天才すぎる王子様を愛でるには、婚約者の座は邪魔なのです!

夏乃みのり

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きらびやかなシャンデリアが輝く、王宮の大広間。

着飾った貴族たちが談笑する中、私はグラスを片手に、うっとりと熱い視線を送っていた。

視線の先にいるのは、この国の第一王子であり、建国以来の天才と謳われるサヴァラン様だ。

黄金の髪に、宝石のような碧眼。

彫刻のように整った顔立ちは、ただ立っているだけで絵画のような美しさを放っている。

けれど、彼の真の魅力はその外見ではない。

圧倒的な頭脳。

あふれ出る才能。

政治、経済、剣術、魔法、芸術に至るまで、あらゆる分野で完璧な成果を叩き出すその姿は、まさに神の愛し子。

ああ、なんて尊いのかしら。

見ているだけで目が潰れそう。

呼吸をするのも恐れ多いわ。

「……はぁ。今日もサヴァラン様は最高に天才でいらっしゃる……」

私はとろけそうな溜息をついた。

私の名前はブリオッシュ。

由緒ある公爵家の娘であり、そしてあろうことか、あの尊すぎるサヴァラン様の婚約者という立場にいる。

だが、勘違いしないでほしい。

私が彼の妻になりたいだとか、隣に並びたいだとか、そんな身の程知らずな願望は微塵も持っていないのだ。

むしろ逆である。

凡人の私が彼の隣にいるなんて、彼の完璧な経歴における唯一の汚点。

最高の食材に泥を混ぜるようなもの。

天才の足枷になるくらいなら、私は身を引くべきなのだ。

けれど、ただ婚約を辞退するだけでは面白くない。

サヴァラン様は天才ゆえに、人生のあらゆることに退屈していらっしゃる。

ならば、最後に極上のエンターテインメントを提供して去るのが、ファンとしての、そして婚約者としての最後の務めではないだろうか?

そう。

たとえば、婚約者がとんでもない悪女だったことが発覚し、衆人環視の中で婚約破棄を突きつけられる……そんなスリリングな劇(ドラマ)のように!

「ふふふ……準備は万端よ」

私は口角を吊り上げ、扇子で口元を隠した。

今宵こそ、決行の時。

私はサヴァラン様のために、史上最悪の『悪役令嬢』になりきってみせる!

私は呼吸を整えると、カツカツとヒールを鳴らして広間の中央へと歩き出した。

目指すは、サヴァラン様の近くでオドオドとしている男爵令嬢、タルト様の元だ。

彼女は今日の「被害者役」として、私が勝手にターゲットに定めた人物である。

「ごきげんよう、タルト様」

私はできる限り意地悪そうな声を出し、彼女の背後から声をかけた。

ビクリ、とタルト様の肩が跳ねる。

「ひっ、ブ、ブリオッシュ様……?」

「あらあら、そんなに怯えなくてよろしくてよ? わたくし、今日はあなたに『教育』をして差し上げようと思って来たのですから」

私は扇子をパチリと閉じ、あえて周囲に聞こえるような大声で言い放った。

ざわり、と周囲の視線が集まるのを感じる。

いいわ、その調子よ。

もっと注目して。

これから始まるのは、世紀の断罪劇なのだから!

「……な、何のお話でしょうか……」

「とぼけないでくださる? あなたが最近、サヴァラン様に色目を使っていることは知っていますのよ。身分をわきまえなさい、この泥棒猫!」

言った!

言ってやったわ!

『泥棒猫』!

一度言ってみたかったのよ、この悪役令嬢のテンプレ台詞!

心の中でガッツポーズを決めながら、私は冷酷な笑みを貼り付け続ける。

タルト様は涙目で首を横に振った。

「そ、そんな……! 誤解です! 私はただ、サヴァラン殿下に書類をお届けしただけで……」

「お黙りなさい! その書類を渡す際の手つきがいやらしかったと報告を受けていますわ!」

もちろん、そんな報告はない。

全部私の妄想だ。

けれど、タルト様は真っ青になって震えている。

ごめんなさいねタルト様。

後で最高級の焼き菓子セットと、私の実家の領地特産品を山ほど贈るから許して。

「騒がしいな。何事だ」

そこへ、凛とした涼やかな声が響いた。

来た!

サヴァラン様だ!

私は内心の興奮を必死に抑え込み、ゆっくりと振り返る。

そこには、相変わらず退屈そうな、しかしどこか楽しげな瞳をしたサヴァラン様が立っていた。

「……サヴァラン様」

「ブリオッシュ。僕の婚約者が、こんな場所で声を荒らげてどうしたんだ?」

彼は首をかしげ、まるで幼子をあやすような口調で言った。

その余裕綽々たる態度。

さすが天才。

婚約者が暴れているというのに、微塵も動揺していない。

さあ、ここからが本番よ。

私は顎を上げ、彼を睨みつけた。

「サヴァラン様、ちょうど良いところに。わたくし、もう我慢なりませんの」

「ほう? 何がだ?」

「この女……タルト男爵令嬢の態度が目に余りますのよ。だから、少しばかり社会の厳しさを教えて差し上げていたところですわ」

「厳しさ、ね」

サヴァラン様はチラリとタルト様を見た後、再び私に視線を戻した。

その瞳の奥が、怪しく光ったような気がする。

「具体的には何をしたんだ?」

「……え?」

「君が彼女にした『教育』の内容だよ。教えてくれるかい?」

想定外の質問だ。

普通ならここで「やめろ!」と止めるか、「彼女になんてことを!」と怒る場面ではないのか。

なぜ詳細を聞きたがるの?

まあいいわ。

用意しておいた「悪行リスト」を発表する絶好の機会だもの。

私は胸を張り、堂々と宣言した。

「聞きたいとおっしゃるなら教えて差し上げますわ! わたくしは彼女に対して、数々の嫌がらせを行いました!」

周囲の貴族たちが息を呑む。

「まず、彼女の教科書に……落書きをしてやりましたわ!」

「……ほう」

「それも、全ページにパラパラ漫画を描いてやりましたの! 授業中にうっかり見てしまい、吹き出して先生に怒られるようにね!」

シーン。

会場が静まり返る。

あれ?

もっと「なんて卑劣な!」みたいな反応が来ると思ったのに。

「つ、次は……彼女の上履きに細工をしましたわ!」

私は焦って次の罪状を叫ぶ。

「靴の中に、極上のクッション材を敷き詰めてやりましたの! 歩くたびにフワフワして気が抜けるようにね! どうです、悔しいでしょう!」

タルト様がおずおずと口を開く。

「あ、あの……おかげで最近、足の疲れが取れました。ありがとうございます……」

「礼を言うんじゃないわよ!」

私は扇子でバシッと自分の掌を叩いた。

違う、そうじゃないのよ。

もっとこう、陰湿な感じに受け取ってほしいのに!

「ま、まだまだありますわよ! 食堂で彼女のランチを勝手に大盛りに変更したり! 図書館で彼女が探していた本を先回りして借りて、机の上に置いておいたり! 誕生日に匿名で花束を贈ったりしてやりましたわ!」

私は肩で息をしながら、サヴァラン様を見上げた。

どうだ。

これだけの「悪行」を聞かされれば、さすがのサヴァラン様も愛想を尽かすはず。

さあ、言ってください。

『君のようなふざけた女とは婚約破棄だ』と!

サヴァラン様は口元に手を当て、肩を震わせていた。

……え?

震えてる?

まさか、怒りのあまり震えているの?

「くっ……ふふ……」

えっ。

「あはははは! パラパラ漫画に、フワフワの中敷きだって? 最高だ、ブリオッシュ。君は本当に天才だな」

サヴァラン様が爆笑した。

ええええええ!?

なぜ笑うの!?

ここは激怒するシーンでしょう!?

「サ、サヴァラン様!? 笑い事ではありませんわ! わたくしは悪女なのです! こんな性悪女、王太子の婚約者にふさわしくありません!」

私は必死に訴えた。

「だから……さあ、今すぐ私に婚約破棄を突きつけてください! そしてタルト様と結ばれて、ハッピーエンドを迎えるのです!」

「断る」

即答だった。

サヴァラン様は笑い涙を指で拭いながら、スタスタと私に近づいてくる。

そして、あろうことか私の手を取り、その場に跪いたのだ。

「えっ、ちょっ……!?」

「ブリオッシュ。君ほど僕を楽しませてくれる女性は、世界中どこを探してもいないよ。悪役令嬢ごっこ? いい趣味だ。もっとやってごらん」

彼の美しい顔が近づく。

甘い香りが鼻をくすぐり、私は思考がショート寸前だ。

「ぼ、僕は……ごっこ遊びなどでは……!」

「パラパラ漫画の続き、僕も見てみたいな。どんな大作を描いたんだい?」

「……棒人間がドラゴンを倒すスペクタクル巨編ですけど」

「素晴らしい。ぜひ見せてくれ」

サヴァラン様は私の手の甲に口づけを落とすと、ニヤリと笑った。

その笑顔は、天使というよりは、獲物を見つけた悪魔のようだった。

「安心しろ、ブリオッシュ。僕は君を手放すつもりなんて毛頭ない。君がどんなに『悪役』を演じようと、僕がすべて『愛ゆえの行動』として処理してあげるから」

「は……はい?」

処理する?

何を?

「というわけで皆の者、聞いたか? 私の婚約者は、未来の側近候補であるタルト嬢に対し、独創的な方法で支援を行っていたようだ。その慈悲深さに、私は改めて感銘を受けた!」

サヴァラン様が朗々と宣言すると、周囲の貴族たちは一斉に拍手喝采を送った。

「おお、さすがブリオッシュ様!」

「教科書にパラパラ漫画……なんと芸術的な支援!」

「クッション材とは気配りの極みですな!」

違う。

違うのよ!

なんでそうなるの!?

拍手の音に包まれながら、私は呆然と立ち尽くす。

タルト様までもが、「ブリオッシュ様、ありがとうございます……!」と涙ぐんで感謝している始末だ。

サヴァラン様は私の腰に手を回し、耳元で囁いた。

「残念だったね、ブリオッシュ。婚約破棄は失敗だ」

「そ、そんな……」

「でも、面白かったよ。次の手を楽しみにしている」

彼は楽しそうに目を細めた。

私は悟った。

この男、私の計画に気づいているどころか、それを余興として楽しんでいやがる……!

天才すぎる王子の暇つぶし玩具。

それが、現在の私の立ち位置らしい。

「……くっ……! 負けませんわ……!」

私は悔し紛れに彼を睨み返した。

「次はもっと完璧な悪役になって、必ずやあなたに『婚約破棄したい』と言わせてみせますから!」

「ああ、期待しているよ。愛しのブリオッシュ」

サヴァラン様は余裕の笑みで、私の宣言を受け流したのだった。

こうして、私の華麗なる(はずだった)断罪劇は、完全なるコメディとして幕を下ろした。

けれど、戦いはまだ始まったばかり。

私の、私による、サヴァラン様のための婚約破棄計画は、まだ終わらないのだ!
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