悪役令嬢(志望)、婚約破棄? はい、お先に失礼しますわ!

夏乃みのり

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「…うう…」

「あ! 起きましたわ!」

「…水…」

例の『元気ハツラツ(ただし三日間眠れなくなる)薬』を飲んだ領民、トム(仮名)が、ついに目を覚ました。
きっかり、三日と三時間後のことである。

トムが眠っていたのは、館の医務室(という名のただの空き部屋)のベッドだ。
私は、彼の脈拍や体温を、三日間、不眠不休で(わたくしは元気ですわ)記録し続けていた。

「トムさん! 気分はいかがです? どこか痛むところは?」

「…(ゴクゴク)…ぷはぁ!」

トムは、私が差し出した水を一気に飲み干すと、ぱちくりと目を見開いた。

「あれ…? お嬢様…? 俺は、確か…」

「ええ! あなたは、わたくしのポーションを飲んで、三日三晩、超人的な力で丘を開墾してくださいましたのよ!」

「…やっぱり、夢じゃなかったのか」

トムは、そう言うと、ゆっくりとベッドから起き上がる。
そして、自分の両手を、不思議そうに握ったり開いたりしている。

「…おかしいぞ」

「まあ! やはりどこか!」

「いや…逆だ」

トムは、ベッドからスッと立ち上がると、その場で軽く飛び跳ねてみせた。

「体が…軽い! 三日間も土を掘り続けたっていうのに、筋肉痛の一つもない! むしろ、持病の腰痛が、すっかり消えちまってる!」

「まあ!」

(すごい! さすがですわ、わたくしのポーション!)

私は、自分の才能に打ち震えた。
副作用(不眠)を乗り越えれば、そこには健康的な肉体が待っている!
なんと素晴らしい!

「…ルーシュ様」

部屋の入り口。
アラン様が、壁に寄りかかり、心底疲れた顔で立っていた。
この三日間、彼も(胃薬を飲みながら)交代でトムの様子を見てくれていたのだ。
その目の下には、氷の騎士にあるまじき、濃いクマが浮かんでいる。

「トムの無事が確認できたのは、結構だ」

「はい!」

「だが、あのポーションは、金輪際、製造も使用も禁止する」

「な、なぜですの!? こんなに素晴らしい効果が!」

「三日間、意識が飛んだまま暴走する人間を、管理する俺の身にもなれ」

アラン様の声は、氷点下だった。

「…あなたのせいで、俺の胃薬の備蓄が、底をついた」

「(ヒッ…!)」

それは一大事だ。
監視役様の健康が、これ以上損なわれるわけにはいかない。

「わ、わかりましたわ…『元気ハツラツ薬』は、一旦、封印いたします…」

「…よろしい」

アラン様は、ふらつきながら、自分の執務室(胃薬の予備を探しに)へと戻っていった。



その一件以来、辺境の領民たちの、私を見る目が変わってしまった。

「あ、悪役令嬢様(毒薬使い)だ…」

「目を合わせるな! 元気にさせられるぞ!」

「鍬を持ったまま、三日も踊り狂うなんて…恐ろしい…」

(違います! 踊っていたのではなく、開墾していたのです!)

私が丘を歩いているだけで、人々が、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
これでは、悪役令嬢というより、ただの「厄介者」だ。
これではいけない。

「(しょんぼり…)」

私は、せっかく開発した『試作品ポーション2号』の小瓶を弄びながら、ため息をついた。
これだって、自信作なのに。

「…お嬢様」

「!」

声をかけられ、振り返る。
そこにいたのは、村の長老、ゲルトさんだった。
彼は、この辺境領で一番の年長者で、いつもゴホゴホと酷い咳に悩まされている。

「ゲルトさん! こんにちは!」

「(ゲホッゲホッ)…こんにちは、お嬢様。…その、例の『元気薬』では、ないといいんだが…」

長老は、私が持っている小瓶を、怯えた目で見ている。

「違いますわ! これは、試作品2号! 『喉スッキリ(ただし声がやたらと美しくなる)薬』ですの!」

「…はぁ?」

「ゲルトさん、いつもお辛そうでしたから。よろしければ、これ、どうぞ」

「(ギョッ)」

長老は、露骨に後ずさった。

「い、いや…わしは…その…」

「大丈夫ですわ! これは、ギンギラキノコは入っておりません! 王都から持ってきた、高級な『歌姫草』がベースですの!」

「う、ううむ…」

ゲルト長老は、私が差し出した、なんとも言えない「どどめ色」の液体を、まじまじと見つめている。

「(ゴホッ! ゴホッ!)…ああ、もう、うるさいわい!」

彼は、止まらない咳に業を煮やしたのか、私から小瓶をひったくった。

「ままよ! 掘り起こされるより、咳で死ぬ方が先だわい!」

長老は、コルク栓を抜き、どどめ色の液体を、一気に呷った。

「!」

見守る私。

「…(ゴクン)。…ふぅ」

「いかがです!?」

「…む。なんだか、喉が、スースーするわい。…咳が、止まった…?」

「本当ですの!?」

「ああ。こりゃ、楽になった。ありがと…」

長老が、お礼を言おうとした、その瞬間。

「『…ああ。我が喉は、今、春の訪れを知る小鳥のように、軽やかである』」

「「……………は?」」

私と、ゲルト長老が、同時に固まった。
今、聞こえたのは、誰の声だ?
信じられないほど、深みと艶のある、バリトンボイス。

長老が、自分の喉を押さえる。

「『お、おかしいぞ。わしの声が…まるで、王都の歌劇役者のようだわい』」

「(ポカーーーン…)」

「『こ、これは、なんということだ! お嬢様!』」

「は、はい!」

「『わしの声が! 無駄に! 良い!!』」

ゲルト長老の、オペラ歌手のような朗々とした美声が、荒野に響き渡った。

「…(ザワザワ)」

その声を聞きつけて、遠巻きに見ていた領民たちが、恐る恐る集まってきた。

「今のは…長老の声か?」

「なんだ、あのいい声は…」

ゲルト長老は、自分の声にすっかり魅了された(?)らしく、

「『ああー。あーーーー。…皆の衆! 聞きたまえ! わしの美声を!』」

「(うわぁ…)」

領民たちが、若干、引いている。
だが、その時。

「すげえ! 長老! 咳、止まってるじゃん!」

「本当だ! いつも死にそうな咳してたのに!」

「しかも、その声! なんだか、ありがたい説教でも聞こえてきそうだ!」

「よっ! 美声長老!」

「『うむ! これぞ、わたくし…いや、わしの、真の声である!』」

ゲルト長老は、無駄に良い声で、高らかに笑った。
(オーホッホ、ではないのが残念ですわ)

「おい! お嬢様!」

一人の若い男(村の宴会担当)が、目を輝かせて、私に駆け寄ってきた。

「その『声が良くなる薬』、他にもありませんか!?」

「え? ええ、まだ試作品がいくつか…」

「くれ! 俺にくれ!」

「な、何に使うのです?」

「決まってるだろ! 来週の収穫祭の宴会だよ! あんな声が出せたら、俺、村中の娘にモテモテだ!」

「えー! ずるいぞ! 俺にもくれ!」

「わしは、妻に、もう一度プロポーズするのに使いたい…」

「「「(おおー!)」」」

さっきまで、私を「毒薬使い」と呼んで避けていた領民たちが、目を輝かせて、私の周りに集まってきていた。

「あ、あの! 皆様! 順番に!」

「お嬢様! 『元気ハツラツ薬』の方は、もうないのか?」

「え?」

声をかけてきたのは、なんと、三日間眠れなかったトム(仮名)だった。

「トムさん!? あなた、懲りたのでは…」

「いやぁ、あれは参ったけどよ。おかげで、この通り、腰痛は消し飛んだし、開墾もめちゃくちゃ進んだ!」

「(確かに、あのエリアだけ、綺麗に耕されていますわ…)」

「三日はキツイが『一日だけ』超元気になる薬、とかは作れねえか? 狩りの前日に飲みたい!」

「ああ、それいいな!」

「わたくしは、肌が荒れちまって…『肌がツルツルになる薬(ただし三日くらい臭くなる)』とかでも構わねえぞ!」

「(ギクッ! なぜ、わたくしの試作品7号の構想を…!)」

領民たちは、口々に、自分たちの悩みを訴え始めた。

「あの…皆様…」

私は、押し寄せる領民たちの熱気に、若干、たじろいでいた。

「わたくしのお薬は、その…副作用が、ひどいですのよ?」

「いいんだよ、お嬢様!」

トムが、ニカッと笑った。

「俺たちは、王都の貴族様みたいに、デリケートにできてねえ。少々眠れなかろうが、声が良かろうが、臭かろうが、元気に働けて、楽しく宴会ができれば、それでいいんだ!」

「そうですわ! お嬢様!」

「『その通りである! お嬢様は、我らが救いの女神である!』(※無駄にいい声)」

「(き、救いの女神…!)」

悪役令嬢(志望)の私が、女神。
なんという、屈辱…いや、これは、これで…!

「(うふふ…うふふふふ!)」

「あ、お嬢様が、また不気味に笑い始めたぞ…」

「(ヒソヒソ)…アラン様、呼んでこい。胃薬持って…」

こうして、わたくしの作った(微妙な効能の)ポーションが、なぜか辺境の領民たちに、熱狂的に受け入れられ始めたのだった。
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