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「……はぁ、はぁ。……閣下、少し……ペースが、落ちていましてよ!」
私は今、砂埃を上げて走る馬車の「横」を並走していた。
王都への旅路。普通なら馬車に揺られて優雅に過ごすところだが、祭典を前にした私にそんな余裕はない。
一歩一歩の着地で地面を蹴り、大臀筋とハムストリングスに強烈な刺激を送り込む。
「ふっ、さすがはリーナだ。馬の速さに生身でついてくるとはな!」
御者台に座り、手綱を握るギルベルト様が楽しげに声を張り上げる。
彼は彼で、片手で手綱を引きながら、空いた方の手で巨大な鉄球をジャグリングのように弄んでいた。
……前腕のトレーニングだそうだ。
「お、お嬢様……。窓から身を乗り出して応援する私の身にもなってください……。道ゆく旅人たちが、皆、腰を抜かしていますよ……」
馬車の窓から、顔を真っ白にしたアンナが声をかけてくる。
無理もない。豪華な公爵家の紋章が入った馬車が、時速二十キロ以上で爆走し、その横をドレスの裾をまくり上げた美少女が猛烈な勢いでダッシュしているのだ。
それはもはや、新種の魔物の大移動にしか見えないだろう。
「いいのよアンナ! 今の私には、一分一秒の有酸素運動が、ステージでの輝きに直結するの!」
私はさらにギアを上げ、馬車の前に躍り出た。
心肺機能が限界を叩き、全身の細胞が酸素を求めて叫んでいる。
これだ。この「生きている」という実感が、何よりも私を美しくする。
数日後。
私たちは、ついに王都の城門へと到着した。
門番たちは、血色の良すぎる(というか熱を帯びて蒸気を出している)私と、岩山のようなギルベルト様を見て、槍をガタガタと震わせた。
「……あ、アトラス公爵令嬢、リーナ様……で、ございますか?」
「ええ、そうですわ。祭典に参加しに参りました。……あら、あなた。少し僧帽筋が凝っているようね。槍の持ち方が腕に頼りすぎだわ」
「ひっ……!? す、失礼しました!」
門番が逃げるように道を開ける。
私は王都の街並みを眺めながら、ふと違和感を覚えた。
「ねえ、閣下。王都の人たち……なんだか、皆、薄くないかしら?」
「ああ、私もそう思った。……風が吹けば、あちらの令嬢などはバラバラに砕けてしまいそうだな」
視界に入る令嬢たちは、皆、驚くほど細かった。
白磁のような肌、折れそうな腕。それが「美」とされていた場所なのだ、ここは。
かつての私もそうだったはずだが、今の私からすれば、彼女たちは重度の栄養失調に見えてしまう。
「いけませんわ……。あんなに細くては、人生の荒波という名の負荷に耐えきれません」
私は勝手な使命感に燃えながら、祭典の参加者が集まる控室へと向かった。
扉を開けた瞬間、華やかな香水の香りと、令嬢たちの黄色い声が響く。
「あら、リーナ様じゃない。……って、ええっ!?」
「まあ! その肩、どうしたの!? 何かが刺さっているのかしら!?」
注目の的になったのは、私の「肩メロン」……もとい、発達した三角筋だった。
令嬢たちが、まるで化け物を見るような目で私を取り囲む。
「皆様、ごきげんよう。……あら、そこのあなた。顔色が悪いわね。鉄分とタンパク質、足りていなくて?」
私は、扇子の代わりに持ってきた「特製高タンパク・バー」を差し出した。
「な、何よこれ。……茶色くて、固そうなお菓子ね」
「それは、魔物の赤身肉を凝縮した、私の特製エナジーフードですわ。さあ、一口召し上がって。あなたのその細い腕に、少しは『生命の灯火』が宿るはずよ」
「い、いらないわよ、そんな野蛮なもの! ……リーナ様、あなた、本当に変わってしまったのね。ジュリアン殿下に捨てられて、頭がおかしくなったという噂は本当だったのね!」
令嬢たちが口々に嘲笑を浴びせてくる。
だが、今の私には、彼女たちの言葉は「羽毛」よりも軽かった。
「捨てられた? ふふ、違いますわ。私は『重荷』を下ろして、自由(バルク)を手に入れただけですの」
私は、彼女たちの前でゆっくりと、タンクトップ型のドレスの肩紐を直すフリをして、上腕二頭筋をわずかに収縮させた。
ピクッ。
「……ひっ!?」
令嬢たちが一斉に後ずさった。
ただ筋肉が動いただけなのに、そこには猛獣が牙を剥いたような威圧感があったのだ。
「皆様、祭典で会いましょう。……『真の美しさ』とは何か、その身に刻んで差し上げますわ」
私は優雅に一礼し、彼女たちの間を堂々と通り抜けた。
背後で「……あんなの、ドレスが入るわけないわ」「きっとカトレア様が笑いものにしてくださるわよ」という囁きが聞こえたが、私は確信していた。
ステージに上がった瞬間、全ての価値観は物理(パワー)によって上書きされるのだと。
「……楽しみですわね、閣下」
控室の外で待っていたギルベルト様が、不敵に笑う。
「ああ。王都の連中に、本物の『造形美』を叩き込んでやろう。リーナ、貴様の仕上がりは最高だ」
「はい! キレッキレですわ!」
私たちは、明日の本番に向けて、最後の中間ポージングの確認に入った。
王都の夜は更けていくが、私たちの筋肉の熱気は、さらに高まっていく一方だった。
私は今、砂埃を上げて走る馬車の「横」を並走していた。
王都への旅路。普通なら馬車に揺られて優雅に過ごすところだが、祭典を前にした私にそんな余裕はない。
一歩一歩の着地で地面を蹴り、大臀筋とハムストリングスに強烈な刺激を送り込む。
「ふっ、さすがはリーナだ。馬の速さに生身でついてくるとはな!」
御者台に座り、手綱を握るギルベルト様が楽しげに声を張り上げる。
彼は彼で、片手で手綱を引きながら、空いた方の手で巨大な鉄球をジャグリングのように弄んでいた。
……前腕のトレーニングだそうだ。
「お、お嬢様……。窓から身を乗り出して応援する私の身にもなってください……。道ゆく旅人たちが、皆、腰を抜かしていますよ……」
馬車の窓から、顔を真っ白にしたアンナが声をかけてくる。
無理もない。豪華な公爵家の紋章が入った馬車が、時速二十キロ以上で爆走し、その横をドレスの裾をまくり上げた美少女が猛烈な勢いでダッシュしているのだ。
それはもはや、新種の魔物の大移動にしか見えないだろう。
「いいのよアンナ! 今の私には、一分一秒の有酸素運動が、ステージでの輝きに直結するの!」
私はさらにギアを上げ、馬車の前に躍り出た。
心肺機能が限界を叩き、全身の細胞が酸素を求めて叫んでいる。
これだ。この「生きている」という実感が、何よりも私を美しくする。
数日後。
私たちは、ついに王都の城門へと到着した。
門番たちは、血色の良すぎる(というか熱を帯びて蒸気を出している)私と、岩山のようなギルベルト様を見て、槍をガタガタと震わせた。
「……あ、アトラス公爵令嬢、リーナ様……で、ございますか?」
「ええ、そうですわ。祭典に参加しに参りました。……あら、あなた。少し僧帽筋が凝っているようね。槍の持ち方が腕に頼りすぎだわ」
「ひっ……!? す、失礼しました!」
門番が逃げるように道を開ける。
私は王都の街並みを眺めながら、ふと違和感を覚えた。
「ねえ、閣下。王都の人たち……なんだか、皆、薄くないかしら?」
「ああ、私もそう思った。……風が吹けば、あちらの令嬢などはバラバラに砕けてしまいそうだな」
視界に入る令嬢たちは、皆、驚くほど細かった。
白磁のような肌、折れそうな腕。それが「美」とされていた場所なのだ、ここは。
かつての私もそうだったはずだが、今の私からすれば、彼女たちは重度の栄養失調に見えてしまう。
「いけませんわ……。あんなに細くては、人生の荒波という名の負荷に耐えきれません」
私は勝手な使命感に燃えながら、祭典の参加者が集まる控室へと向かった。
扉を開けた瞬間、華やかな香水の香りと、令嬢たちの黄色い声が響く。
「あら、リーナ様じゃない。……って、ええっ!?」
「まあ! その肩、どうしたの!? 何かが刺さっているのかしら!?」
注目の的になったのは、私の「肩メロン」……もとい、発達した三角筋だった。
令嬢たちが、まるで化け物を見るような目で私を取り囲む。
「皆様、ごきげんよう。……あら、そこのあなた。顔色が悪いわね。鉄分とタンパク質、足りていなくて?」
私は、扇子の代わりに持ってきた「特製高タンパク・バー」を差し出した。
「な、何よこれ。……茶色くて、固そうなお菓子ね」
「それは、魔物の赤身肉を凝縮した、私の特製エナジーフードですわ。さあ、一口召し上がって。あなたのその細い腕に、少しは『生命の灯火』が宿るはずよ」
「い、いらないわよ、そんな野蛮なもの! ……リーナ様、あなた、本当に変わってしまったのね。ジュリアン殿下に捨てられて、頭がおかしくなったという噂は本当だったのね!」
令嬢たちが口々に嘲笑を浴びせてくる。
だが、今の私には、彼女たちの言葉は「羽毛」よりも軽かった。
「捨てられた? ふふ、違いますわ。私は『重荷』を下ろして、自由(バルク)を手に入れただけですの」
私は、彼女たちの前でゆっくりと、タンクトップ型のドレスの肩紐を直すフリをして、上腕二頭筋をわずかに収縮させた。
ピクッ。
「……ひっ!?」
令嬢たちが一斉に後ずさった。
ただ筋肉が動いただけなのに、そこには猛獣が牙を剥いたような威圧感があったのだ。
「皆様、祭典で会いましょう。……『真の美しさ』とは何か、その身に刻んで差し上げますわ」
私は優雅に一礼し、彼女たちの間を堂々と通り抜けた。
背後で「……あんなの、ドレスが入るわけないわ」「きっとカトレア様が笑いものにしてくださるわよ」という囁きが聞こえたが、私は確信していた。
ステージに上がった瞬間、全ての価値観は物理(パワー)によって上書きされるのだと。
「……楽しみですわね、閣下」
控室の外で待っていたギルベルト様が、不敵に笑う。
「ああ。王都の連中に、本物の『造形美』を叩き込んでやろう。リーナ、貴様の仕上がりは最高だ」
「はい! キレッキレですわ!」
私たちは、明日の本番に向けて、最後の中間ポージングの確認に入った。
王都の夜は更けていくが、私たちの筋肉の熱気は、さらに高まっていく一方だった。
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