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「……はあ。見ていられませんわね、その惨状」
リコは、砦の作戦会議室の中央で、泥だらけのまま肩を寄せ合うレオンとマリエッタを見下ろした。
その手には、先ほどまでマリエッタが計算に使っていた、雨でヨレヨレになった報告書が握られている。
「リ、リコ様……。あんなに褒めてくださったのに、もうお説教モードですの?」
マリエッタが、頬に泥をつけたまま、上目遣いで尋ねる。
「褒めたのは、あくまで『人として最低限の義務』を果たしたことに対してですわ。……ですが、この報告書の記述。甘すぎますわね。特に、この『備蓄の損害予測』。なぜ、カビによる二次被害の損失率を、最悪のパターンで算出していないのかしら?」
「それは……あ、あまりにも数字が悪くなりすぎて、兵士たちの士気が下がるかと……」
レオンが、少し気まずそうに目を逸らした。
「甘い。甘すぎますわ、レオン様。シロップを煮詰めたジャムよりも甘いわ」
リコは、指示棒でレオンの胸元をパシッと叩いた。
「指導者の役割は、耳触りのいい数字で部下を安心させることではありません。最悪の事態を冷徹に数値化し、その上で『私が責任を取るから、この通りに動け』と道を示すことです。……今のあなたには、まだその『覚悟の裏付け』が足りませんわ」
「覚悟の、裏付け……」
「ええ。そしてマリエッタさん。あなたの計算速度は素晴らしいけれど、まだ『過去』の数字を追っているだけ。これからのあなたに求めるのは、十手先の『未来』を予測する経済感覚ですわ」
リコは、セバスが広げた新しい巨大な白地図を、二人に見せつけた。
「いいですか。明日は、あなたが私に『婚約破棄』を突きつけるはずだった記念すべき日ですわ。王都には、各国の使節や、虎視眈々と利権を狙う貴族たちが集まっています」
「あ……そういえば、そんな予定でしたわね」
マリエッタが、今さら思い出したようにポンと手を打った。
「忘れていたのか!? あんなに必死に練習していた断罪のセリフを!」
「だってレオン様、今はそれどころではありませんもの! 明日の食糧配分の方が大事ですわ!」
言い合う二人を無視して、リコは不敵に微笑んだ。
「その『断罪の日』を、私は『国家大改革の発表会』に作り変えることにしましたわ」
「発表会……? 何を、発表するんだ?」
「この一ヶ月であなたたちが学んだこと。そして、この泥にまみれた国境で見た『真実』です。……レオン様、あなたは王族による無駄遣いの撤廃と、軍備の効率化を。マリエッタ、あなたは税制の透明化と、弱者救済のための『マリエッタ式・神速会計』の導入を、全貴族の前で宣言していただきます」
二人の顔が、一瞬にして凍りついた。
「全貴族の前で……!? リコ、それは……下手をすれば、古い特権を守ろうとする連中に暗殺されるぞ!」
「あら、その程度の反発で死ぬようなら、さっさと隠居した方がよろしいですわ。……安心なさい、暗殺者が来たら私が全員、物理的に黙らせますから」
リコが物騒なことをサラリと言い放つ。
「さあ、お二人さん。今夜は寝かせませんわよ。明日の舞台を完璧にこなすための、『プレゼンテーション特訓』の開始ですわ!」
「ま、また不眠不休!? リコ様、マリエッタのお肌が……お肌が、砂漠のようになってしまいますわ!」
「大丈夫ですわ、セバスが高級な美容液をたっぷり用意していますから。……それを浴びながら、この分厚い『国家繁栄計画書』を丸暗記なさい」
ドサリ、と机に置かれた書類の山。
「……セバス、紅茶。一番濃いやつを」
「かしこまりました。……レオン様、マリエッタ様。お嬢様は、これでもあなたたちのことを一番に考えておられるのですよ。……ただ、少しばかり『期待』の基準が、一般人の一万倍ほど高いだけで」
セバスの慰めになっていない言葉を聞きながら、レオンとマリエッタは、互いの手を取り合った。
「……やるしかないわね、レオン様。リコ様に捨てられないために!」
「ああ……。明日の断罪劇、歴史に残るものにしてやろうじゃないか!」
泥だらけの王族とヒロインが、かつてないほど野心に満ちた表情で立ち上がる。
リコはそれを眺めながら、最高に邪悪で、最高に誇らしげな笑みを浮かべていた。
リコは、砦の作戦会議室の中央で、泥だらけのまま肩を寄せ合うレオンとマリエッタを見下ろした。
その手には、先ほどまでマリエッタが計算に使っていた、雨でヨレヨレになった報告書が握られている。
「リ、リコ様……。あんなに褒めてくださったのに、もうお説教モードですの?」
マリエッタが、頬に泥をつけたまま、上目遣いで尋ねる。
「褒めたのは、あくまで『人として最低限の義務』を果たしたことに対してですわ。……ですが、この報告書の記述。甘すぎますわね。特に、この『備蓄の損害予測』。なぜ、カビによる二次被害の損失率を、最悪のパターンで算出していないのかしら?」
「それは……あ、あまりにも数字が悪くなりすぎて、兵士たちの士気が下がるかと……」
レオンが、少し気まずそうに目を逸らした。
「甘い。甘すぎますわ、レオン様。シロップを煮詰めたジャムよりも甘いわ」
リコは、指示棒でレオンの胸元をパシッと叩いた。
「指導者の役割は、耳触りのいい数字で部下を安心させることではありません。最悪の事態を冷徹に数値化し、その上で『私が責任を取るから、この通りに動け』と道を示すことです。……今のあなたには、まだその『覚悟の裏付け』が足りませんわ」
「覚悟の、裏付け……」
「ええ。そしてマリエッタさん。あなたの計算速度は素晴らしいけれど、まだ『過去』の数字を追っているだけ。これからのあなたに求めるのは、十手先の『未来』を予測する経済感覚ですわ」
リコは、セバスが広げた新しい巨大な白地図を、二人に見せつけた。
「いいですか。明日は、あなたが私に『婚約破棄』を突きつけるはずだった記念すべき日ですわ。王都には、各国の使節や、虎視眈々と利権を狙う貴族たちが集まっています」
「あ……そういえば、そんな予定でしたわね」
マリエッタが、今さら思い出したようにポンと手を打った。
「忘れていたのか!? あんなに必死に練習していた断罪のセリフを!」
「だってレオン様、今はそれどころではありませんもの! 明日の食糧配分の方が大事ですわ!」
言い合う二人を無視して、リコは不敵に微笑んだ。
「その『断罪の日』を、私は『国家大改革の発表会』に作り変えることにしましたわ」
「発表会……? 何を、発表するんだ?」
「この一ヶ月であなたたちが学んだこと。そして、この泥にまみれた国境で見た『真実』です。……レオン様、あなたは王族による無駄遣いの撤廃と、軍備の効率化を。マリエッタ、あなたは税制の透明化と、弱者救済のための『マリエッタ式・神速会計』の導入を、全貴族の前で宣言していただきます」
二人の顔が、一瞬にして凍りついた。
「全貴族の前で……!? リコ、それは……下手をすれば、古い特権を守ろうとする連中に暗殺されるぞ!」
「あら、その程度の反発で死ぬようなら、さっさと隠居した方がよろしいですわ。……安心なさい、暗殺者が来たら私が全員、物理的に黙らせますから」
リコが物騒なことをサラリと言い放つ。
「さあ、お二人さん。今夜は寝かせませんわよ。明日の舞台を完璧にこなすための、『プレゼンテーション特訓』の開始ですわ!」
「ま、また不眠不休!? リコ様、マリエッタのお肌が……お肌が、砂漠のようになってしまいますわ!」
「大丈夫ですわ、セバスが高級な美容液をたっぷり用意していますから。……それを浴びながら、この分厚い『国家繁栄計画書』を丸暗記なさい」
ドサリ、と机に置かれた書類の山。
「……セバス、紅茶。一番濃いやつを」
「かしこまりました。……レオン様、マリエッタ様。お嬢様は、これでもあなたたちのことを一番に考えておられるのですよ。……ただ、少しばかり『期待』の基準が、一般人の一万倍ほど高いだけで」
セバスの慰めになっていない言葉を聞きながら、レオンとマリエッタは、互いの手を取り合った。
「……やるしかないわね、レオン様。リコ様に捨てられないために!」
「ああ……。明日の断罪劇、歴史に残るものにしてやろうじゃないか!」
泥だらけの王族とヒロインが、かつてないほど野心に満ちた表情で立ち上がる。
リコはそれを眺めながら、最高に邪悪で、最高に誇らしげな笑みを浮かべていた。
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