悪役令嬢(志望)、婚約破棄? はい、お先に失礼しますわ!

夏乃みのり

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「お嬢様! こいつはすげえや!」

「『誠に! 肌が、赤子のようにスベスベになったである!』」

「その代わり、三日間、腐った魚のような匂いが消えなかったけどな!」

「わははは!」

わたくしの薬草園(開墾地)は、今日も賑やかだ。
『肌ツルツル(ただし激臭)薬』の臨床試験(?)に志願した領民たちが、その驚くべき効果(と副作用)に、大騒ぎしている。

「まあ! 効果があってよかったですわ! 次は、匂いをもう少しマイルド(お花の香り)に改良してみますわね!」

「いえ、お嬢様! 匂いはこのままで!」

「え?」

「この匂いのおかげで、森で魔獣に遭遇しなかったんでさ! 奴ら、臭すぎて逃げていく!」

「まあ! 忌避剤としての効果も! なんという一石二鳥!」

わたくしのポーションは、辺境の領民たちのタフな生活に、予想外の形でフィットし始めていた。

「(…うふふ。悪役令嬢(毒薬使い)として、順調ですわね)」

私は、領民たちに囲まれながら、内心でガッツポーズをする。
「女神様!」と呼ばれるのは、悪役令嬢として解釈に苦しむところだが、まあいいだろう。

「……」

そのカオスな光景を、少し離れた丘の上から、冷ややかに(というか、疲れ果てた顔で)見下ろす影が一つ。
アラン・ディーク・フォン・クライスト辺境伯。
わたくしの監視役様だ。

彼は、わたくしが領民たちに(怪しげな)ポーションを配り始めてから、あからさまにわたくしから距離を置くようになった。
もちろん、監視役としての職務は放棄していない。
わたくしが危険な薬草(ハッピーテイストなど)に手を出さないか、遠くから鷹のように見張っている。

(アラン様、最近、ますます胃薬の消費量が増えていらっしゃいますわ…)

彼の健康が心配だ。
『元気ハツツラ薬』は禁止されてしまったし、どうしたものか。

「さあ、皆様! お昼休憩ですわよ!」

老メイド長が、大きな籠を抱えてやってきた。
開墾作業を手伝ってくれている領民たちと、わたくし、そしてアラン様(ついで)の昼食だ。

「ルーシュ様、いつもご苦労様です。今日は、黒パンと干し肉のスープですよ」

「まあ、美味しそうですわ!」

わたくしは、すっかり土の匂いが染み付いた手(ちゃんと洗いましたわ)で、黒パンを受け取る。
アラン様も、丘の上から無言で降りてきて、自分の分のスープ皿を受け取っていた。

わたくしたちは、作業用の丸太に腰掛け、質素だが美味しい昼食を摂る。
…といっても、わたくしとアラン様の間には、微妙な距離が空いている。
(避けられていますわ…!)

その時だった。
先ほどまで『激臭』で騒いでいたトム(仮名)が、何かを大事そうに抱えて、アラン様の元へ駆け寄った。

「アラン様! いつも、お嬢様の見張り、ご苦労様です!」

「…(監視だ)。…ああ」

アラン様は、スープを一口すすりながら、無表情で応える。

「これ、よかったらどうぞ。うちのカミさんが、アラン様のために焼いたんだ」

トムが差し出したのは、素朴な木皿に乗った、手のひらサイズのパイだった。
辺境で採れる『カラメルベリー』という木の実が、これでもかと乗っている。
甘酸っぱい、いい匂いがした。

「…俺は、遠慮する」

アラン様は、パイを一瞥しただけで、即座に拒否した。

「またまた! ご冗談を!」

トムは、悪気なくニカッと笑う。

「騎士団の連中は、みんな知ってますぜ! アラン様が、遠征先で、町の蜂蜜漬けを全部買い占めたって噂!」

「なっ…!」

ピシッ!
アラン様の、氷の仮面に、一瞬、明確な亀裂が入った。

「あれは、その…兵糧の、備蓄の、一環だ」

「へーいへい。まあ、固いこと言わずに! 辺境伯様が、俺たちの作ったもん、食ってくれねえと、示しがつきやせんぜ!」

トムは、そう言うと、アラン様の隣に、パイの皿を強引に置いて、自分の持ち場に戻っていった。

「……」

アラン様は、残されたパイの皿と、トムの背中を、なんとも言えない表情で睨みつけている。
そして、わたくしの視線に気づくと、コホン、と咳払いをした。

「…俺は、甘いものは、好かん。栄養効率が悪い」

「まあ! そうでしたの! アラン様は、辛党でいらっしゃいますのね!」

わたくしは、素直に納得した。
(では、今度、激辛の『ファイアードリンク(※胃が荒れる)』でも開発しますわ!)

わたくしは、自分の黒パンにかじりつきながら、午後の薬草栽培計画を練るために、懐の(ボロボロになった)手帳を広げた。
『ギンギラキノコ』の副作用を、どうにかして中和する方法は…。

夢中になって手帳を読みふけり、ふと、顔を上げた、その瞬間。

わたくしは、見てしまった。

アラン様が。
あの、氷の騎士様が。

(誰も見ていないと、思ったのだろう)

驚くべき速さで、あの『カラメルベリー』のパイを一切れ、ひょいとつまみ上げ、自分の口に、ポイと放り込んだ。

そして。

(もぐ、もぐ…)

無表情。
…いや、違う。

(目が…!)

あのアイスブルーの瞳が!
まるで、生まれたての子猫が、初めてミルクを飲む時のように、とろりと、幸せそうに、蕩けている!

(ほ、頬が…! あの、表情筋が死んでいた頬が、わずかに、緩んでいる…!?)

彼は、目を閉じ、口の中の至福を、噛み締めている。
それは、わたくしが今まで見た、彼(の無表情)とは、似ても似つかぬ、無防備で、そして、なんというか…

(か、可愛…!?)

「(ポカーーーン…)」

わたくしは、黒パンを持ったまま、完全に固まってしまった。

カツン。

わたくしが持っていた水筒が、手から滑り落ち、石に当たって音を立てた。

「「(ビクッ!!)」」

わたくしと、アラン様の視線が、真正面から、激突した。

「……」

「……」

アラン様が、固まった。
パイを咀嚼したまま、時が止まっている。
その口元には、あろうことか、パイ生地の欠片が、ちょこんと、くっついていた。

「(あ)」

わたくしが、指を差しかけた瞬間。

カシャーーーン!!(心の音)

アラン様は、瞬時に、氷点下の無表情に戻った。
いや、戻ろうとした。

「(カッ!)…(ゴクン!)」

慌ててパイを飲み込んだせいで、少し、むせている。

「ごふっ…! …(スッ)」

彼は、何事もなかったかのように、口元についた欠片を、指先で拭い去った。
だが、隠しきれない。
その耳は、茹でダコの真似事ですか、というくらい、真っ赤に染まっていた。

「…ルーシュ嬢」

「は、はい!」

「…今のは」

「はい!」

「…その。謹慎中の貴様に、領民が毒を盛る可能性も、ゼロではない」

「(毒!?)」

「そうだ。…だから、俺が、監視役として、毒見を…そう、毒見を行ったまでだ」

「まあ!!」

アラン様が、わたくしの言葉に、ビクッと肩を揺らした。

わたくしは、丸太の椅子から勢いよく立ち上がった。
感動で、打ち震えていた。

「アラン様! なんて、お優しい方なのですか!」

「…は?」

アラン様の、赤い耳が、ピクピクと動いている。

「わたくしの分の、毒見までしてくださるなんて! しかも、あんなに『美味しそうに』毒見をしてくださるなんて!」

「いや、美味…! 違う、そうでは…!」

「感激ですわ! わたくし、わかっておりましたの! アラン様は、きっと、わたくしが差し出した『元気ハツラツ薬』も、本当は、毒見したかったに違いありませんわ!」

「断じて違う!」

アラン様が、珍しく大声を出した。
しかし、わたくしの(ズレた)解釈は、止まらない。

「わかりましたわ!」

わたくしは、アラン様の手を、両手で、ぎゅっと握りしめた。
アラン様の手が、ビクンと強張る。

「アラン様は、甘いものがお好き…いえ! 『甘いものの毒見』が、お好きなのですね!」

「待て、話が飛躍している…!」

「お任せくださいまし!」

わたくしは、目を輝かせる。

「わたくしの薬草学は、ポーションだけに非ず! これからは、わたくしが、毎日、アラン様の『毒見』のために、甘いお菓子を作って差し上げますわ!」

「なっ…!」

「『カラメルベリー』だけではございませんわ! 『ギンギラキノコ』を練り込んだ、特製クッキーとか!」

「やめろ!」

「『地獄のハッピーテイスト』をジャムにした、特製タルトとか!」

「(絶望)」

アラン様は、ついに言葉を失い、その場に崩れ落ちそうになった。
その顔は、真っ赤な耳とは対照的に、真っ青になっていた。

「…胃が…」

アラン様は、震える手で、空になったはずの胃薬の小瓶を、必死で探している。

氷の騎士、アラン・ディーク・フォン・クライスト。
彼の最大の弱点(甘党)が、最悪の形で、この悪役令J嬢(志望)にバレてしまった瞬間だった。
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