婚約破棄前におバカな王子たちを根性叩き直しコースに強制入会

夏乃みのり

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「……レオン様。先ほどから私の顔をじっと見て、何かついていまして?」

決戦の朝。王宮の控室で、最終チェックをしていたリコが、鏡越しに冷ややかな視線を投げた。

「え……? あ、いや……何でもない。ただ、その……」

レオン王子は、慌てて視線を逸らした。だが、心臓の鼓動が先ほどからうるさい。

これまでは、リコに見つめられるだけで「何か叱られるのではないか」という生存本能的な恐怖で心拍数が上がっていた。

だが、今は違う。彼女の凛とした横顔、迷いのない言葉、そしてこの国を救おうとする凄まじい執念。

(……美しい。いや、怖い。いや、やはり圧倒的に、尊い……?)

レオンの脳内で、これまでの人生で培ってきた語彙力が、リコという強大な存在を前にして「バグ」を起こしていた。

「リコ。……私は今まで、君のことを『冷酷な氷の女』だと思っていた。だが、昨夜の君の指示書を見て気づいたんだ。君は、誰よりもこの国の民を、そして……私たちのことを考えてくれていたんだな」

「……寝ぼけていらして? 私はただ、自分の婚約者が無能だと、私の家まで連座でバカにされるのが耐えられないだけですわ」

リコは、宝石をあしらった指示棒をパチンと机に置いた。

「いいですか。私があなたたちを叩き直したのは、私のプライドのため。……感謝される覚えはありませんわ」

「それでもだ! 君がいなければ、私は今頃、隣国に領土を奪われ、民から石を投げられるだけの『お飾り』で終わっていた。……リコ、君は……君は、凄すぎる」

レオンは、思わずリコの一歩前へ踏み出し、その白い手を握ろうとした。

「私は……君のような女性を、他に知らない。この胸の高鳴りは、もしかして……」

「……セバス。王子が熱を出されたようですわ。冷水を一樽、持ってきてくださる?」

「承知いたしました。……レオン様、恋と『尊敬』と『恐怖』の区別がつかなくなっているようですね」

物陰から現れたセバスが、憐れみの目を向ける。

「ち、違う! 恐怖ではない! ……いや、二割くらいは恐怖だが、残りの八割は、こう……魂が震えるような、絶対的な支配者への……」

「それを世間では『心酔』と呼びますわ、おバカさん」

リコは、握られそうになった手を華麗にかわし、レオンの鼻先を指示棒でツンと突いた。

「勘違いしないでくださいませ。あなたが今感じているのは、恋などという甘っちょろいものではありません。『有能な上司に対する、部下としての憧憬』ですわ」

「部下……!? 私は王子だぞ!」

「実力主義の私の世界では、あなたはまだ『見習い平社員』以下ですわ。……そんな顔をしている暇があるなら、壇上でのスピーチの第三項目、もう一度暗唱なさい。噛んだらその場で、あなたの支持率と共に『恋心』とやらも粉砕して差し上げますわよ?」

リコの容赦ない言葉に、レオンは「ひっ!」と身をすくめた。

だが、不思議なことに、その「叱咤」さえも今の彼には心地よく響いていた。

「……わかった。完璧にやってみせるよ、リコ様! 君が誇れるような、最高の『プレゼンター』になってみせる!」

「……様? 今、様と呼びましたわね?」

リコが不審なものを見る目で眉をひそめる。

「ええ。今の私にとって、君はただの婚約者ではない。……私の人生を導く、女神(財政担当)だ!」

「レオン様……なんだか、マリエッタよりも重症な気がしますわ……」

控室の隅で、マリエッタが算盤を弾きながら呆れたように呟いた。

「レオン様、リコ様への崇拝は後にして、こちらの『関税改訂案』の数字を確認してくださいませ! マリエッタ、計算がズレると機嫌が悪くなりますのよ!」

「あ、ああ! すまないマリエッタ! 今すぐやる!」

かつての「お花畑」とは違う、歪だが強固な連帯。

リコは、自分に対して妙な敬意を抱き始めたレオンを冷ややかに見つめながら、そっと口元を扇子で隠した。

「……ふん。ようやく、飼い主の顔を覚えた犬のようになりましたわね」

リコの瞳に、冷酷な、だがどこか楽しげな輝きが宿る。

「さあ、お遊びはここまでですわ。……世界を驚かせに、行きましょうか」

断罪の日。その幕が、ついに上がろうとしていた。
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