婚約破棄? ああ、そうですか。それより料理がが冷めるので失礼します。

夏乃みのり

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「……つまらないですね」

王都にある侯爵家の庭園。
着飾った貴族の子供たちが集まる「お遊戯会」という名の社交場で、シエル・ド・クリムゾン(5歳)は深いため息をついた。

彼の周りでは、子供たちが鬼ごっこをしたり、お人形遊びをしたりして楽しんでいる。
だが、シエルは庭の隅にあるベンチに座り、目の前に置かれた「おやつセット」を冷めた目で見つめていた。

「どうして大人は、『子供は甘くてパサパサしたクッキーが好き』だと決めつけるのでしょう。このクッキー、口の中の水分を奪うために焼かれたとしか思えません」

「あら、文句ばかりね。生意気な子」

頭上から、鈴を転がしたような、しかし少し刺々しい声が降ってきた。
顔を上げると、縦ロールの金髪を見事に巻いた、可愛らしい女の子が立っていた。
彼女はこの屋敷の主、宰相の娘であるマリー(5歳)だ。

「貴方、クリムゾン公爵家のシエル様でしょう? せっかく私が招待してあげたのに、楽しそうじゃないわね」

マリーは扇子(子供用)を開いて口元を隠した。その仕草は、大人の貴婦人の真似事だろう。
いわゆる「悪役令嬢」の卵である。

「僕はこのお茶会の『質』を憂いているのです、マリー嬢」

「質? 失礼ね! 最高級の紅茶とクッキーを用意させたのよ!」

「紅茶は抽出時間が長すぎて渋みが出ています。そしてこのクッキー……バターの含有量が少なすぎます。これでは『食べる砂』です」

「す、砂ぁ!?」

マリーが顔を真っ赤にして怒る。

「なんて無礼なの! お父様に言いつけてやるわ! 謝りなさいよ!」

「謝る前に、改善案を提示します」

シエルは懐(子供用タキシードの内ポケット)から、小瓶を取り出した。
母メモリーが持たせてくれた『特製ミルクジャム(練乳入り)』である。

「これを……こうします」

とろ~り。
シエルはパサパサのクッキーに、濃厚なミルクジャムをたっぷりと乗せた。
そして、もう一枚のクッキーで挟む。

「即席『ミルキーサンド』の完成です。……どうぞ」

「は? 私に食べろって言うの? そんな下品な……」

「食べればわかります。渋い紅茶には、このくらいの強烈な甘みとコクが必要なのです」

シエルは強引にマリーの口元へクッキーを差し出した。
父親譲りの整った顔立ちと、母親譲りの強引さ。
マリーは気圧されて、思わず口を開けてしまった。

パクッ。

「……んぐっ」

マリーの目が丸くなる。

「……!」

口の中の水分を奪うはずだったクッキーが、濃厚なジャムと混ざり合い、しっとりと解けていく。
ジャムの甘さが、渋かった紅茶の後味を中和し、口の中に幸せなハーモニーを作り出した。

「お、美味しい……!」

「でしょう? 足りないものを補い合う、これぞ食のマリアージュです」

シエルは満足げに頷き、自分もサンドをパクついた。

「くっ……! 悔しいけど美味しいわ! もう一個ちょうだい!」

「いいですよ。でも、これからはお茶会のメニュー選定には僕を呼んでくださいね」

「わ、わかったわよ! ……その代わり、私の隣に座ることを許可してあげるわ!」

マリーは顔を赤らめながら、シエルの隣に座った。
チョロい。あまりにもチョロい。

その様子を、遠くのテラスから保護者たちが見守っていた。

「……あらあら。シエルったら、もう女の子を口説いているのですか?」

双眼鏡を持ったメモリーが、嬉しそうに声を上げる。

「いや、あれは『餌付け』だ」

隣でシズルが苦笑する。

「私たちがドラゴンを餌付けした時と同じ目をしている。……血は争えないな」

「まあ! ということは、あの子が未来のお嫁さん候補かしら?」

「気が早い。……だが、彼なら相手の胃袋を掴んで離さないだろうな」

庭園では、シエルがマリーに「次はスコーンにクロテッドクリームを乗せる重要性」について熱弁を振るっている。
マリーは「へぇ~、すごぉい!」と尊敬の眼差しで見つめている。

どうやら、次世代の「食いしん坊カップル」の誕生も、そう遠くはない未来の話のようだ。

「よしメモリー。息子も頑張っていることだし、私たちも帰って『おやつ』にしようか」

「はい! 今日はシエルのお土産のケーキもありますからね!」

平和な午後のひととき。
美味しいものは、世代を超えて人と人を繋ぐ(そして胃袋を支配する)最強の魔法なのである。
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