天才すぎる王子様を愛でるには、婚約者の座は邪魔なのです!

夏乃みのり

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「――面を上げよ」

重々しい声が、王宮の謁見の間に響き渡った。

私は冷や汗を流しながら、恐る恐る顔を上げた。

目の前の玉座に座っているのは、この国の最高権力者。

サヴァラン様のお父上であり、鉄の規律で国を治める冷徹な王、バゲット国王陛下だ。

彫りの深い顔立ちと、鋭い眼光。

サヴァラン様が「爽やかな天才」なら、この方は「威厳ある覇王」。

その圧力(プレッシャー)だけで、胃に穴が開きそうだ。

「……サヴァランから報告は聞いている。過激派組織『黒い牙』のアジトを単身で制圧し、更生させたそうだな」

「は、はい……(掃除させただけですけど)」

「しかも、組織のリーダーであるフィナンシェ侯爵を改心させ、王宮の清掃員として再就職させたとか」

「……はい(適材適所だっただけですけど)」

陛下は「ふむ」と顎を撫でた。

その表情からは、感情が読み取れない。

怒っているの?

それとも呆れているの?

隣に立っているサヴァラン様は、いつもの涼しい顔で私を見守っている。

(助けてよサヴァラン様! あなたのお父様、怖すぎるわよ!)

私は視線でSOSを送るが、彼はニコニコと手を振るだけだ。

「……ブリオッシュ公爵令嬢」

陛下が再び口を開いた。

「そなたの行動力、そして人を動かすカリスマ性は認める。……だが」

陛下の目が、ギロリと光った。

空気が凍りつく。

「王太子の婚約者として、あまりにも破天荒すぎると思わんか?」

きた!

その言葉を待っていました!

私は心の中でガッツポーズをした。

そうだ、常識的に考えて、誘拐犯と仲良く掃除をするような公爵令嬢はアウトだ。

王室の品位に関わる。

これは、婚約破棄の絶好のチャンス……!

私は居住まいを正し、キリッとした顔で答えた。

「おっしゃる通りですわ、陛下! わたくしは王妃の器ではありません!」

「ほう?」

「ご覧の通り、わたくしはトラブルメーカー! 行く先々で騒動を巻き起こし、サヴァラン様の平穏な日常を破壊する『歩く災害』ですの!」

私は胸を張って自己批判を展開した。

「パンを買い占めて市場を混乱させ(てないけど)、花壇を破壊して景観を損ね(てないけど)、誘拐されて王太子の業務を妨害しました! こんな女が王族に入れば、国の恥です!」

さあ、どうだ。

これだけ自分を下げれば、陛下も引導を渡してくれるはず。

『うむ、自覚があるならよろしい。婚約は白紙だ』と!

陛下はしばしの沈黙の後、サヴァラン様を見た。

「……おい、サヴァラン」

「はい、父上」

「こやつ、本気で言っているのか?」

「ええ。彼女は謙虚なんです。自分の偉業をすべて『トラブル』と表現して、手柄を辞退しようとする美徳の持ち主でして」

「違うわよ! 本気でダメ人間アピールしてるのよ!」

私が叫ぶと、陛下は大きな溜息をついた。

そして、玉座の肘掛けを指で叩きながら言った。

「……確かに、そなたは規格外だ。サヴァランの手には負えんかもしれん」

「そうです! 負えません!」

「よって……」

陛下は立ち上がり、厳かに告げた。

「そなたが本当に王太子の婚約者にふさわしいか、私が直々に『最終試験』を行うこととする」

「……最終試験?」

「うむ。来週執り行われる『星降る儀式』。……このプロデュースを、そなた一人に任せる」

「星降る儀式……?」

聞いたことがある。

建国の伝承に基づき、王族が先祖の霊を慰める、一年で最も神聖で、最も堅苦しくて、最も失敗が許されない厳粛な儀式だ。

「例年通りであれば、宮内庁が数ヶ月かけて準備するものだ。だが、今回はすべて白紙に戻し、そなたの采配ですべてを取り仕切ってもらう」

陛下はニヤリと笑った。

その笑顔は、サヴァラン様の意地悪な笑顔とそっくりだった。

「予算は無限に使っていい。人手も好きに使え。……ただし」

「ただし?」

「もし、儀式を失敗させたり、伝統を汚すような失態を犯した場合……」

陛下は声を潜めた。

「即刻、サヴァランとの婚約を破棄し、国外追放とする!」

ゴクリ。

私は生唾を飲み込んだ。

失敗したら、婚約破棄。

伝統を汚したら、国外追放。

……それって。

「やります!!」

私は食い気味に返事をした。

「謹んでお受けいたしますわ、陛下! その試験、ぜひ挑戦させてください!」

「ほう? 自信があるのか?」

「ありますとも!(失敗する自信が!)」

私は興奮していた。

神聖な儀式を私一人に任せる?

そんなの、失敗する未来しか見えないじゃない!

私が適当に派手な飾り付けをして、変な音楽を流して、儀式をめちゃくちゃにすれば……。

『伝統を汚した! 不敬罪だ!』と激怒され、堂々と婚約破棄できる!

しかも国外追放付き!

これぞ私が求めていた『ハッピーエンド(バッドエンド)』よ!

「……いいだろう」

陛下は満足げに頷いた。

「期限は一週間。……精々、我々を驚かせてみせよ。ブリオッシュ」

「お任せください! 歴史に残る(黒歴史的な意味で)儀式にしてみせますわ!」

   ◇

謁見が終わった後の廊下。

私はスキップしながら歩いていた。

「ルンルンルン♪ やっと……やっと自由になれるわ!」

「ご機嫌だね、ブリオッシュ」

隣を歩くサヴァラン様が、苦笑している。

「父上の無茶ぶりを、あんなに嬉々として引き受けるとは。……やはり君は、逆境こそ燃えるタイプか」

「違いますわ。これは『飛んで火に入る夏の虫』作戦ですの!」

「火に入る?」

「ええ! 厳粛な儀式を、私のセンスで台無しにするのよ! ミラーボールを回して、サンバを踊らせて、お供え物は全部ドーナツにしてやるわ!」

私は指折り数えて計画を話した。

「神聖な空気をぶち壊して、陛下を卒倒させてやるの! そうすれば婚約破棄確定よ!」

「なるほど……斬新だ」

サヴァラン様は顎に手を当てた。

「『星降る儀式』は、長年マンネリ化していて、国民の関心も薄れていた。……そこでサンバとドーナツか。古い殻を打ち破り、新たな信仰の形を提示するわけだね」

「違うって言ってるでしょう!? ただの不敬よ!」

「楽しみだよ。君がどんな『破壊と創造』を見せてくれるのか」

サヴァラン様は私の頭を撫でた。

「でも、一つだけ忠告しておくよ」

「忠告?」

「父上は……僕以上に『面白いこと』に飢えている。中途半端な失敗じゃ、逆に喜ばれるかもしれないよ?」

「えっ」

「やるなら徹底的にやりたまえ。……国がひっくり返るくらいにね」

サヴァラン様の瞳が、悪戯っぽく輝いた。

   ◇

部屋に戻った私は、早速クロワッサンを呼びつけた。

「クロワッサン! 緊急ミッションよ!」

「はい、お嬢様。……またろくでもないことを?」

「失礼ね! 今回は陛下公認のミッションよ!」

私は羊皮紙を広げ、サラサラと図面を描き始めた。

「来週の『星降る儀式』……これを『星降るフェスティバル』に変えるわ!」

「フェスティバル、ですか」

「そうよ! 厳かな祭壇? 撤去よ撤去! 代わりに巨大な特設ステージを組んで!」

「……はあ」

「聖歌隊? 解散! 代わりに、王都で一番うるさいロックバンドを雇って!」

「……耳栓が必要ですね」

「そして極めつけは……」

私はニヤリと笑った。

「儀式のクライマックスで空から降ってくる『星』の演出……。あれを、大量の『隕石(に見立てた巨大タライ)』にするのよ!」

「またタライですか」

「タライは私のソウルアイテムよ! 厳粛な祈りの最中に、空から無数のタライが降り注ぐ! カオス! 阿鼻叫喚! ……これぞ儀式の崩壊よ!」

完璧だ。

これを見せつけられれば、さすがの陛下も「ふざけるな!」と激怒し、私を国外へ放り出すに違いない。

「予算は無限と言われたわ。……クロワッサン、金の力で最高にふざけた機材を集めなさい!」

「……承知しました。お嬢様が国外追放される時のために、私の荷造りもしておきますね」

「気が早いわよ! ……でも、頼りにしてるわ!」

こうして。

国の威信をかけた神聖な儀式は、一人の悪役令嬢(志望)の手によって、前代未聞の『大宴会』へと変貌しようとしていた。

果たして、私は見事に儀式を失敗させ、婚約破棄を勝ち取れるのか?

それとも、またしてもサヴァラン様(と陛下)の「超解釈」によって、伝説の聖女になってしまうのか?

これが、最後の戦い。

私の人生をかけた、大一番の幕開けである!
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