『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり

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王都の寝室で、ジュリアン王子はうなされていた。

「……筋肉……。広背筋が……空を覆い尽くす……。助けてくれ、プロテインの雨が降ってくる……!」

「殿下! しっかりなさいませ、ジュリアン様!」

カトレアが彼の肩を揺さぶるが、ジュリアンの瞳には焦点が合っていない。
辺境で見た、岩石のようなリーナの肉体が、彼の精神に消えないトラウマを刻み込んでいた。

カトレアは忌々しげに唇を噛んだ。
彼女にとって、リーナは「自分に負けて惨めに暮らしているべき存在」だったのだ。
それが、野獣のような男と睦み合い、あまつさえ人間離れした怪力を手に入れているなど、許せるはずがない。

「……あのゴリラ女。こうなったら、徹底的に恥をかかせてやるわ」

カトレアは、回復の兆しを見せないジュリアンを横目に、ある計画を立てた。
それは、建国記念祭に合わせて行われる「ヴィーナスの祭典」――全貴族の令嬢が参加する、国内最高峰の美の競演会だ。

「そこで『真の美しさ』とは何かを、全国民の前で思い知らせてやるのよ。あんな筋肉ダルマ、笑いものにしてやるわ!」


数日後、ゼノス領。
私はいつものように、ギルベルト様と「互いの大胸筋でくるみを割る」という、繊細な力加減を養うトレーニングに励んでいた。

「……はっ! 閣下、今の私の割り方、いかがでしたか?」

「ああ、見事だ。殻だけを砕き、中身を一切傷つけない……。素晴らしいマッスル・コントロールだ、リーナ」

そこへ、アンナが一通の豪華な招待状を持ってきた。
金の縁取りがなされた、見るからに「王都の虚飾」に満ちた手紙だ。

「お嬢様。王都から『ヴィーナスの祭典』への招待状が届きましたよ。カトレア様からの強い要望だそうです」

「ヴィーナスの祭典? ……ああ、あのお上品に歩いて、どれだけ宝石をジャラジャラさせているかを競う、あの退屈な行事のこと?」

私は興味なさげにくるみを口に放り込んだ。
今の私にとって、美しさとは「どれだけ重いものを、どれだけ綺麗なフォームで持ち上げられるか」に集約されている。

「ええ。ですが、今回のテーマが変更になったようです。……『健康美、および肉体の造形美』だとか」

「……何ですって?」

私はアンナの手から招待状をひったくり、内容を凝視した。
そこにはカトレアの嫌がらせとも知らず、こう記されていた。
『装飾に頼らぬ、剥き出しの美を競うべし』。

「……アンナ。これ、読みようによっては……」

「ええ、お嬢様。……『ボディビル大会』ですね」

私は震えた。怒りではない。歓喜に、だ。

「閣下! 聞きましたか!? ついに王都が、筋肉の重要性に気づいたようですわ!」

「素晴らしいな、リーナ。剥き出しの美……。つまり、ポージングで筋肉のキレとバルクを競えということだろう。……ついに時代が貴様に追いついたか」

ギルベルト様も、感動に目を潤ませている。
カトレアとしては「筋肉むき出しの醜い姿を晒して、嘲笑の的にしてやる」という魂胆なのだろうが、私たちにそんな常識は通用しない。

「カトレア様も、粋な計らいをなさるわね。……よし、アンナ! 祭典まであと二週間。減量とポージングの練習に切り替えるわよ!」

「お嬢様、別に減量しなくても、今でも十分絞れていると思いますが……」

「甘いわよ、アンナ! ステージの照明の下では、もっとカットを深く見せないと! 閣下、私に『オイル』を塗っていただけますか?」

「ああ、最高級のオリーブオイルを用意させよう。貴様の筋肉を、太陽よりも眩しく輝かせてやる」

こうして、私たちは「美の祭典」を「筋肉の祭典」と完全に誤認し、猛特訓を開始した。

「はい、リーナ! サイド・チェスト! もっと大胸筋を寄せて!」

「……ふんぬッ! いかがですか、閣下!」

「いいぞ、血管の走り具合が芸術的だ! 次はバック・ダブル・バイセップスだ! 鬼の顔を見せてやれ!」

屋敷中に、私の気合の入った声と、ギルベルト様の熱い指導が響き渡る。
アンナは静かに、祭典に持っていくための「最も面積の少ない(筋肉が見えやすい)ドレス」の製作に取り掛かった。

一方、王都ではカトレアが、当日リーナがどんなに恥をかくかを想像して、高笑いを上げていた。

「おーっほっほっほ! 楽しみだわ! みんなの前で、その醜い筋肉を笑われるのが!」

まさか、その「醜い筋肉」が、王都の貴族たちの審美眼を根底から破壊することになるとは、この時の彼女は夢にも思っていなかったのである。

リーナの本格的な「コンディション調整」が、今、始まった。
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