかし美味しそうに食べてくれた時のことが蘇る。
見た目の悪さで誰もが手をつけようとしなかった、あの失敗作。
それを、彼は「うまい」と言って、残さず平らげてくれた。
あの時の、少しだけ嬉しかった気持ち。
(あの方、わたくしの作るお菓子を、いつもちゃんと食べてくださるわ)
それは、アリアにとって、何よりも嬉しいことだった。
父や侍女たちは、いつもアリアの作るお菓子の見た目に怯え、恐る恐る口にしては、当たり障りのない感想しか言わない。
しかし、ゼノンだけは違った。
彼は、アリアの料理の本質を、きちんと評価してくれる、唯一の人間だった。
これは、恋心なのだろうか?
アリアは、自分の胸に問いかけてみる。
しかし、物語で読んだような、胸が締め付けられるような甘い痛みや、会えない時間の切なさ、といった感情は、まだ彼女の中には芽生えていなかった。
(うーん……恋、というよりは……)
アリアは、ぴん、と来た。
(そうですわ! 飼い主と、その手から餌をもらうのが好きな、大きなワンちゃんのような関係ですわね!)
失礼極まりない結論だったが、アリア本人は、それに妙に納得してしまった。
自分は、餌(お菓子)を与える飼い主。
そしてゼノンは、無愛想だが、出された餌は律儀に食べる、大きな黒い犬。
そう考えると、彼のぶっきらぼうな態度も、なんだか可愛らしく思えてくるから不思議だ。
「よし、決まりですわ! 次は、ワンちゃん…いえ、団長様がもっと喜んでくださるような、骨の形をしたクッキーでもお作りしましょう!」
アリアのゼノンに対する感情は、恋心にはまだほど遠い、どこかズレた『親近感』と『餌付けする喜び』へと、その形を変えていった。
その頃、騎士団の詰め所では。
「……はっくしょん!」
ゼノンが、珍しく大きなくしゃみをした。
「おや、団長。風邪ですか?」
「いや……誰かが、俺の良からぬ噂をしている気がする……」
ゼノンは、背筋を走る悪寒の正体が、まさか自分が大きな犬に例えられているせいだとは、夢にも思わないのだった。
二人の関係は、それぞれの壮大な勘違いと思考のズレによって、ゆっくりと、しかし着実に、その距離を縮め始めている。
まだ、そのことに気づいているのは、周囲の野次馬たちだけだったが。
『アリア様、ファッション界に革命を』
例の夜会から数日、アリアの周囲は、以前にも増して騒がしくなっていた。
貴族の令嬢たちが、こぞってクライネルト公爵邸を訪れ、「あのマントのアレンジ方法を教えてほしい」と教えを乞うてくるのだ。
アリアは、そんな彼女たちに「ええと、こう…ブローチで留めて、リボンできゅっと結ぶだけですわよ?」と、感覚的な説明しかできず、逆にそれが「天才の感性」として、カリスマ性を高めてしまう始末だった。
当の本人は、そんなファッションリーダーとしての喧騒には全く興味がなくむしろ少し迷惑していた。
「皆様、そんなことより、わたくしが新しく調合した『肌がすべすべになる泥パック』の方が、よほど有益ですのに……」
そんな呟きは、誰の耳にも届かない。
一方で、アリアの心の中にも、あの夜会以来、小さな、しかし無視できない変化が生まれていた。
それは、ゼノン・ヴァーミリオンという男に対する、感情の変化だった。
(あの時、団長様は、とてもスマートでしたわね…)
アリアは、庭で薬草を摘みながら、ぼんやりとあの夜のことを思い出していた。
自分が困っている(ように見えた)状況で、何も言わずにすっとマントを差し出してくれた、あのさりげない優しさ。
その後の、お姫様抱っこならぬ、物理的なエスコートは、いささか乱暴ではあったけれど。
(でも、あの方、いつもわたくしが本当に困っている時に、なぜか現れてくださるのよね…)
チンピラに絡まれた時。
王子に未練がましく言い寄られた時。
そして、ドレスが破けてしまった時。
それは全て偶然なのだろうが、アリアにとっては、まるで物語に出てくるヒーローのようにも思えた。
まあ、そのヒーローは、いつも眉間に深い皺を寄せ、心底面倒くさそうな顔をしているのだが。
(それに……)
アリアの脳裏に、ゼノンが自分の手作りクッキー(炭)を、無表情で、しかし美味しそうに食べてくれた時のことが蘇る。
見た目の悪さで誰もが手をつけようとしなかった、あの失敗作。
それを、彼は「うまい」と言って、残さず平らげてくれた。
あの時の、少しだけ嬉しかった気持ち。
(あの方、わたくしの作るお菓子を、いつもちゃんと食べてくださるわ)
それは、アリアにとって、何よりも嬉しいことだった。
父や侍女たちは、いつもアリアの作るお菓子の見た目に怯え、恐る恐る口にしては、当たり障りのない感想しか言わない。
しかし、ゼノンだけは違った。
彼は、アリアの料理の本質を、きちんと評価してくれる、唯一の人間だった。
これは、恋心なのだろうか?
アリアは、自分の胸に問いかけてみる。
しかし、物語で読んだような、胸が締め付けられるような甘い痛みや、会えない時間の切なさ、といった感情は、まだ彼女の中には芽生えていなかった。
(うーん……恋、というよりは……)
アリアは、ぴん、と来た。
(そうですわ! 飼い主と、その手から餌をもらうのが好きな、大きなワンちゃんのような関係ですわね!)
失礼極まりない結論だったが、アリア本人は、それに妙に納得してしまった。
自分は、餌(お菓子)を与える飼い主。
そしてゼノンは、無愛想だが、出された餌は律儀に食べる、大きな黒い犬。
そう考えると、彼のぶっきらぼうな態度も、なんだか可愛らしく思えてくるから不思議だ。
「よし、決まりですわ! 次は、ワンちゃん…いえ、団長様がもっと喜んでくださるような、骨の形をしたクッキーでもお作りしましょう!」
アリアのゼノンに対する感情は、恋心にはまだほど遠い、どこかズレた『親近感』と『餌付けする喜び』へと、その形を変えていった。
その頃、騎士団の詰め所では。
「……はっくしょん!」
ゼノンが、珍しく大きなくしゃみをした。
「おや、団長。風邪ですか?」
「いや……誰かが、俺の良からぬ噂をしている気がする……」
ゼノンは、背筋を走る悪寒の正体が、まさか自分が大きな犬に例えられているせいだとは、夢にも思わないのだった。
二人の関係は、それぞれの壮大な勘違いと思考のズレによって、ゆっくりと、しかし着実に、その距離を縮め始めている。
まだ、そのことに気づいているのは、周囲の野次馬たちだけだったが。
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