婚約破棄? ああ、そうですか。それより料理がが冷めるので失礼します。

夏乃みのり

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「では、解体ショーを始めます!」

カチコチに凍ったエンシェント・ドラゴンの前で、メモリーが高らかに宣言した。
彼女の手には、先ほどシズルが氷魔法で作った『即席氷のナイフ(切れ味抜群)』が握られている。

「まずは、一番脂の乗っている『トモサンカク』から! ここは後ろ足の付け根、運動量が多いのにサシが入るという奇跡の部位です!」

ザクッ、ザクッ。
メモリーの手さばきは鮮やかだった。
巨大なドラゴンの体から、美しい霜降りの赤身肉が次々と切り出されていく。

「な、なんだあの手際は……」

アラン王子は、へたり込んだまま呟いた。
王宮の料理長でも、あんなに迷いなく、しかも楽しそうに魔物を解体することはできないだろう。

「シズル様、火の用意を! ここはシンプルに『石焼きステーキ』でいきます!」

「承知した」

シズルが魔法で平らな岩を加熱し、即席の鉄板(岩板)を作り出す。
そこへ、メモリーが分厚く切ったドラゴン肉を乗せた。

ジュウゥゥゥゥゥッ!!!!

洞窟内に、暴力的なまでに香ばしい音が響き渡る。
脂が弾け、焦げ目がつき、濃厚な肉の香りが立ち上る。

「おおぉぉ……」

騎士たちがゴクリと喉を鳴らす。
さっきまで命のやり取りをしていた相手だというのに、その香りは彼らの生存本能(食欲)をダイレクトに刺激していた。

「焼けました! 味付けは岩塩のみ! さあ、シズル様からどうぞ!」

「頂こう」

シズルは切り分けられた肉を口に運ぶ。
咀嚼した瞬間、彼の目がカッと見開かれた。

「……!」

「どうですか?」

「……言葉が出ない。噛んだ瞬間、脂がジュースのように溢れ出してくる。なのに脂っこくない。肉の繊維がほどけて、喉の奥に旨味の奔流が流れ込んでいくようだ」

シズルは恍惚の表情で飲み込み、もう一切れに手を伸ばした。

「これは……『食べる宝石』だ」

「でしょう! さあ、皆さんもどうぞ!」

メモリーが騎士たちに肉を配り始める。
「い、いいんですか?」「いただきます!」と群がる騎士たち。
一口食べるたびに、「うめぇぇぇ!」「なんだこれはぁぁ!」と雄叫びが上がる。

そんな中、アラン王子だけが一人、岩陰で膝を抱えていた。

「くっ……。私は食べんぞ。あんな野蛮な料理……」

お腹がグゥ~と鳴る。
プライドと空腹の戦いだ。

そこへ、メモリーが近づいてきた。
皿には、一番良い焼き加減の『極上フィレ肉』が乗っている。

「アラン殿下」

「ふん! 同情など……」

「同情ではありません。味見係です」

「は?」

「このお肉、少し焼きすぎたかもしれません。捨てるのはもったいないので、殿下が処理してください」

「処理だと!? 私はゴミ箱か!」

「嫌ならいいです。そこの騎士団長にあげます」

「ま、待て!」

王子は反射的に皿を奪い取った。
目の前の肉は、表面がカリッと焼かれ、中は美しいロゼ色。
肉汁がキラキラと輝いている。

「……毒見だ。これは毒見なのだ」

自分に言い聞かせ、王子は震える手で肉を口に入れた。

ハムッ。

「…………っ!!」

王子の脳内に、稲妻が走った。

柔らかい。
歯がいらないほど柔らかい。
そして、噛めば噛むほど溢れ出る、濃厚で甘美な肉の旨味。

今まで王宮で食べてきた最高級ステーキが、まるでゴムのように思えるほどの衝撃。

「う……美味い……!」

王子は思わず涙を流した。
悔しい。
シズルに負けたことも、メモリーに見下されたことも悔しい。
だが、それ以上に……この肉が美味すぎて、ちっぽけなプライドなどどうでも良くなってしまう自分が悔しい。

「おかわり……あるか?」

「え?」

「だ、だから! もう一枚食ってやってもいいと言っているんだ!」

顔を真っ赤にして叫ぶ王子。
メモリーはきょとんとした後、ふふっと笑った。

「ツンデレですね。いいですよ、今日は食べ放題ですから」

メモリーは新しい肉を焼き、王子の皿に乗せた。

「……メモリー」

肉を頬張りながら、王子がボソリと呟く。

「……悪かった」

「はい?」

「私が間違っていた。……リリナも、貴様も。私は自分の理想を押し付けていただけだったのかもしれん」

王子はシズルの方を見た。
シズルは騎士たちと談笑しながら、楽しそうに食事をしている。
その姿は、「氷の公爵」と呼ばれていた頃の冷たさとは無縁だ。

「あいつを変えたのは、貴様だな」

「シズル様を変えたのは、シズル様自身の胃袋ですよ。私は美味しいご飯を提供しただけです」

「……そうか。胃袋、か」

王子は苦笑し、肉を飲み込んだ。

「負けたよ。料理も、器の大きさもな」

王子は立ち上がり、シズルの元へ歩み寄った。
そして、右手を差し出した。

「シズル。……この肉の味、一生忘れん。今回の件は、私の完敗だ」

「……アラン殿下」

シズルは少し驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑って手を握り返した。

「わかっていただけて何よりです。……ですが、肉の代金は請求させていただきますよ? 高いですよ、ドラゴンは」

「ふん、王家の財力を舐めるな。いくらでも払ってやる!」

ダンジョンの最深部。
かつて殺し合った(一方的に王子が突っかかった)ライバルたちは、ドラゴンの肉を囲んで奇妙な友情を結んだ。

「さあ、締めは『ドラゴン骨髄ラーメン』ですわよー!」

「まだ食うのか!?」
「当たり前です! 骨の髄までしゃぶり尽くすのが、食材への礼儀です!」

食いしん坊令嬢の号令で、宴はまだまだ続く。
こうして、三つ巴の戦いは「全員満腹」という平和的解決を迎えたのだった。

……はずだった。
しかし、物語はまだ終わらない。
王都に帰還した彼らを待ち受けていたのは、さらなる「人生最大のイベント」だった。

「……え? 結婚式? 来週?」

メモリーが素っ頓狂な声を上げる。
シズルが用意していた『最高のプロポーズ』の次は、『最高の結婚式(という名の食の祭典)』が待っていたのである。
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