悪役令嬢(志望)、婚約破棄? はい、お先に失礼しますわ!

夏乃みのり

文字の大きさ
24 / 28

24

しおりを挟む
「(ふふん、ふふふん♪)」

わたくしは、研究室(物置)で、上機嫌に鼻歌を歌っていた。
乳鉢の中には、わたくしの新たな研究対象である『ゲルト長老の毛根(サンプル)』と、それを活性化させるための『グレート・ボアの骨粉』が、丁寧に混ぜ合わされている。

(やはり、土壌(頭皮)の改良から始めるべきですわね)
(血行を促進し、毛根に、活力を…!)

わたくしが、悪役令嬢(志望)から、毛根技師(志望)へと、華麗なる転身を遂げようとしていた、その時だった。

「ルーシュ様!」

バタン! と、またしても、扉が勢いよく開かれた。
わたくしは、ビクッと肩を揺らす。

「(まあ!)アラン様! そんなに慌てて、どうなさいましたの! ついに、王都から『毛根撲滅委員会』でも、派遣されましたか!?」

「(そんな委員会があるか!)」

アラン様は、わたくしの(毛根への)情熱を、一蹴した。
その顔色は、王都から胃薬(本物)が届いたというのに、相変わらず、土気色だった。
(あらあら。胃薬が、効かないほど、わたくしのこと(のお菓子)を、想っていらっしゃるのね…)

「…(はぁ)。それどころではない、と言っている」

アラン様は、こめかみを、強く、強く、押さえた。
あの、王子の使者を追い返してから、三日。
館の空気は、ピリピリと張り詰めていた。
アラン様は、すぐに、砦(この館)の防備を固め、領民たちにも、警戒態勢を敷いていたのだ。

「…使者は、昨夜のうちに、王都に到着したはずだ」

「まあ! 早馬でしたのね」

「…エドワード王子の、ことだ。俺と、お前の『返答』を聞いて、黙っているはずがない」

「(ふふん)。でしょうとも、でしょうとも」

わたくしは、胸を張った。
(わたくしという、稀代の悪役令嬢を、手放したのですもの。今頃、地団駄を踏んで、後悔していますわ!)

「(…この女は、本当に…)」

アラン様が、わたくしの(ズレた)自信に、絶望的なため息をついた、その瞬間。

カーーーーーーン! カーーーーーーン!

「(!)」

丘の上の見張り台から、甲高い、あの鐘の音が、再び、辺境の空に響き渡った!
魔獣襲来の時と、同じ、あの音だ。

「(来たか…!)」

アラン様の、アイスブルーの瞳が、スッと細められる。
わたくしとは、まったく違う意味で、彼の予測も、的中したのだ。

「アラン様! 敵襲ですわ!」

「(わかっている!)」

わたくしたちが、研究室を飛び出すと、すでに、館のホールは、騒然となっていた。

「隊長!」

アラン様の部下の騎士が、血相を変えて、駆け寄ってくる。

「東の街道より、騎馬隊! 数は…およそ、二十!」

「二十…だと?」

アラン様の眉が、ピクリと動いた。
(軍隊ではない。…少なすぎる)

「(旗は!)」

「はっ! 王家の紋章! …いえ、違います! エドワード王子個人の『私兵』の旗印にございます!」

「(…私兵!)」

アラン様は、奥歯を噛み締めた。
(国王陛下の、正規軍ではない。…王子個人の、感情論(プライド)で、動かした兵か!)
(…あの男、ついに、正気を失ったか!)

「(まあまあまあ!)」

わたくしは、アラン様の背後で、興奮に、打ち震えていた。
(王子自ら! たった二十騎で! わたくしを、奪い返しに!?)
(なんて、無謀な! そして、なんて、ヒロイックな行動ですの!)
(わたくしを、巡って! 氷の騎士(アラン様)と、元婚約者(王子)が、ついに、激突! 完璧ですわ!)

「…ルーシュ嬢」

アラン様が、わたくしの(輝く)視線に気づき、疲れたように、振り返った。

「…頼むから、館の中に、隠れていてくれ」

「いやですわ!」

わたくしは、即答した。

「わたくし、悪役令嬢(志望)ですもの! わたくしを巡る、戦いの火蓋が切られる、その瞬間を、特等席で、見届けなくては!」

「(戦いではない! これは、ただの、王子の、癇癪(かんしゃく)だ!)」

「さあ、アラン様! 参りましょう!」

わたくしは、アラン様の制止を振り切り、土まみれのドレスの裾を翻し、館の、正面玄関へと、駆け出した。

「(ああっ、もう! あの、命知らずの、悪役令嬢(志望)め…!)」

アラン様は、胃痛も忘れるほどの、頭痛に顔を歪ませながら、わたくしの後を、追った。



砦の、簡素な門扉が、開かれる。
その前には、アラン様(氷の騎士)を先頭に、この砦の、わずかばかりの護衛騎士(五名)と、鍬(くわ)や、猟銃(!)で武装した、トム(仮名)たち、領民(十名)が、緊張した面持ちで、並んでいた。

わたくしは、その後ろで、アラン様のたくましい背中に隠れながら(観劇する)、ワクワクと、成り行きを見守る。

ザッ…ザッ…

地響きと共に、砂埃を上げて、二十騎の、精鋭らしき騎馬隊が、到着した。
皆、王都の、きらびやかな鎧を身にまとっている。

そして、その中央。
ひときわ立派な、白馬に乗っていたのは、紛れもない、エドワード王子、その人だった。

「(まあ…!)」

数ヶ月ぶりに見る彼は、ひどく、憔悴(しょうすい)していた。
金色の髪は乱れ、目の下には、濃いクマが張り付いている。
だが、その青い瞳だけは、憎悪と、焦燥と、そして、傷つけられたプライドによって、ギラギラと、不気味に、燃えていた。

「(…ようこそ、地獄(辺境)へ。王子殿)」

アラン様が、静かに、剣の柄に、手をかける。

エドワード王子は、アラン様を、一瞥した。
その視線は、もはや、元・部下に対するものではなく、許しがたい『反逆者』を見る、それだった。

「…アラン・クライスト」

「(…)」

「わたくしの命令に、剣を抜いた、感想は、どうだ」

「ご命令を、拒否したのは、法と、契約(ルーシュ様の謹慎)に基づき、この辺境の秩序を、守るため。…それ以上でも、以下でも、ございません」

アラン様が、冷静に、返答する。

「(ふん…!)」

エドワード王子は、アラン様の、その『正論』が、心底、気に食わない、というように、鼻を鳴らした。
そして、その、燃えるような視線が、アラン様の背後にいる、わたくしを、捉えた。

「(…ルーシュ!)」

「(まあ、エドワード様。お久しぶりですわ)」

わたくしは、彼が、わたくしに気づいたのを、確認し、
研究室から持ってきた(ボロボロの)扇子を広げ、優雅に(土まみれの顔で)、微笑みかけてみせた。

「(なっ…!)」

エドワード王子の顔が、わたくしの、その(彼にとっては、挑発的にしか見えない)態度に、カッと、赤く染まった。

「…貴様! よくも、わたくしの命令を…!」

「命令、ですって? あらあら。わたくし、ただ『毛根が忙しい』と、申し上げただけですのに」

「(毛根だと!?)」

エドワード王子が、馬上で、激昂する。

「貴様は…! カレンが、今、この瞬間も、死にかけているというのに! 『毛根』だと、抜かしたのか!」

「ええ、そうですわよ?」

わたくしは、きょとん、として、答えた。

「わたくし、悪役令嬢ですもの。ヒロインの命より、長老の毛根の方が、よっぽど、大事ですわ」

「(き、貴様あああああ!!!)」

エドワード王子は、ついに、理性のタガが、完全に、外れた。
彼は、その手に持っていた、王子の権威を示す、儀礼用の剣を、抜き放った!

「(!)…王子! ご早計を!」

アラン様が、制止の声を上げる。

「うるさい! 反逆者どもめ!」

エドワード王子は、剣先を、わたくしに、まっすぐに、向けた。

「ルーシュ・フォン・ヴァインベルグ! わたくしは、貴様を、王家への反逆、および、カレン姫殺害(未遂)の容疑で、王都へ、連行する!」

「(まあまあ! 罪状が、増えておりますわ!)」

「(…(ゴクリ)…)」

辺境の領民たちが、息を呑む。

「もし、来ないというのなら!」

エドワード王子は、わたくしではなく、わたくしを庇う、アラン様を、憎悪に満ちた目で、睨みつけた。

「その、反逆の首謀者、アラン・クライストを、この場で、斬り捨ててでも、貴様を、連れ帰る!」

「(ひぃっ…!)」

「(まあまあまあ!)」

わたくしは、興奮で、打ち震えた。

「(ついに、始まりますのね! 悪役令嬢(わたくし)を巡る、氷の騎士と、元婚約者の、血で血を洗う、死闘が!)」

「(…ルーシュ嬢。頼むから、その、嬉しそうな顔を、やめてくれ。胃が、痛い…)」

アラン様の、心の声が、聞こえた気がした。
辺境の乾いた風が、二人の男と、一人の(ズレた)女の、抜き放たれた剣先に、ヒュウ、と、不気味に、吹き抜けていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。 彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。 ――その役割が、突然奪われるまでは。 公の場で告げられた一方的な婚約破棄。 理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。 ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。 だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。 些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。 それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。 一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。 求められたのは、身分でも立場でもない。 彼女自身の能力だった。 婚約破棄から始まる、 静かで冷静な逆転劇。 王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、 やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。 -

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

処理中です...