婚約破棄された悪役令嬢、沈黙を破って絶叫する。

夏乃みのり

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ギルバート殿下が泣きながら敗走してから数時間後。

私とクラウスは、たっぷりと二度寝を堪能し、優雅なブランチ(エッグベネディクトと特製ハーブティー)を楽しんだ後、地下牢へと足を運んだ。

目的はもちろん、捕らわれの身となったミナの処遇を決めるためだ。

「ここが『特別防音室』だ。どんな大声で泣き叫んでも、外には一切漏れない」

クラウスが重厚な鉄の扉を指差した。

「元々は俺が発狂した時に閉じこもるために作った部屋だが……まさかこんな形で使うことになるとはな」

「あんた、そんな部屋用意してたの……。闇が深すぎるわ」

私は呆れつつ、セバスチャンに合図して扉を開けさせた。

ギィィィィ……。

分厚い扉が開くと、そこには質素な木の椅子に縛り付けられたミナの姿があった。

彼女は私たちを見るなり、必死の形相で暴れ出した。

「んんーッ! んーッ!」

口には猿ぐつわが噛ませてある。

ピンク色のドレスは煤と埃で汚れ、自慢の巻き髪もボサボサ。

あの「あざとい小悪魔」の面影は見る影もない。

「猿ぐつわを外してやれ」

クラウスが命じると、衛兵が布を解いた。

その瞬間、ミナが叫んだ。

「ひどいですぅ! こんな扱い、人権侵害ですぅ!」

まだやるか。

そのキンキン声。

クラウスが不快そうに眉をひそめ、耳を塞いだ。

「……やはり不快だ。黒板を引っ掻く音に、さらに砂糖と毒を混ぜたような周波数だ」

「ローレライお姉様ぁ! 助けてくださいぃ! わたくし、ちょっと出来心でぇ……!」

ミナは涙目で私に訴えかけてくる。

「お父様に言いつけますよぉ? 可愛い妹をこんな目に遭わせたって!」

「可愛い妹? 誰が?」

私は冷ややかに見下ろした。

「あんた、自分が何をしたか分かってるの? 禁断の精霊を解放して、この城の住人全員を危険に晒したのよ。普通なら即刻処刑されても文句言えないわよ」

「そ、それは……! でもぉ、何も起きなかったじゃないですかぁ! 結果オーライですぅ!」

「反省の色ゼロね」

私はため息をついた。

この期に及んで、まだ「自分は許される」と思っている。

その根拠は、間違いなく彼女の最大の武器である『可愛さ』と『声』にあるのだろう。

男はみんな、この声で甘えれば許してくれる。

そう信じ込んでいるのだ。

「……おい、ローレライ」

不意に、クラウスが私の袖を引いた。

彼は赤い瞳を細め、ミナの喉元をじっと凝視している。

「なんだか奇妙だ」

「何が?」

「あの女の声だ。……魔力の波長がおかしい。喉から発せられている音と、実際に空気を振動させている音にズレがある」

クラウスはスタスタとミナに歩み寄り、無遠慮に彼女の顎を掴んで上を向かせた。

「ひゃっ!? な、何をするんですかぁ魔王様ぁ♡ もしやキス……」

「黙れ。……やはりな」

クラウスはミナの首に巻かれていた、可愛らしいピンクのリボンチョーカーに指をかけた。

「い、いやぁっ! それはダメェッ!」

ミナが異常なほど怯える。

「これだ。このチョーカー、ただの装飾品ではない。……極小の『変声魔石』が埋め込まれている」

「変声魔石?」

「ああ。使用者の声を、相手が好感を抱きやすい周波数に自動変換する魔道具だ。しかもかなり高価な違法改造品だな」

「はぁ!?」

私は驚いた。

つまり、あの猫なで声は天然モノじゃなくて、エフェクターを通した加工ボイスだったってこと?

「嫌ぁぁぁ! 取らないでぇぇぇ! それは私の命ぃぃぃ!」

ミナが必死に抵抗するが、魔王の力には敵わない。

ブチッ!

クラウスは容赦なくリボンを引きちぎった。

カラン……。

床に落ちたチョーカーから、魔力の光が消えていく。

「あ……あ……」

ミナが絶望した顔で固まった。

「さて、化けの皮を剥がさせてもらおうか」

クラウスは腕を組み、冷酷に告げた。

「さあ喋ってみろ。それがお前の『地声』なんだろう?」

ミナはプルプルと震え、赤面し、そして俯いた。

沈黙が続く。

「どうした? お姉様に命乞いしないの?」

私が煽ると、ミナの肩がビクッと跳ねた。

そして。

彼女はゆっくりと顔を上げた。

その表情からは、今までの「弱々しい令嬢」の仮面が完全に剥がれ落ちていた。

目が座っている。

口元が歪んでいる。

そして、彼女は口を開いた。

「……あーあ。バレちまったか」

「「え?」」

私とクラウスの声が重なった。

聞こえてきたのは、驚くほど低く、ドスの効いた、まるで酒焼けしたスナックのママか、あるいは場末のヤンキーのようなダミ声だった。

「ちッ……。クソがよぉ。あと少しで王子を完全に掌で転がせるとこだったのによぉ」

ミナはペッ、と床に唾を吐き捨てた(拘束されているので自分の膝にかかったが)。

「おいおいおい……」

私は口をあんぐりと開けた。

「誰?」

「ああん? ミナだよ、文句あんのかコラ」

ミナがメンチを切ってきた。

「なんだよその目は。私が元々こういう声だって知って驚いてんのか? あーあ、めんどくせぇ。毎日毎日、喉絞めて『きゃるるん♡』とか言うの、マジで疲れてたんだよなァ!」

彼女はガラガラの声で吠えた。

「こっちはスラム街出身でよぉ! のし上がるために必死で金貯めて、あの魔道具買ったんだよ! 『可愛い声』さえあれば、男なんてチョロいからなァ!」

衝撃のカミングアウトである。

男爵令嬢というのも、どうやら経歴詐称くさい。

「ギルバートの野郎もよぉ! 『君の声は鈴のようだ』とか言って、高い宝石バンバン貢ぎやがって! 鈴じゃねぇよ、魔道具の音だよバーカ!」

ミナはゲラゲラと笑った。

その笑い声は「ギャハハハ!」という豪快なものだ。

「……なるほど」

クラウスが感心したように頷いた。

「先ほどまでの不快な高音より、今のドブのような声の方が、まだ精神衛生上マシだ」

「ドブって言うなや魔王! ……でもよぉ、あんた見る目あるぜ。あの王子よりはマシだ」

ミナはふてぶてしく笑った。

「で? どうすんだよ姉御。煮るなり焼くなり好きにしな」

急に「姉御」呼ばわりされた。

私は頭を抱えた。

「……なんか、調子狂うわね」

あざといブリっ子だと思っていたら、中身はゴリゴリの元ヤンだった。

こっちの方が、ある意味人間味があるというか、清々しいというか。

「はぁ……。あんたねぇ、そのガッツを別の方向に使えなかったの?」

「うるせぇ。貧乏人が成り上がるには、これしかねぇんだよ」

ミナはふんと鼻を鳴らした。

「あんたみたいな生まれつきの貴族サマには分かんねぇよ。……恵まれた家、綺麗なドレス、そして何より……」

彼女は私を睨んだ。

「その『デカい声』。……羨ましかったぜ」

「は?」

「アタシの声は汚ねぇだろ。だから隠した。でもあんたは、どんなに『うるさい』って言われても、地声で堂々と生きてた。……ムカつくんだよ、その自信が」

ミナの声が、少しだけ湿っぽくなった気がした。

「……そう」

私は腕を組んだまま、彼女に近づいた。

「私の声だって、コンプレックスだったわよ。実家じゃ『呪い』扱いだったしね」

「ケッ、贅沢な悩みだな」

「でもね、ミナ。……あんたのその地声、私は嫌いじゃないわよ」

「あ?」

「迫力があるもの。ロックだわ」

私はニヤリと笑った。

「そのドスの効いた声、活かさない手はないわね」

「……何させる気だ?」

ミナが警戒する。

私はクラウスを振り返った。

「ねえクラウス。この子、殺すのはもったいないわ」

「ほう? ではどうする?」

「この城で雇いましょう」

「はぁ!?」

ミナとクラウスが同時に声を上げた。

「何を言い出すんだローレライ。こんな危険分子を?」

「危険だからこそ、目の届くところに置いておくのよ。それに……」

私は悪戯っぽく笑った。

「私のバックコーラス(デスボイス担当)が欲しかったのよね」

「コーラス……だと?」

「そう。私の高音シャウトに、あんたの低音ダミ声が合わされば、最強のハーモニーが生まれると思わない?」

私はミナの顔を覗き込んだ。

「どう? ミナ。地下牢で一生腐るか、私の下でこき使われながら、その『汚い声』を思いっきり張り上げるか。……選ばせてあげる」

ミナは呆気に取られていた。

そして、しばらくして。

「……プッ、クククッ!」

肩を揺らして笑い出した。

「マジかよ……。あんた、頭イカれてんのか?」

「よく言われるわ」

「バックコーラスだぁ? 元敵役だぞ? 寝首かかれるかもしれねぇぞ?」

「やれるもんならやってみなさいよ。私の声圧で返り討ちにするから」

「……ヘッ、上等じゃねぇか」

ミナは不敵な笑みを浮かべた。

「いいぜ。やってやるよ姉御。その代わり、給料は弾んでもらうからな!」

「成果次第ね」

こうして、元凶ミナへの『ざまぁ』は、予想外の結末を迎えた。

処刑でも追放でもなく、魔王城の下っ端(兼コーラス隊)としての再就職。

彼女の『可愛い声』という武器は破壊された。

その代わり、彼女は『自分自身の声』で生きる場所を与えられたのだ。

ある意味、彼女の望んでいた「玉の輿」は潰えたが、「居場所」は見つかったのかもしれない。

「さあ、まずは掃除からよ! あんたが汚した地下室、その声でピカピカにしなさい!」

「へいへい。……オラァァァ! 汚れ落ちろやボケェェェッ!!」

「声が小さい! もっと腹から!」

「うっせぇな! やってらァ! ゴルァァァァァッ!!」

地下牢に、二人の怒鳴り声が響く。

クラウスは耳栓をしながら、「……騒がしい奴が一人増えたな」と、まんざらでもない顔で笑っていた。

ミナの『ざまぁ』。

それは、偽りの自分を殺され、本当の自分で生きるという、一番キツくて、一番優しい罰だったのかもしれない。

もちろん、ギルバート殿下がこれを知ったら、「あんな声の女だったのかーッ!?」と卒倒するのは間違いないだろうけど。

(ま、あいつのことはもうどうでもいいか)

私は新たな相棒(舎弟?)のできた喜びを噛み締めながら、地上への階段を上がった。

魔王城は、ますます賑やかになりそうだ。
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