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太陽が地平線の彼方に沈み、市場の喧騒が夜の静寂へと変わり始めた頃。
そこには、もはや高貴な面影など微塵も残っていない、泥と石鹸水にまみれた二人の男女がいた。
「ハァ、ハァ……。リコ、見てくれ。……二十二枚だ。銅貨二十二枚、確かに稼いだぞ……」
レオン王子が、震える手で黒ずんだコインをリコの前に差し出した。
その隣では、マリエッタが真っ赤に腫れた自分の手を見つめながら、今にも泣き出しそうに立っている。
「……マリエッタも、頑張りましたわ。爪が……マリエッタの自慢のネイルが、もうボロボロです……」
リコはベンチに腰掛けたまま、差し出された銅貨を扇子の先で軽く突いた。
「あら、素晴らしいじゃない。目標の二十枚を超えましたわね。……で、その二十二枚で、これからどうなさるおつもり?」
「決まっている! 飯だ! 死ぬほど腹が減っているんだ! あそこの屋台の肉串が、一本十枚だと言っていた。それを二本買って、二人で分かち合う!」
レオン王子の瞳が、飢えた狼のようにぎらりと輝いた。
「そうですわ! マリエッタ、あの美味しそうな匂いだけで、もう気絶しそうですの!」
二人が屋台へ駆け出そうとしたその時、リコの鋭い声が飛んだ。
「お待ちなさい。……計算もできないのかしら、このおバカさんたちは」
リコは立ち上がり、二人の間に割って入った。
「いいですか。今、あなたたちが肉串を二本買えば、残金は二枚。……明日の朝食はどうしますの? 明日も働くためのエネルギーは、どこから湧いてくるのかしら」
「そ、それは……明日また稼げばいいだろう!」
「もし明日が雨だったら? もし荷運びの仕事がなかったら? ……その二枚で、あなたたちは一日生き延びられますの?」
リコの問いに、レオン王子が言葉を詰まらせる。
「愛があれば、お腹は膨れるのではなくて? マリエッタさん、今この瞬間に王子様と熱い口付けを交わせば、空腹なんて吹き飛んでしまうのでしょう?」
「そ、それは……。でも、物理的なお腹は、グーグーと鳴り止まないのですわ……」
マリエッタが恥ずかしそうに下腹部を押さえる。
「結局、愛なんてその程度のものなんですわ。胃袋を満たすパンの一片、寒さを凌ぐ屋根の一角。それら最低限の『現実』がなければ、愛なんて砂上の楼閣、ただの幻想ですわ」
リコはセバスから受け取った小さな天秤をテーブルに置いた。
「レオン様。あなたが今日運んだ荷物は、どこへ運ばれ、誰が食べるものかご存知?」
「……わからない。ただ、重い袋をひたすら馬車に積んだだけだ」
「あれは、冬を越すための備蓄用小麦です。国民は、こうして飢えの恐怖と戦いながら、未来のために今を耐えているんですわ。それを知らずに『愛さえあれば国は安泰』だなんて、どの口が言えたのかしらね」
レオン王子は、自分の汚れた手を見つめ、黙り込んだ。
「今日のあなたたちの夕食は、その二十二枚の中から、一番安い黒パンを二つ。そして、残りは明日のための『貯蓄』に回しなさい」
「……黒パン二つ。それだけか?」
「ええ。ですが、そのパンは昨日まであなたが食べていた最高級の白パンよりも、ずっと価値があるはずですわ。……なんせ、あなたが『王子』としてではなく、『一人の人間』として稼いだ対価なのですから」
リコはそう言うと、そっと二人に背を向けた。
「さあ、セバス。今日の宿泊先……いえ、『愛の巣・パート2』へ案内してあげなさい。今夜は地下室よりはマシな、屋根裏部屋を用意させましたわ」
「かしこまりました。……レオン様、マリエッタ様、こちらへ」
セバスに促され、トボトボと歩き出す二人。
リコは、彼らが去った後の市場の路地で、ふう、と深く息を吐いた。
「……お嬢様。あのような厳しいことを仰りながら、お二人分の黒パン、あらかじめ一番柔らかいものを買い占めておかれたのですね」
「……うるさいわよ、セバス。私はただ、彼らが空腹で倒れて、私の教育計画が狂うのが嫌なだけよ」
リコは顔を赤らめ、扇子を激しく仰いだ。
「愛なんて、余裕のある人間が嗜む贅沢品。……でも、あのおバカさんたちが、泥水をすすってでもお互いの手を離さないと言うのなら。……少しだけ、本物の『愛』に近づけるのかもしれないわね」
夜風がリコの髪を揺らす。
彼女の戦いは、まだ始まったばかり。王子とヒロインの「根性」は、これからさらに過酷な試練によって研ぎ澄まされていくことになる。
そこには、もはや高貴な面影など微塵も残っていない、泥と石鹸水にまみれた二人の男女がいた。
「ハァ、ハァ……。リコ、見てくれ。……二十二枚だ。銅貨二十二枚、確かに稼いだぞ……」
レオン王子が、震える手で黒ずんだコインをリコの前に差し出した。
その隣では、マリエッタが真っ赤に腫れた自分の手を見つめながら、今にも泣き出しそうに立っている。
「……マリエッタも、頑張りましたわ。爪が……マリエッタの自慢のネイルが、もうボロボロです……」
リコはベンチに腰掛けたまま、差し出された銅貨を扇子の先で軽く突いた。
「あら、素晴らしいじゃない。目標の二十枚を超えましたわね。……で、その二十二枚で、これからどうなさるおつもり?」
「決まっている! 飯だ! 死ぬほど腹が減っているんだ! あそこの屋台の肉串が、一本十枚だと言っていた。それを二本買って、二人で分かち合う!」
レオン王子の瞳が、飢えた狼のようにぎらりと輝いた。
「そうですわ! マリエッタ、あの美味しそうな匂いだけで、もう気絶しそうですの!」
二人が屋台へ駆け出そうとしたその時、リコの鋭い声が飛んだ。
「お待ちなさい。……計算もできないのかしら、このおバカさんたちは」
リコは立ち上がり、二人の間に割って入った。
「いいですか。今、あなたたちが肉串を二本買えば、残金は二枚。……明日の朝食はどうしますの? 明日も働くためのエネルギーは、どこから湧いてくるのかしら」
「そ、それは……明日また稼げばいいだろう!」
「もし明日が雨だったら? もし荷運びの仕事がなかったら? ……その二枚で、あなたたちは一日生き延びられますの?」
リコの問いに、レオン王子が言葉を詰まらせる。
「愛があれば、お腹は膨れるのではなくて? マリエッタさん、今この瞬間に王子様と熱い口付けを交わせば、空腹なんて吹き飛んでしまうのでしょう?」
「そ、それは……。でも、物理的なお腹は、グーグーと鳴り止まないのですわ……」
マリエッタが恥ずかしそうに下腹部を押さえる。
「結局、愛なんてその程度のものなんですわ。胃袋を満たすパンの一片、寒さを凌ぐ屋根の一角。それら最低限の『現実』がなければ、愛なんて砂上の楼閣、ただの幻想ですわ」
リコはセバスから受け取った小さな天秤をテーブルに置いた。
「レオン様。あなたが今日運んだ荷物は、どこへ運ばれ、誰が食べるものかご存知?」
「……わからない。ただ、重い袋をひたすら馬車に積んだだけだ」
「あれは、冬を越すための備蓄用小麦です。国民は、こうして飢えの恐怖と戦いながら、未来のために今を耐えているんですわ。それを知らずに『愛さえあれば国は安泰』だなんて、どの口が言えたのかしらね」
レオン王子は、自分の汚れた手を見つめ、黙り込んだ。
「今日のあなたたちの夕食は、その二十二枚の中から、一番安い黒パンを二つ。そして、残りは明日のための『貯蓄』に回しなさい」
「……黒パン二つ。それだけか?」
「ええ。ですが、そのパンは昨日まであなたが食べていた最高級の白パンよりも、ずっと価値があるはずですわ。……なんせ、あなたが『王子』としてではなく、『一人の人間』として稼いだ対価なのですから」
リコはそう言うと、そっと二人に背を向けた。
「さあ、セバス。今日の宿泊先……いえ、『愛の巣・パート2』へ案内してあげなさい。今夜は地下室よりはマシな、屋根裏部屋を用意させましたわ」
「かしこまりました。……レオン様、マリエッタ様、こちらへ」
セバスに促され、トボトボと歩き出す二人。
リコは、彼らが去った後の市場の路地で、ふう、と深く息を吐いた。
「……お嬢様。あのような厳しいことを仰りながら、お二人分の黒パン、あらかじめ一番柔らかいものを買い占めておかれたのですね」
「……うるさいわよ、セバス。私はただ、彼らが空腹で倒れて、私の教育計画が狂うのが嫌なだけよ」
リコは顔を赤らめ、扇子を激しく仰いだ。
「愛なんて、余裕のある人間が嗜む贅沢品。……でも、あのおバカさんたちが、泥水をすすってでもお互いの手を離さないと言うのなら。……少しだけ、本物の『愛』に近づけるのかもしれないわね」
夜風がリコの髪を揺らす。
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