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舞踏会のバルコニー。きらびやかな会場の喧騒から少し離れたその場所に、マリエッタは令嬢たちに囲まれていた。
「あら、マリエッタ様。今日は随分と立派なドレスをお召しですこと。……公爵家からの借り物かしら?」
扇子で口元を隠し、クスクスと笑うのはローゼマリー伯爵令嬢だ。彼女の取り巻きたちも、さげすむような視線をマリエッタに投げかける。
「いいえ、ローゼマリー様。これはモンフォール公爵家が私の『将来の配当』を見越して先行投資してくださったものですわ」
マリエッタは、リコ直伝の「隙のない微笑」を浮かべて答えた。
「先行投資? ふふっ、笑わせないで。男爵家の娘が王子をたぶらかしたところで、この国の社交界では『寄生虫』と呼ばれるのが関の山よ。……ねえ、皆様?」
「そうですわ。愛だの恋だのと言えば、何でも許されると思っているのかしら。お里が知れますわね」
取り巻きたちが一斉に冷ややかな声を浴びせる。
かつてのマリエッタなら、ここで涙を浮かべて「そんなことありませんわ!」と叫んでいただろう。
だが、今のマリエッタの脳内では、彼女たちの実家の「ある数値」が急速に組み上がっていた。
「……ローゼマリー様。そんなに私のドレスを気にされる暇があるのなら、ご自身の実家の『宝石購入費』を見直された方がよろしいのでは?」
「……何ですって?」
ローゼマリーの眉がピクリと動く。
「先月の王都の税務記録を拝見しましたけれど。ローゼマリー様のお父様、領地の凶作で減税申請を出していらっしゃいましたわよね? それなのに、今あなたが首にかけていらっしゃるそのネックレス……市場価格で銀貨八百枚は下らないはず。おかしいですわね?」
マリエッタは一歩、また一歩と距離を詰める。
「減税申請を出しておきながら、贅沢品の購入。これは『虚偽申告による脱税』の疑いがありますわ。……もし私がこの場で計算式を叫んだら、明日には騎士団があなたの屋敷を監査に訪れることになりますけれど?」
「な、な……っ!? 何をデタラメを!」
「デタラメではありませんわ。あなたの家が昨年に輸入した絹の量と、領地で生産された羊毛の比率を考えれば、現在の収支が赤字であることは明白。……ねえ、今すぐこの場で、あなたの家の倒産確率を算出して差し上げましょうか?」
マリエッタが懐からスッと取り出したのは、リコに特注で作らせた「計算用小型手帳」だった。
「ひっ……! や、やめなさい! なんて下品な女なの……数字の話ばかりして!」
「下品なのは、払うべきものを払わずに着飾ることですわ。……あ、そちらのソフィア様。あなたのお父様が秘密裏に購入した『隣国の別荘』の登記。……お母様はご存知かしら?」
「えっ……お父様が、別荘を……!? 知らないわ、そんなの!」
ソフィアと呼ばれた令嬢が顔を真っ青にする。
「あら、ご存知ない? 不透明な資金移動の形跡がありましたの。……愛があれば隠し事も許されるのかしら? それとも、私に詳しく調査してほしい?」
「い、いやぁぁー! もういいわよ! 行きましょう、皆様! この女、狂っているわ!」
令嬢たちは、蜘蛛の子を散らすようにバルコニーから逃げ出していった。
静寂が戻ったバルコニーに、パチン、と扇子を閉じる音が響いた。
「……マリエッタ。今の返し、九十分ですわ」
柱の陰から、リコが優雅に姿を現した。
「リコ様! 見ていらしたんですのね! マリエッタ、おじ様たちの秘密を暴くの、とってもスッキリしましたわ!」
「九十分の理由は、『倒産確率』を算出する前に、相手の家の『負債額』を耳元で囁くべきだったからですわ。その方が、より絶望感を与えられたでしょう?」
「なるほど! 次はそうしますわ! 絶望こそが、真の教育ですものね!」
マリエッタがキラキラとした笑顔で、恐ろしいことを口にする。
リコはそんなマリエッタの頭を、少しだけ優しく撫でた。
「いいわ、その意気よ。……セバス、今のやり取りを記録しておきなさい。明日、あの令嬢たちの実家に『経営コンサルタント』を派遣して、我が公爵家の傘下に収める準備を」
「承知いたしました、お嬢様。……マリエッタ様、素晴らしい『集金能力』でございますな」
セバスが深々と頭を下げる。
「ふふっ、愛するレオン様のために、まずは社交界の『毒』を一掃して、公爵家の資金源に変えて差し上げますわ!」
リコは、もはや「教育」を通り越して「軍師」になりつつあるヒロインを見つめ、不敵に微笑んだ。
「さあ、お遊びはここまでよ。……そろそろ、仕上げの段階に入りましょうか」
「あら、マリエッタ様。今日は随分と立派なドレスをお召しですこと。……公爵家からの借り物かしら?」
扇子で口元を隠し、クスクスと笑うのはローゼマリー伯爵令嬢だ。彼女の取り巻きたちも、さげすむような視線をマリエッタに投げかける。
「いいえ、ローゼマリー様。これはモンフォール公爵家が私の『将来の配当』を見越して先行投資してくださったものですわ」
マリエッタは、リコ直伝の「隙のない微笑」を浮かべて答えた。
「先行投資? ふふっ、笑わせないで。男爵家の娘が王子をたぶらかしたところで、この国の社交界では『寄生虫』と呼ばれるのが関の山よ。……ねえ、皆様?」
「そうですわ。愛だの恋だのと言えば、何でも許されると思っているのかしら。お里が知れますわね」
取り巻きたちが一斉に冷ややかな声を浴びせる。
かつてのマリエッタなら、ここで涙を浮かべて「そんなことありませんわ!」と叫んでいただろう。
だが、今のマリエッタの脳内では、彼女たちの実家の「ある数値」が急速に組み上がっていた。
「……ローゼマリー様。そんなに私のドレスを気にされる暇があるのなら、ご自身の実家の『宝石購入費』を見直された方がよろしいのでは?」
「……何ですって?」
ローゼマリーの眉がピクリと動く。
「先月の王都の税務記録を拝見しましたけれど。ローゼマリー様のお父様、領地の凶作で減税申請を出していらっしゃいましたわよね? それなのに、今あなたが首にかけていらっしゃるそのネックレス……市場価格で銀貨八百枚は下らないはず。おかしいですわね?」
マリエッタは一歩、また一歩と距離を詰める。
「減税申請を出しておきながら、贅沢品の購入。これは『虚偽申告による脱税』の疑いがありますわ。……もし私がこの場で計算式を叫んだら、明日には騎士団があなたの屋敷を監査に訪れることになりますけれど?」
「な、な……っ!? 何をデタラメを!」
「デタラメではありませんわ。あなたの家が昨年に輸入した絹の量と、領地で生産された羊毛の比率を考えれば、現在の収支が赤字であることは明白。……ねえ、今すぐこの場で、あなたの家の倒産確率を算出して差し上げましょうか?」
マリエッタが懐からスッと取り出したのは、リコに特注で作らせた「計算用小型手帳」だった。
「ひっ……! や、やめなさい! なんて下品な女なの……数字の話ばかりして!」
「下品なのは、払うべきものを払わずに着飾ることですわ。……あ、そちらのソフィア様。あなたのお父様が秘密裏に購入した『隣国の別荘』の登記。……お母様はご存知かしら?」
「えっ……お父様が、別荘を……!? 知らないわ、そんなの!」
ソフィアと呼ばれた令嬢が顔を真っ青にする。
「あら、ご存知ない? 不透明な資金移動の形跡がありましたの。……愛があれば隠し事も許されるのかしら? それとも、私に詳しく調査してほしい?」
「い、いやぁぁー! もういいわよ! 行きましょう、皆様! この女、狂っているわ!」
令嬢たちは、蜘蛛の子を散らすようにバルコニーから逃げ出していった。
静寂が戻ったバルコニーに、パチン、と扇子を閉じる音が響いた。
「……マリエッタ。今の返し、九十分ですわ」
柱の陰から、リコが優雅に姿を現した。
「リコ様! 見ていらしたんですのね! マリエッタ、おじ様たちの秘密を暴くの、とってもスッキリしましたわ!」
「九十分の理由は、『倒産確率』を算出する前に、相手の家の『負債額』を耳元で囁くべきだったからですわ。その方が、より絶望感を与えられたでしょう?」
「なるほど! 次はそうしますわ! 絶望こそが、真の教育ですものね!」
マリエッタがキラキラとした笑顔で、恐ろしいことを口にする。
リコはそんなマリエッタの頭を、少しだけ優しく撫でた。
「いいわ、その意気よ。……セバス、今のやり取りを記録しておきなさい。明日、あの令嬢たちの実家に『経営コンサルタント』を派遣して、我が公爵家の傘下に収める準備を」
「承知いたしました、お嬢様。……マリエッタ様、素晴らしい『集金能力』でございますな」
セバスが深々と頭を下げる。
「ふふっ、愛するレオン様のために、まずは社交界の『毒』を一掃して、公爵家の資金源に変えて差し上げますわ!」
リコは、もはや「教育」を通り越して「軍師」になりつつあるヒロインを見つめ、不敵に微笑んだ。
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