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「オラァッ! これは私の朝食(ベーコンエッグ)の恨み!」
カォォォン!!
「グハッ!?」
「こっちはシズル様の栄養不足の分!」
パコォォォン!!
「ギャアアア!!」
ゴルド商会のダイニングルームは、阿鼻叫喚の巷と化していた。
ドレス姿の令嬢が、重厚な鋳鉄製のフライパンをヌンチャクのように振り回し、屈強な男たちを次々と薙ぎ払っていく。
「ひ、ひぃぃ……! なんだあの女は! 化け物か!?」
用心棒たちが後ずさりする。
無理もない。メモリーの動きには迷いがなく、その打撃は正確無比に「急所(みぞおち)」や「脛(すね)」を捉えているからだ。
「あら、化け物とは失礼な。私はただ、美味しいご飯を邪魔する害虫を駆除しているだけです」
メモリーは優雅に汗を拭い、フライパンに残った凹みを確認した。
「(……やはり安物のフライパンですね。強火で煽るには重心が悪いですわ)」
「メ、メモリー。君は一体どこでそんな戦い方を……」
後ろで見守っていたシズルが、呆然と呟く。
「実家の厨房で、つまみ食いを見つけた兄とフライパンでフェンシングをしていましたので。これくらい日常茶飯事です」
「(ガストロ家、恐るべし……)」
シズルは苦笑し、残っていた数人の用心棒を、魔法で凍らせて動きを封じた。
これで制圧完了だ。
「ひぃっ! お、お助けぇぇ!」
一人残されたゴルド会長が、テーブルの下で震えている。
「さて、ゴルドさん」
メモリーはフライパンをゴルドの鼻先に突きつけた。
まだ熱を持った底面から、ジリジリとした熱気が伝わる。
「貴方の倉庫、案内していただきますわ。もちろん、隠し倉庫も含めて全て、です」
***
数十分後。
ゴルド商会の裏手にある巨大な倉庫。
その扉が開かれると、中には山のような木箱が積まれていた。
「おおぉ……!」
メモリーの目が輝く。
小麦粉、野菜、肉、チーズ。
クリムゾン領に入るはずだった全ての食材が、ここに堰き止められていたのだ。
しかし。
「……む?」
メモリーは鼻をひくつかせ、眉をひそめた。
野菜の箱に近づき、中を確認する。
「……キャベツの外側がしなびています。ジャガイモからは芽が出かけている。肉の保存状態も最悪ですわ」
彼女は振り返り、縛り上げられたゴルドを睨みつけた。
「貴方、食材を独占したはいいものの、管理しきれずに腐らせるつもりでしたわね? ……これは大罪ですよ」
「うぐっ……だ、だって量が多すぎて……」
「言い訳無用!」
メモリーは決断した。
「シズル様! この食材、今すぐ全て運び出しましょう!」
「ああ。騎士団に命じて、街へ配給させるか」
「いいえ、配給では間に合いません。鮮度が落ちている食材は、素人が調理しても美味しくないのです。それに、民衆は今すぐ『温かいご飯』を求めています!」
メモリーは腕まくりをした。
「広場に大鍋を用意してください。私がまとめて調理します!」
***
街の中央広場。
突然の「炊き出し」の知らせに、お腹を空かせた領民たちが続々と集まってきた。
広場の中央には、ゴルド商会から没収した巨大なパエリア鍋(本来は観賞用だったもの)が設置され、薪の炎が燃え盛っている。
「さあ、皆さん! ジャンジャンいきますよー!」
エプロン姿になったメモリーが、指揮官のように叫ぶ。
シズルの配下である騎士たちが、不慣れな手つきで野菜を刻んでいる。
「まずは、少し痛んだ野菜をオリーブオイルでじっくり炒めます! これで甘みを引き出し、えぐみを消すのです!」
ジュワァァァァ!!
広場に香ばしい匂いが広がる。
不安そうに見ていた領民たちの鼻が、一斉に反応した。
「いい匂いだ……」
「なんだ? 野菜屑を炒めているだけなのに……」
「そこへ、ゴルドが隠し持っていた魚介類を投入! さらに、古くなったパンを砕いてとろみをつけます!」
メモリーの調理は豪快かつ合理的だ。
見切り品の食材たちが、彼女の手にかかると次々と「ご馳走」へと生まれ変わっていく。
最後に、大量の米とサフラン(これもゴルドの隠し財産)を投入し、スープを吸わせる。
「蓋をして15分! ……シズル様、蓋がないので『氷魔法』で鍋の上を覆ってください! 蒸らしが必要です!」
「……私は鍋の蓋か」
シズルは苦笑しつつも、完璧な氷のドームを作り出し、鍋を密閉した。
そして。
「……オープン!!」
パァァァン!!
氷が砕け散り、黄金色の湯気が立ち上る。
そこには、魚介と野菜の旨味を吸い込んだ、直径3メートルの巨大パエリアが完成していた。
「できた……!」
「う、美味そうだぁぁ!!」
領民たちが歓声を上げる。
メモリーは大きなしゃもじを持ち、高らかに宣言した。
「さあ、並んでください! お代は要りません! これはクリムゾン公爵からの『お詫び』と『愛』です!」
「おおぉ! 公爵様万歳! 食の聖女様万歳!」
わっと押し寄せる人々。
メモリーは次々と皿に盛り付け、手渡していく。
その横で、シズルも民衆に頭を下げられ、少し照れくさそうにしている。
「……美味い! なんだこれ、涙が出るほど美味いぞ!」
「あんなにしなびた野菜が、こんなに甘くなるなんて……」
広場は笑顔と満腹感に包まれた。
その光景を見ながら、メモリーは自分用の大盛り皿を抱え、満足げにスプーンを口に運んだ。
「ん~っ! やはり大勢で食べるご飯は格別ですわね! (あとでゴルドの隠し金庫から『手間賃』は頂きますけど)」
「……君には敵わないな」
隣に座ったシズルが、パエリアを食べながら微笑む。
「民の胃袋を満たし、私の悪評(氷の公爵という冷たいイメージ)まで払拭してしまった。……やはり君は、私の幸運の女神だ」
「女神? いいえ、ただの食いしん坊です」
メモリーは照れ隠しに、海老の殻を剥いてシズルの口に突っ込んだ。
「そんなことより、早く食べてください。冷めると味が落ちますよ」
「……ふっ。そうだな」
こうして、食糧危機は「悪役令嬢のフライパン」と「巨大パエリア」によって解決した。
領民たちはメモリーを「フライパンの聖女」と呼び称え、ゴルド商会は解体、物流は正常化した。
一件落着……かと思われたが。
その数日後。
王都から再び、厄介な知らせが届く。
「……アラン殿下が、国外追放を撤回し、メモリーを正式に呼び戻すと言っている?」
シズルの手元で、王家からの書状が握りつぶされた。
カォォォン!!
「グハッ!?」
「こっちはシズル様の栄養不足の分!」
パコォォォン!!
「ギャアアア!!」
ゴルド商会のダイニングルームは、阿鼻叫喚の巷と化していた。
ドレス姿の令嬢が、重厚な鋳鉄製のフライパンをヌンチャクのように振り回し、屈強な男たちを次々と薙ぎ払っていく。
「ひ、ひぃぃ……! なんだあの女は! 化け物か!?」
用心棒たちが後ずさりする。
無理もない。メモリーの動きには迷いがなく、その打撃は正確無比に「急所(みぞおち)」や「脛(すね)」を捉えているからだ。
「あら、化け物とは失礼な。私はただ、美味しいご飯を邪魔する害虫を駆除しているだけです」
メモリーは優雅に汗を拭い、フライパンに残った凹みを確認した。
「(……やはり安物のフライパンですね。強火で煽るには重心が悪いですわ)」
「メ、メモリー。君は一体どこでそんな戦い方を……」
後ろで見守っていたシズルが、呆然と呟く。
「実家の厨房で、つまみ食いを見つけた兄とフライパンでフェンシングをしていましたので。これくらい日常茶飯事です」
「(ガストロ家、恐るべし……)」
シズルは苦笑し、残っていた数人の用心棒を、魔法で凍らせて動きを封じた。
これで制圧完了だ。
「ひぃっ! お、お助けぇぇ!」
一人残されたゴルド会長が、テーブルの下で震えている。
「さて、ゴルドさん」
メモリーはフライパンをゴルドの鼻先に突きつけた。
まだ熱を持った底面から、ジリジリとした熱気が伝わる。
「貴方の倉庫、案内していただきますわ。もちろん、隠し倉庫も含めて全て、です」
***
数十分後。
ゴルド商会の裏手にある巨大な倉庫。
その扉が開かれると、中には山のような木箱が積まれていた。
「おおぉ……!」
メモリーの目が輝く。
小麦粉、野菜、肉、チーズ。
クリムゾン領に入るはずだった全ての食材が、ここに堰き止められていたのだ。
しかし。
「……む?」
メモリーは鼻をひくつかせ、眉をひそめた。
野菜の箱に近づき、中を確認する。
「……キャベツの外側がしなびています。ジャガイモからは芽が出かけている。肉の保存状態も最悪ですわ」
彼女は振り返り、縛り上げられたゴルドを睨みつけた。
「貴方、食材を独占したはいいものの、管理しきれずに腐らせるつもりでしたわね? ……これは大罪ですよ」
「うぐっ……だ、だって量が多すぎて……」
「言い訳無用!」
メモリーは決断した。
「シズル様! この食材、今すぐ全て運び出しましょう!」
「ああ。騎士団に命じて、街へ配給させるか」
「いいえ、配給では間に合いません。鮮度が落ちている食材は、素人が調理しても美味しくないのです。それに、民衆は今すぐ『温かいご飯』を求めています!」
メモリーは腕まくりをした。
「広場に大鍋を用意してください。私がまとめて調理します!」
***
街の中央広場。
突然の「炊き出し」の知らせに、お腹を空かせた領民たちが続々と集まってきた。
広場の中央には、ゴルド商会から没収した巨大なパエリア鍋(本来は観賞用だったもの)が設置され、薪の炎が燃え盛っている。
「さあ、皆さん! ジャンジャンいきますよー!」
エプロン姿になったメモリーが、指揮官のように叫ぶ。
シズルの配下である騎士たちが、不慣れな手つきで野菜を刻んでいる。
「まずは、少し痛んだ野菜をオリーブオイルでじっくり炒めます! これで甘みを引き出し、えぐみを消すのです!」
ジュワァァァァ!!
広場に香ばしい匂いが広がる。
不安そうに見ていた領民たちの鼻が、一斉に反応した。
「いい匂いだ……」
「なんだ? 野菜屑を炒めているだけなのに……」
「そこへ、ゴルドが隠し持っていた魚介類を投入! さらに、古くなったパンを砕いてとろみをつけます!」
メモリーの調理は豪快かつ合理的だ。
見切り品の食材たちが、彼女の手にかかると次々と「ご馳走」へと生まれ変わっていく。
最後に、大量の米とサフラン(これもゴルドの隠し財産)を投入し、スープを吸わせる。
「蓋をして15分! ……シズル様、蓋がないので『氷魔法』で鍋の上を覆ってください! 蒸らしが必要です!」
「……私は鍋の蓋か」
シズルは苦笑しつつも、完璧な氷のドームを作り出し、鍋を密閉した。
そして。
「……オープン!!」
パァァァン!!
氷が砕け散り、黄金色の湯気が立ち上る。
そこには、魚介と野菜の旨味を吸い込んだ、直径3メートルの巨大パエリアが完成していた。
「できた……!」
「う、美味そうだぁぁ!!」
領民たちが歓声を上げる。
メモリーは大きなしゃもじを持ち、高らかに宣言した。
「さあ、並んでください! お代は要りません! これはクリムゾン公爵からの『お詫び』と『愛』です!」
「おおぉ! 公爵様万歳! 食の聖女様万歳!」
わっと押し寄せる人々。
メモリーは次々と皿に盛り付け、手渡していく。
その横で、シズルも民衆に頭を下げられ、少し照れくさそうにしている。
「……美味い! なんだこれ、涙が出るほど美味いぞ!」
「あんなにしなびた野菜が、こんなに甘くなるなんて……」
広場は笑顔と満腹感に包まれた。
その光景を見ながら、メモリーは自分用の大盛り皿を抱え、満足げにスプーンを口に運んだ。
「ん~っ! やはり大勢で食べるご飯は格別ですわね! (あとでゴルドの隠し金庫から『手間賃』は頂きますけど)」
「……君には敵わないな」
隣に座ったシズルが、パエリアを食べながら微笑む。
「民の胃袋を満たし、私の悪評(氷の公爵という冷たいイメージ)まで払拭してしまった。……やはり君は、私の幸運の女神だ」
「女神? いいえ、ただの食いしん坊です」
メモリーは照れ隠しに、海老の殻を剥いてシズルの口に突っ込んだ。
「そんなことより、早く食べてください。冷めると味が落ちますよ」
「……ふっ。そうだな」
こうして、食糧危機は「悪役令嬢のフライパン」と「巨大パエリア」によって解決した。
領民たちはメモリーを「フライパンの聖女」と呼び称え、ゴルド商会は解体、物流は正常化した。
一件落着……かと思われたが。
その数日後。
王都から再び、厄介な知らせが届く。
「……アラン殿下が、国外追放を撤回し、メモリーを正式に呼び戻すと言っている?」
シズルの手元で、王家からの書状が握りつぶされた。
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