婚約破棄前におバカな王子たちを根性叩き直しコースに強制入会

夏乃みのり

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「……終わりましたわね。全てのシミュレーションが」

深夜の執務室。マリエッタが羽根ペンを置き、大きく伸びをした。

その瞳は、一ヶ月前のような焦点の合わない「ふわふわ」したものではなく、やり遂げた者だけが持つ、鋭くも晴れやかな光を宿している。

「ああ。隣国の外交官の嫌味への切り返しも、特権階級の反発への論破も……全て叩き込んだ。今の私なら、たとえ神に断罪されても論理的に言い返せる自信があるよ」

レオン王子も、疲れ果ててはいたが、その表情には確かな「力」が宿っていた。

かつて二人がこの部屋で過ごす時、交わされるのは「君は今日も美しい」「レオン様、大好きですわ」といった、中身のない甘い言葉ばかりだった。

だが、今の二人の間に流れる空気は、それとは全く異質のものだ。

「……レオン様。マリエッタ、今になってようやく気づきましたわ」

「……何をだい?」

「マリエッタ、以前のレオン様のことを、本当の意味で『見て』はいませんでしたわ。ただ『王子様』というキラキラした記号を愛していただけだったんですの」

マリエッタは、少し自嘲気味に微笑み、自分の泥で汚れた指先を見つめた。

「リコ様に叩き直されて、あなたと一緒に泥にまみれて……。初めて、あなたがどれだけ重いものを背負おうとしていたのか、そしてどれだけ足元が不安定だったのかを知りました。……今のレオン様の方が、ずっと、ずっと素敵ですわ」

「マリエッタ……。それを言うなら、私の方こそ。君をただの『守るべき可愛い花』だと思っていた。だが、今の君は私の隣で、誰よりも頼もしく計算機を弾き、未来を指し示してくれる」

レオンは、マリエッタの隣に座り、彼女の手をそっと包み込んだ。

「明日、私たちがやろうとしていることは、この国の秩序をひっくり返す大博打だ。……怖いか?」

「いいえ。……だって、隣に最強の王様(予定)がいて、背後には世界で一番恐ろしくて有能な『悪役令嬢』が控えていますもの。……負ける要素が、どこにも見当たりませんわ!」

マリエッタがいたずらっぽく笑う。二人は顔を見合わせ、声を殺して笑った。

そこには「お花畑」のような甘ったるい恋愛感情を超えた、死線を共に潜り抜ける「戦友」としての深い信頼があった。

「……あら。随分と、湿っぽい雰囲気ですわね」

入り口に、腕を組んだリコが立っていた。セバスがその後ろで、静かに夜食のトレイを掲げている。

「リコ様! 見てください、プレゼン用の資料、完璧に仕上がりましたわ!」

「リコ。……今まで、すまなかった。君がなぜ私をここまで追い込んだのか、今なら少しだけ、理解できているつもりだ」

レオンが立ち上がり、リコに向かって深く頭を下げた。

「……ふん。ようやく、人間らしい挨拶ができるようになりましたわね。ですが、理解したつもりでいるのは、傲慢ですわよ」

リコは冷たく言い放ちながらも、二人の間に漂う「戦友」の空気を感じ取っていた。

「いいですか、お二人さん。明日の舞台は、あなたたちが私に『婚約破棄』を突きつける、本来なら人生で最も愚かな日になるはずだった場所です。……それを、最高に輝かしい『革命の初日』に変えてみせなさい」

リコは、セバスから受け取った温かいスープのカップを、二人の前に置いた。

「それができなければ、一ヶ月の特訓も、あの泥まみれの国境での経験も、全て無駄だったということですわ。……私の時間を無駄にした罪は、万死に値しますわよ?」

「……承知いたしました、リコ様。……見ていてください。あなたの『作品』が、どれだけ見事にこの国を磨き上げるか」

マリエッタが、スープの温かさに目を細めながら、不敵に笑う。

リコはその横顔に、かつての「守られるだけのヒロイン」の影が、一欠片も残っていないことを確認した。

「……セバス。明日の衣装の準備を。……誰よりも美しく、誰よりも恐ろしく。……そして誰よりも『完璧な悪役』として、私はあの壇上に立ちますわ」

リコは、窓の外に広がる王都の夜景を見つめた。

「お花畑」は消えた。だが、そこにはもっと強固で、もっと美しい「現実」が根付こうとしていた。

リコの計画は、いよいよ最終段階、断罪の日の逆転劇へと向かう。
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