『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり

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王都の中央広場に設置された特設ステージは、数千人の観衆と色とりどりの花々に埋め尽くされていた。

「ヴィーナスの祭典」本番。
華やかな音楽が鳴り響き、着飾った令嬢たちが次々とステージに現れては、優雅に扇を振って見せる。

「見て、あの方の肌の白さを!」「まるでお人形のようだわ」

観客席からは溜息が漏れるが、審査員席に座るカトレアは退屈そうに爪を眺めていた。
彼女の目的はただ一つ。最後の方に登場する「落ちぶれたリーナ」を、民衆の前で晒し者にすることだ。

「……次は、カトレア・フォン・マリス男爵令嬢の登場ですわ!」

司会者の声と共にカトレアがステージに上がると、割れんばかりの拍手が起きた。
彼女はこれでもかと宝石を散りばめたドレスを揺らし、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「皆様、真の美しさとは、この私のように繊細で、守ってあげたくなるような煌めきのことですの。……どこかの野蛮な誰かさんとは違いますわね?」

カトレアが袖に隠した視線を、舞台袖で待機する私に投げた。
私は、全身を覆う厚手の「ローブ」を深く被ったまま、静かに呼吸を整えていた。

(……いいわ。ステージの照明、最高の角度。筋肉の陰影(シャドウ)を出すには絶好の条件ですわね)

「さあ、最後のエントリーです! アトラス公爵家、リーナ・フォン・アトラス様!」

音楽が、一転して重厚なドラムのビートへと変わった。
私がゆっくりとステージの中央へ歩み出ると、会場は一瞬、静まり返った。

「……何かしら、あの大きなローブは」「顔が見えないわよ」

ざわつく観衆の前で、私は立ち止まった。
そして、一気にそのローブを脱ぎ捨てた。

「――皆様、お待たせいたしましたわ」

バサァッ! とローブが舞い、その下から現れた姿に、会場中の時が止まった。

私が纏っていたのは、ドレスではない。
極限まで布面積を削り、広背筋と大腿四頭筋のラインを完璧に露出させる、真紅の「ポージング・ドレス」だ。
全身には、ギルベルト様が丹念に塗り込んでくれた最高級のオイルが輝き、照明を反射して黄金色に発光している。

「な、……な、何よその格好はーーーッ!!」

カトレアが悲鳴を上げた。
客席にいたジュリアン王子は、持っていたグラスを落として粉砕させた。

私は動じない。
まずは基本、フロント・ダブル・バイセップス。

「――はぁぁぁぁっ!!」

グッ、と両腕を曲げ、力こぶを作る。
広背筋が翼のように広がり、肩の三角筋がメロンのように盛り上がる。
腹直筋は美しく八つに割れ、その溝に深い影が落ちた。

「……ひっ! う、動いた! 肩が動いたわ!」
「筋肉の……鬼が……背中に宿っている……!」

観客席から、悲鳴に近い歓声が上がる。
私は間髪入れずに、サイド・チェストのポーズへ移行した。

「右大腿四頭筋のキレを見てください! この血管の走りこそが、私の努力の証ですわ!」

「リーナ! キレてるよ! キレてるよリーナ!!」

観客席の最前列で、ギルベルト様が立ち上がり、喉が張り裂けんばかりの声で叫んでいる。
彼に触発されたのか、一部の騎士たちからも「ナイスバルク!」「デカいよ!」という掛け声が飛び始めた。

「やめて! やめてちょうだい! これは美の祭典なのよ! そんな汚らわしいもの、見せないで!」

カトレアが泣き叫びながら私の前に立ち塞がった。
だが、私は彼女を優しく、しかし圧倒的な質量感で横にどかした。

「カトレア様。美しさとは、他人に与えられる宝石の数ではありません。……自分自身をどこまで追い込み、どれだけの重力(負荷)を克服したか。その『意志の形』こそが、真の美しさですのよ」

私は最後、最も得意とする「モスト・マッキュラー」のポーズを決めた。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

全身の筋肉が最大出力で収縮し、ステージがミシミシと音を立てた。
あまりの熱量に、最前列の観客たちが熱風を感じて仰け反る。

沈黙。
そして、数秒の後。

地鳴りのような拍手が、会場を包み込んだ。

「……凄い。……なんて、なんて力強いんだ……!」
「宝石なんていらない! あの背中こそが、私たちが目指すべき強さだ!」

女性客たちまでもが、目を輝かせて立ち上がっている。
彼女たちが求めていたのは、誰かに守られる細い腕ではなく、自らの足で立ち、運命を投げ飛ばせるような「強き美」だったのだ。

審査員たちが、震える手で採点表を書き換えていく。
結果は、言うまでもなかった。

「……優勝。ヴィーナスの称号は、リーナ・フォン・アトラス様に!!」

「そんな……嘘よ……。私の宝石が……私のドレスが、負けるなんて……!」

カトレアはその場に崩れ落ちた。
私は彼女を見下ろし、オイルで輝く手を差し伸べた。

「カトレア様。悔しかったら、明日から私の『スクワット千回』につき合ってくださいな。筋肉は、決して裏切りませんわよ」

「嫌ぁぁぁぁぁーーーっ!!」

カトレアの絶叫が響く中、私はギルベルト様と視線を合わせた。
彼は親指を立て、最高の笑顔で頷いてくれた。

王都の「美」の基準が、物理(パワー)によって完全に破壊された瞬間であった。
リーナ・フォン・アトラス。
彼女は今、王都中の令嬢たちの憧れ、そして「筋肉の女神」として君臨したのである。
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