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季節はすっかり秋めいて、王都の木々が赤や黄色に色づき始めた頃。
街は、年に一度の一大イベントを前に、華やかな興奮に包まれていた。
隣国エドゥアール王国との友好を記念して開かれる、恒例の『親善騎士試合』である。
両国の騎士団から選りすぐりの精鋭たちが、その武勇と名誉をかけて戦うこの試合は、貴族たちにとっても最大の娯楽の一つだった。
「今年の主将は、もちろんゼノン・ヴァーミリオン様ですわよね!」
「ええ! あの鉄壁の騎士が、隣国の猛者をどう打ち破るのか、今から楽しみだわ!」
サロンでは、貴婦人たちがうっとりとため息をつきながら、そんな会話を交わしている。
そして、彼女たちの興味は、必然的に、もう一人の人物へと向かった。
「ゼノン様が出場されるなら、もちろん、あの方も応援にいらっしゃるわよね?」
「アリア様が? ふふ、きっと手作りの、とんでもない差し入れを用意なさるに違いないわ!」
もはや、アリアの奇行は、社交界における一種の風物詩として、人々に心待ちにされるようになっていた。
しかし、当のアリア本人は、そんな周囲の期待など全く知らず、自室で侍女の話に耳を傾けていた。
「……というわけで、お嬢様。騎士試合には、王都中の貴族が注目しておりますのよ」
「まあ、そうですの。わたくし、騎士の方々が汗臭く剣を振り回すのには、あまり興味がありませんのだけれど……」
アリアは、退屈そうに欠伸を一つした。
それを見た侍女は、にやりと笑って、とっておきの情報を付け加えた。
「ちなみに、会場では、隣国エドゥアール王国の珍しいお菓子や軽食の屋台が、それはもうたくさん出店されるそうですよ。この日のために、本国から職人を呼んでいるとか……」
「まあ!」
その言葉に、アリアの瞳が、きらんと輝きを放った。
「隣国の、お菓子ですって!? それは聞き捨てなりませんわ! 初めて聞く名前の焼き菓子に、スパイスの効いたソーセージ……!」
アリアの頭の中は、もはや屈強な騎士たちの姿ではなく、香ばしい匂いを放つ未知の食べ物でいっぱいになっていた。
「決まりですわ! 団長様(という名のわたくしの愛犬)も国の威信をかけて戦うのですもの、飼い主であるわたくしが、応援(という名の買い食いツアー)に駆けつけないわけにはいきませんわね!」
ズレた使命感に燃えたアリアは、早速、応援のための差し入れの準備に取り掛かった。
「激しい運動の後には、栄養補給が何よりも大切ですわ!」
彼女が厨房で作り上げたのは、『特製・疲労回復スタミナ満点サンドイッチ』。
滋養強壮効果のある薬草を練り込んだ黒パンに、見た目は悪いが栄養価だけは異常に高い謎のレバーペースト、岩のように分厚いステーキ、そして味のアクセント(のつもり)で大量の干しブドウを挟み込んだ、もはやサンドイッチの概念を覆す代物だった。
***
試合当日。
会場である王立闘技場は、両国の旗が秋風にはためき、人々の熱気でむせ返っていた。
そんな華やかな雰囲気に目もくれず、アリアは貴賓席を素通りし、一直線に屋台エリアへと突き進んでいた。
「まあ、このパイは……!」「こちらの煮込み料理も美味しそう…!」
両手に食べ物を抱え、幸せを噛み締めていると、不意に背後から影が差した。
「……君は、一体何をしに来たんだ」
呆れを通り越して、もはや感心すら滲む声。
振り返ると、試合用の美しい礼装鎧を身に着けたゼノンが、眉間に深い皺を刻んで立っていた。
「あら、団長様! 決まっているではありませんか! 団長様の応援ですわ!」
アリアはそう言って、誇らしげに持参した巨大なバスケットをゼノンに見せつける。
「ささ、試合の前に腹ごしらえをどうぞ! わたくしの特製サンドイッチですのよ!」
バスケットから覗く、地層のように具材が重なった、明らかに人の顎の限界を超えた物体を見て、ゼノンの眉間の皺が、さらに深くなった。
「……気持ちだけ、受け取っておく」
「まあ、照れ屋さんですこと! 後で控室にお届けしておきますわね!」
ファンファーレが高らかに鳴り響き、いよいよ試合の開始を告げる。
ゼノンは、この予測不能な令嬢の相手をするのを諦め、「頼むから、騒ぎだけは起こすなよ」と、念を押すように言って、試合場へと向かっていった。
アリアは、貴賓席の最前列に席を取ると、早速買ってきた隣国のソーセージを頬張りながら、観戦を始めた。
試合は、序盤から激しい攻防が繰り広げられた。
その中でも、ゼノンの動きは、他を圧倒していた。
力強く、それでいて無駄のない剣捌き。相手の攻撃を紙一重で見切る鉄壁の守り。
彼の雄姿に、会場の貴婦人たちはうっとりとしたため息を漏らす。
アリアも、いつの間にかソーセージを食べる手を止め真剣な眼差しで戦うゼノンの姿に見入っていた。
(まあ、団長様……。いつもは難しい顔ばかりしていますけれど、ああして戦っているお姿は……その、なかなか、格好良い、ですわね……)
それは、アリアの心に、これまで感じたことのない種類の感情が、ほんの少しだけ芽生えた瞬間だった。
しかし、相手である隣国の騎士団長も、かなりの手練れだった。
試合は白熱し、徐々にゼノンが防御に回る時間が増えていく。
会場に、少しずつ不穏な空気が流れ始めていた。
街は、年に一度の一大イベントを前に、華やかな興奮に包まれていた。
隣国エドゥアール王国との友好を記念して開かれる、恒例の『親善騎士試合』である。
両国の騎士団から選りすぐりの精鋭たちが、その武勇と名誉をかけて戦うこの試合は、貴族たちにとっても最大の娯楽の一つだった。
「今年の主将は、もちろんゼノン・ヴァーミリオン様ですわよね!」
「ええ! あの鉄壁の騎士が、隣国の猛者をどう打ち破るのか、今から楽しみだわ!」
サロンでは、貴婦人たちがうっとりとため息をつきながら、そんな会話を交わしている。
そして、彼女たちの興味は、必然的に、もう一人の人物へと向かった。
「ゼノン様が出場されるなら、もちろん、あの方も応援にいらっしゃるわよね?」
「アリア様が? ふふ、きっと手作りの、とんでもない差し入れを用意なさるに違いないわ!」
もはや、アリアの奇行は、社交界における一種の風物詩として、人々に心待ちにされるようになっていた。
しかし、当のアリア本人は、そんな周囲の期待など全く知らず、自室で侍女の話に耳を傾けていた。
「……というわけで、お嬢様。騎士試合には、王都中の貴族が注目しておりますのよ」
「まあ、そうですの。わたくし、騎士の方々が汗臭く剣を振り回すのには、あまり興味がありませんのだけれど……」
アリアは、退屈そうに欠伸を一つした。
それを見た侍女は、にやりと笑って、とっておきの情報を付け加えた。
「ちなみに、会場では、隣国エドゥアール王国の珍しいお菓子や軽食の屋台が、それはもうたくさん出店されるそうですよ。この日のために、本国から職人を呼んでいるとか……」
「まあ!」
その言葉に、アリアの瞳が、きらんと輝きを放った。
「隣国の、お菓子ですって!? それは聞き捨てなりませんわ! 初めて聞く名前の焼き菓子に、スパイスの効いたソーセージ……!」
アリアの頭の中は、もはや屈強な騎士たちの姿ではなく、香ばしい匂いを放つ未知の食べ物でいっぱいになっていた。
「決まりですわ! 団長様(という名のわたくしの愛犬)も国の威信をかけて戦うのですもの、飼い主であるわたくしが、応援(という名の買い食いツアー)に駆けつけないわけにはいきませんわね!」
ズレた使命感に燃えたアリアは、早速、応援のための差し入れの準備に取り掛かった。
「激しい運動の後には、栄養補給が何よりも大切ですわ!」
彼女が厨房で作り上げたのは、『特製・疲労回復スタミナ満点サンドイッチ』。
滋養強壮効果のある薬草を練り込んだ黒パンに、見た目は悪いが栄養価だけは異常に高い謎のレバーペースト、岩のように分厚いステーキ、そして味のアクセント(のつもり)で大量の干しブドウを挟み込んだ、もはやサンドイッチの概念を覆す代物だった。
***
試合当日。
会場である王立闘技場は、両国の旗が秋風にはためき、人々の熱気でむせ返っていた。
そんな華やかな雰囲気に目もくれず、アリアは貴賓席を素通りし、一直線に屋台エリアへと突き進んでいた。
「まあ、このパイは……!」「こちらの煮込み料理も美味しそう…!」
両手に食べ物を抱え、幸せを噛み締めていると、不意に背後から影が差した。
「……君は、一体何をしに来たんだ」
呆れを通り越して、もはや感心すら滲む声。
振り返ると、試合用の美しい礼装鎧を身に着けたゼノンが、眉間に深い皺を刻んで立っていた。
「あら、団長様! 決まっているではありませんか! 団長様の応援ですわ!」
アリアはそう言って、誇らしげに持参した巨大なバスケットをゼノンに見せつける。
「ささ、試合の前に腹ごしらえをどうぞ! わたくしの特製サンドイッチですのよ!」
バスケットから覗く、地層のように具材が重なった、明らかに人の顎の限界を超えた物体を見て、ゼノンの眉間の皺が、さらに深くなった。
「……気持ちだけ、受け取っておく」
「まあ、照れ屋さんですこと! 後で控室にお届けしておきますわね!」
ファンファーレが高らかに鳴り響き、いよいよ試合の開始を告げる。
ゼノンは、この予測不能な令嬢の相手をするのを諦め、「頼むから、騒ぎだけは起こすなよ」と、念を押すように言って、試合場へと向かっていった。
アリアは、貴賓席の最前列に席を取ると、早速買ってきた隣国のソーセージを頬張りながら、観戦を始めた。
試合は、序盤から激しい攻防が繰り広げられた。
その中でも、ゼノンの動きは、他を圧倒していた。
力強く、それでいて無駄のない剣捌き。相手の攻撃を紙一重で見切る鉄壁の守り。
彼の雄姿に、会場の貴婦人たちはうっとりとしたため息を漏らす。
アリアも、いつの間にかソーセージを食べる手を止め真剣な眼差しで戦うゼノンの姿に見入っていた。
(まあ、団長様……。いつもは難しい顔ばかりしていますけれど、ああして戦っているお姿は……その、なかなか、格好良い、ですわね……)
それは、アリアの心に、これまで感じたことのない種類の感情が、ほんの少しだけ芽生えた瞬間だった。
しかし、相手である隣国の騎士団長も、かなりの手練れだった。
試合は白熱し、徐々にゼノンが防御に回る時間が増えていく。
会場に、少しずつ不穏な空気が流れ始めていた。
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