悪役令嬢(志望)、婚約破棄? はい、お先に失礼しますわ!

夏乃みのり

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「…というわけで! お嬢様!」

「はい!」

わたくしの目の前で、トム(仮名)が、興奮した様子で両手を広げた。
あの『くさや汁(濃縮版)』による魔獣撃退事件から、数日後のことである。

「あのイノシシ、解体したら、すげえ量の肉になったんでさ!」

「まあ! グレート・ボアの食肉ですのね!」

「おう! 辺境じゃ、魔獣の肉は貴重なタンパク源でな。しかも、あのデカさだ。村中、大騒ぎよ!」

わたくしが気絶させた(?)あの魔獣は、アラン様の部下の騎士たちによって、見事に解体処理されたらしい。
『くさや汁』の匂いは、奇跡的に、肉の内部までは到達していなかった(皮下脂肪が厚すぎたため)そうだ。
(残念ですわ。わたくし特製のフレーバーが)

「そこでだ、お嬢様!」

トムは、ニカッと歯を見せて笑う。

「今夜、村の広場で『グレート・ボア大収穫祭』をやることになった!」

「まあ! 収穫祭!」

「おう! お嬢様は、もちろん、主賓だ!」

「わたくしが、主賓ですって!?」

「当たりめえだろ! あの魔獣を、匂いだけで仕留めた、俺たちの『女神様(魔王様?)』なんだから!」

(め、女神…! またその呼び名ですわ!)

悪役令嬢(志望)としては、非常に不本意な呼ばれ方だが、まあいい。
祭りと聞いて、わたくしの心も浮き立っていた。

「(うふふ。領民たちを手なずけ、盛大な宴を開かせる…これぞ、悪逆非道な悪役令嬢の所業ですわね!)」

わたくしが、一人悦に入っていると、背後から、氷のように冷たい声が飛んできた。

「…浮かれるな、ルーシュ嬢」

「アラン様!」

いつものように、わたくしの監視(という名のストーキング)をしていたアラン様が、木陰から姿を現した。
その顔色は、相変わらず悪い。
胃薬の予備は、まだ王都から届かないらしい。

「あなたは、謹慎中の身だ。祭りに参加するなど…」

「まあ、アラン様! 固いことはおっしゃらないで!」

「そうだぜ、アラン様!」

トムが、アラン様の肩を、バシッと叩く。(アラン様は、若干よろめいた)

「今夜は、アラン様の分の『特上ロース』も、確保してあっからよ!」

「…(ギロリ)」

「あ、もちろん、『カラメルベリー』のパイも、うちのカミさんが張り切って焼いてるぜ!」

「(ぐっ…!)」

アラン様が、パイという単語に、露骨に反応した。
その耳が、ほんのり赤い。
(あ! 甘いものの『毒見』が、お楽しみなのですね!)

「…(ゴホン)。…警備上の問題がある。俺も、同行する」

「まあ! ありがとうございます、アラン様!」

(これで、わたくしのお菓子作り(毒見用)のヒントも得られますわ!)

わたくしの(ズレた)期待と、アラン様の(切実な)胃痛を乗せて、夜が更けていった。



「うおおおおお! 飲めえええ!」

「『わが声は! 百獣を従える! あああーーー!』」

「こら! ゲルト(美声長老)! お前の歌はうるさい!」

「うげっ…トムの奴、『元気ハツラツ薬(弱め)』飲んでやがる…あいつ、今夜、寝る気ねえな…」

村の広場は、カオスだった。

中央には、巨大な焚き火が燃え盛り、グレート・ボアの丸焼き(!)が、豪快に炙られている。
領民たちは、その周りで、飲むわ、歌うわ、踊るわの大騒ぎだ。

そして、その騒ぎを、さらに助長しているのが、わたくしの『ポーション』だった。

「お嬢様! 『声が美しくなる薬』、最高だぜ!」

「こっちの『肌ツルツル(激臭)薬』のおかげで、虫に刺されなくなった!」

「(※ただし、周り三メートルの人間も寄り付かない)」

わたくしは、主賓として、焚き火のそばの特等席(ただの切り株)に座らされていた。
目の前には、分厚いステーキと、山盛りの木の実が置かれている。

「(ふふふ。完璧ですわ。わたくし、完全に、この辺境の『影の支配者』ですわね!)」

わたくしが、悪役令嬢としての(壮大な)勘違いに浸っていると、

「…(はぁ)」

少し離れた場所。
広場の隅の、暗がり。
アラン様が、一人、木に寄りかかって、こちらのカオスな光景を眺めていた。
その手は、無意識に、胃のあたりを押さえている。

(あらあら、アラン様。あんな所にいらっしゃったら、お祭りが楽しめませんのに)

わたくしは、彼が『毒見』できずに、いじけているのだと(また)勘違いした。

その時だった。

「「「お嬢様!!」」」

酒で顔を真っ赤にした領民たち(トム筆頭)が、わたくしの元へ、なだれ込んできた。

「ルーシュ様!」

「今日の主役は、あんただ!」

「え? まあ、わたくしは、ここで…きゃあっ!?」

次の瞬間。
わたくしの体は、屈強な男たちによって、軽々と持ち上げられていた。

「な、何をなさるのですか!?」

「決まってるだろ!」

トムが、ニカッと笑う。

「俺たちの女神(魔王?)に、感謝の気持ちを込めて…! いくぞ、野郎ども!」

「「「おおおお!!」」」

「せーの! わっしょい! わっしょい!」

「きゃあああああああ!!?」

わたくしの体は、まるで神輿のように、領民たちに担ぎ上げられてしまった!
(※胴上げです)

「わっしょい! わっしょい!」

「や、やめてくださいまし! わたくしは、悪役令嬢で…!」

「あはは! お嬢様、軽いな!」

「もっと高く!」

「わっしょい!」

「(きゃっ! あはっ! あはははは!)」

視界が、ぐるぐると回る。
焚き火の火の粉が、星のようにきらめいて見えた。

わたくしは、もう、抵抗するのをやめた。
公爵令嬢としての体面も、悪役令嬢(志望)としてのプライドも、どうでもよくなってしまった。

(ああ、もう! 楽しいですわ!)

「あははははははは!」

わたくしは、お腹の底から、声を出して笑った。
王都の夜会で練習していた「オーホッホッホ」という、作られた高笑いではない。
ただ、おかしくて、楽しくて、嬉しくてたまらないという、素直な笑い声だった。

「わっしょい! わっしょい!」

領民たちの熱気に包まれて、わたくしは、生まれて初めて、こんな風に、人にもみくちゃにされて笑っていた。



「……」

その光景を、アランは、広場の隅から、ただ、じっと見つめていた。
胃の痛みは、相変わらずだ。
目の前で繰り広げられる、カオスな宴。
その中心で、領民たちに放り上げられ、無邪気に笑っている、一人の女性。

「(…笑った、か)」

アランは、王宮からの報告書を思い出していた。
『…婚約破棄を宣告されしルーシュ嬢は、顔面蒼白となり、やがて、狂ったように高笑い(※むせただけ)を始め、衛兵に連れ出されるように退場せり…』

あの時の、悲痛な(と報告書には書かれていた)高笑いとは、まったく違う。

焚き火の赤い光に照らされた、彼女の笑顔。
土に汚れ、汗をかき、お世辞にも『公爵令嬢』らしい優雅さはない。

だが。

「(…きれい、だ)」

アランは、無意識に、そう呟いていた。
自分でも、驚くほど、素直に出た言葉だった。

その瞬間。

ズキンッ!!!

「(ぐっ…!)」

アランは、胸…ではなく、胃を、強く押さえた。
今、感じたのは、胃痛ではなかった。
もっと、別の、胸が締め付けられるような、奇妙な感覚。

「(…おかしい)」

アランは、激しく動揺していた。
(胃薬の禁断症状か…? ストレスで、ついに幻覚を…?)

(そうだ。きっと、そうだ)
(あの女は、ただの『悪役令嬢(志望)』で、俺の監視対象で、そして、俺の胃痛の元凶だ)
(それ以上でも、それ以下でもない)

「…(はぁ)」

アランは、領民たちの歓声から逃れるように、目を閉じた。
だが、瞼の裏には、先ほどの、彼女の屈託のない笑顔が、焼き付いて離れなかった。

「(…胃が、痛い)」

彼は、赤くなった耳(焚き火のせいだと思い込んでいる)を隠すように、暗がりに、深く身を沈めるのだった。
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