28 / 28
28
しおりを挟む
「……つまらないですね」
王都にある侯爵家の庭園。
着飾った貴族の子供たちが集まる「お遊戯会」という名の社交場で、シエル・ド・クリムゾン(5歳)は深いため息をついた。
彼の周りでは、子供たちが鬼ごっこをしたり、お人形遊びをしたりして楽しんでいる。
だが、シエルは庭の隅にあるベンチに座り、目の前に置かれた「おやつセット」を冷めた目で見つめていた。
「どうして大人は、『子供は甘くてパサパサしたクッキーが好き』だと決めつけるのでしょう。このクッキー、口の中の水分を奪うために焼かれたとしか思えません」
「あら、文句ばかりね。生意気な子」
頭上から、鈴を転がしたような、しかし少し刺々しい声が降ってきた。
顔を上げると、縦ロールの金髪を見事に巻いた、可愛らしい女の子が立っていた。
彼女はこの屋敷の主、宰相の娘であるマリー(5歳)だ。
「貴方、クリムゾン公爵家のシエル様でしょう? せっかく私が招待してあげたのに、楽しそうじゃないわね」
マリーは扇子(子供用)を開いて口元を隠した。その仕草は、大人の貴婦人の真似事だろう。
いわゆる「悪役令嬢」の卵である。
「僕はこのお茶会の『質』を憂いているのです、マリー嬢」
「質? 失礼ね! 最高級の紅茶とクッキーを用意させたのよ!」
「紅茶は抽出時間が長すぎて渋みが出ています。そしてこのクッキー……バターの含有量が少なすぎます。これでは『食べる砂』です」
「す、砂ぁ!?」
マリーが顔を真っ赤にして怒る。
「なんて無礼なの! お父様に言いつけてやるわ! 謝りなさいよ!」
「謝る前に、改善案を提示します」
シエルは懐(子供用タキシードの内ポケット)から、小瓶を取り出した。
母メモリーが持たせてくれた『特製ミルクジャム(練乳入り)』である。
「これを……こうします」
とろ~り。
シエルはパサパサのクッキーに、濃厚なミルクジャムをたっぷりと乗せた。
そして、もう一枚のクッキーで挟む。
「即席『ミルキーサンド』の完成です。……どうぞ」
「は? 私に食べろって言うの? そんな下品な……」
「食べればわかります。渋い紅茶には、このくらいの強烈な甘みとコクが必要なのです」
シエルは強引にマリーの口元へクッキーを差し出した。
父親譲りの整った顔立ちと、母親譲りの強引さ。
マリーは気圧されて、思わず口を開けてしまった。
パクッ。
「……んぐっ」
マリーの目が丸くなる。
「……!」
口の中の水分を奪うはずだったクッキーが、濃厚なジャムと混ざり合い、しっとりと解けていく。
ジャムの甘さが、渋かった紅茶の後味を中和し、口の中に幸せなハーモニーを作り出した。
「お、美味しい……!」
「でしょう? 足りないものを補い合う、これぞ食のマリアージュです」
シエルは満足げに頷き、自分もサンドをパクついた。
「くっ……! 悔しいけど美味しいわ! もう一個ちょうだい!」
「いいですよ。でも、これからはお茶会のメニュー選定には僕を呼んでくださいね」
「わ、わかったわよ! ……その代わり、私の隣に座ることを許可してあげるわ!」
マリーは顔を赤らめながら、シエルの隣に座った。
チョロい。あまりにもチョロい。
その様子を、遠くのテラスから保護者たちが見守っていた。
「……あらあら。シエルったら、もう女の子を口説いているのですか?」
双眼鏡を持ったメモリーが、嬉しそうに声を上げる。
「いや、あれは『餌付け』だ」
隣でシズルが苦笑する。
「私たちがドラゴンを餌付けした時と同じ目をしている。……血は争えないな」
「まあ! ということは、あの子が未来のお嫁さん候補かしら?」
「気が早い。……だが、彼なら相手の胃袋を掴んで離さないだろうな」
庭園では、シエルがマリーに「次はスコーンにクロテッドクリームを乗せる重要性」について熱弁を振るっている。
マリーは「へぇ~、すごぉい!」と尊敬の眼差しで見つめている。
どうやら、次世代の「食いしん坊カップル」の誕生も、そう遠くはない未来の話のようだ。
「よしメモリー。息子も頑張っていることだし、私たちも帰って『おやつ』にしようか」
「はい! 今日はシエルのお土産のケーキもありますからね!」
平和な午後のひととき。
美味しいものは、世代を超えて人と人を繋ぐ(そして胃袋を支配する)最強の魔法なのである。
王都にある侯爵家の庭園。
着飾った貴族の子供たちが集まる「お遊戯会」という名の社交場で、シエル・ド・クリムゾン(5歳)は深いため息をついた。
彼の周りでは、子供たちが鬼ごっこをしたり、お人形遊びをしたりして楽しんでいる。
だが、シエルは庭の隅にあるベンチに座り、目の前に置かれた「おやつセット」を冷めた目で見つめていた。
「どうして大人は、『子供は甘くてパサパサしたクッキーが好き』だと決めつけるのでしょう。このクッキー、口の中の水分を奪うために焼かれたとしか思えません」
「あら、文句ばかりね。生意気な子」
頭上から、鈴を転がしたような、しかし少し刺々しい声が降ってきた。
顔を上げると、縦ロールの金髪を見事に巻いた、可愛らしい女の子が立っていた。
彼女はこの屋敷の主、宰相の娘であるマリー(5歳)だ。
「貴方、クリムゾン公爵家のシエル様でしょう? せっかく私が招待してあげたのに、楽しそうじゃないわね」
マリーは扇子(子供用)を開いて口元を隠した。その仕草は、大人の貴婦人の真似事だろう。
いわゆる「悪役令嬢」の卵である。
「僕はこのお茶会の『質』を憂いているのです、マリー嬢」
「質? 失礼ね! 最高級の紅茶とクッキーを用意させたのよ!」
「紅茶は抽出時間が長すぎて渋みが出ています。そしてこのクッキー……バターの含有量が少なすぎます。これでは『食べる砂』です」
「す、砂ぁ!?」
マリーが顔を真っ赤にして怒る。
「なんて無礼なの! お父様に言いつけてやるわ! 謝りなさいよ!」
「謝る前に、改善案を提示します」
シエルは懐(子供用タキシードの内ポケット)から、小瓶を取り出した。
母メモリーが持たせてくれた『特製ミルクジャム(練乳入り)』である。
「これを……こうします」
とろ~り。
シエルはパサパサのクッキーに、濃厚なミルクジャムをたっぷりと乗せた。
そして、もう一枚のクッキーで挟む。
「即席『ミルキーサンド』の完成です。……どうぞ」
「は? 私に食べろって言うの? そんな下品な……」
「食べればわかります。渋い紅茶には、このくらいの強烈な甘みとコクが必要なのです」
シエルは強引にマリーの口元へクッキーを差し出した。
父親譲りの整った顔立ちと、母親譲りの強引さ。
マリーは気圧されて、思わず口を開けてしまった。
パクッ。
「……んぐっ」
マリーの目が丸くなる。
「……!」
口の中の水分を奪うはずだったクッキーが、濃厚なジャムと混ざり合い、しっとりと解けていく。
ジャムの甘さが、渋かった紅茶の後味を中和し、口の中に幸せなハーモニーを作り出した。
「お、美味しい……!」
「でしょう? 足りないものを補い合う、これぞ食のマリアージュです」
シエルは満足げに頷き、自分もサンドをパクついた。
「くっ……! 悔しいけど美味しいわ! もう一個ちょうだい!」
「いいですよ。でも、これからはお茶会のメニュー選定には僕を呼んでくださいね」
「わ、わかったわよ! ……その代わり、私の隣に座ることを許可してあげるわ!」
マリーは顔を赤らめながら、シエルの隣に座った。
チョロい。あまりにもチョロい。
その様子を、遠くのテラスから保護者たちが見守っていた。
「……あらあら。シエルったら、もう女の子を口説いているのですか?」
双眼鏡を持ったメモリーが、嬉しそうに声を上げる。
「いや、あれは『餌付け』だ」
隣でシズルが苦笑する。
「私たちがドラゴンを餌付けした時と同じ目をしている。……血は争えないな」
「まあ! ということは、あの子が未来のお嫁さん候補かしら?」
「気が早い。……だが、彼なら相手の胃袋を掴んで離さないだろうな」
庭園では、シエルがマリーに「次はスコーンにクロテッドクリームを乗せる重要性」について熱弁を振るっている。
マリーは「へぇ~、すごぉい!」と尊敬の眼差しで見つめている。
どうやら、次世代の「食いしん坊カップル」の誕生も、そう遠くはない未来の話のようだ。
「よしメモリー。息子も頑張っていることだし、私たちも帰って『おやつ』にしようか」
「はい! 今日はシエルのお土産のケーキもありますからね!」
平和な午後のひととき。
美味しいものは、世代を超えて人と人を繋ぐ(そして胃袋を支配する)最強の魔法なのである。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです
ほーみ
恋愛
「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」
その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。
──王都の学園で、私は彼と出会った。
彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。
貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】 ご存知なかったのですね。聖女は愛されて力を発揮するのです
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
本当の聖女だと知っているのにも関わらずリンリーとの婚約を破棄し、リンリーの妹のリンナールと婚約すると言い出した王太子のヘルーラド。陛下が承諾したのなら仕方がないと身を引いたリンリー。
リンナールとヘルーラドの婚約発表の時、リンリーにとって追放ととれる発表までされて……。
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる