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「……ヌ?」
クリムゾン公爵邸の庭園。
4歳になったシエルが、芝生の上で不思議な生き物を見つけて首を傾げた。
それは、トカゲだった。
ただし、黄金色に輝き、背中に小さな翼が生えている。
そして何より、態度がやたらと偉そうだった。
『……小僧。気安ク触ルナ。我ハ日向ボッコノ最中デアル』
トカゲが渋い声(テレパシー)で喋った。
「わあ! トカゲさんが喋った!」
シエルは驚くどころか、目を輝かせてトカゲの尻尾を掴んだ。
『痛ッ! 引ッ張ルナ! 我ヲ誰ダト心得テオル!』
「美味しそう!」
『ハ?』
シエルはトカゲの黄金の尻尾をじっと見つめ、よだれを垂らした。
「ママが言ってた。『黄金色は美味しい焼き色の証』だって。……いただきまーす!」
『待テ待テ待テ!! 食ウナ! 我ハ食材デハナイ!!』
トカゲ――その正体は、身体を縮小化させて遊びに来ていた竜王バハムートが、必死で逃げ惑う。
そこへ、ティーセットを持ったメモリーが現れた。
「あらあら。シエル、いけませんよ。お客様を食べては」
「はーい。……チェッ」
シエルが残念そうに手を離す。
竜王はゼェゼェと息を切らせながら、メモリーの肩に飛び乗った。
『全ク……! コノ家ノ教育ハドウナッテオルノダ! 親ノ顔ガ見タイワ!』
「親ならここにいますよ。はい、どうぞ。本日のおやつは『竜王様のための黄金フィナンシェ』です」
メモリーが差し出した皿には、バターとアーモンドの香りが濃厚な、焼きたてのフィナンシェが積まれている。
『オオォ……! コレダ、コノ香リダ!』
竜王は一瞬で機嫌を直し、フィナンシェにかぶりついた。
『美味イ! 表面ノサクサク感ト、中ノシットリ感ノ対比ガ絶妙! 焦ガシバターノ風味ガ鼻孔ヲ抜ケル……!』
「ふふ、お気に召して何よりです。……で、今日は何の用です?」
メモリーが優雅に紅茶を注ぐ。
結婚式以来、この伝説の怪物は「鱗一枚」と引き換えに「おやつ食べ放題」の契約を結び、頻繁に屋敷へ入り浸っていた。
もはや『伝説の竜王』というより、『近所の甘党のおじいちゃん』である。
『ウム。実ハ、我ガ巣ノ近クデ美味イ「ハチミツ」ガ手に入ッテナ。貴様ナラ、コレヲ使ッテ最高ノ菓子ガ作レルノデハナイカト思ッテ持ッテキタ』
竜王が空間魔法で取り出したのは、樽のように巨大な壺に入った、黄金色のハチミツだった。
幻の蜂『キラー・ビー』が集めた、超濃厚なロイヤルハニーだ。
「まあ! 素晴らしい粘度と透明感!」
メモリーの目が光る。
「これなら……『ハニーカステラ』がいいですね。卵をたっぷり使って、底にザラメを敷いて……」
「カステラ! 僕も食べる!」
シエルが飛び跳ねる。
メモリーはニッコリと笑い、竜王を見た.
「では、私が焼いている間、シエルの相手をお願いできますか? 最強のベビーシッター様?」
『ム……。我ハ誇リ高キ竜王ダゾ? 子守ナド……』
「焼き上がったら、一番端っこの『焦げ目が美味しい部分』を差し上げます」
『任セロ。命ニ代エテモ守リ抜コウ』
即答だった。
甘味の前では、竜のプライドなど砂糖菓子よりも脆い。
***
一時間後。
厨房から甘く香ばしい匂いが漂ってくる頃。
庭では、奇妙な光景が繰り広げられていた。
『ホラ、高イ高イ~』
元のサイズ(巨大ドラゴン)に戻った竜王が、シエルを背中に乗せて空を飛んでいるのだ。
「キャッホー! すごいすごい! もっと速く!」
『注文ノ多イガキダナ……。シッカリ掴マッテオレヨ! ループスルゾ!』
ゴォォォォン!!
竜王がアクロバット飛行を披露する。
普通の子供なら気絶案件だが、シズルとメモリーの遺伝子を継ぐシエルは、「風が美味しい~!」と大興奮だ。
そこへ、仕事から帰ってきたシズルが馬車から降りてきた。
「……なんだ、あの騒ぎは」
見上げれば、空を飛ぶドラゴンと息子。
そしてテラスでは、巨大なカステラを切り分けている妻。
「お帰りなさい、シズル様! ちょうどおやつの時間ですよ!」
「……やれやれ。我が家はいつから魔物の巣窟になったんだ」
シズルは呆れつつも、自然と口元が緩んでいた。
空から降りてきたシエルが、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「パパ! 竜王のおじちゃんが、今度『マグマ焼き芋』の作り方を教えてくれるって!」
「……そうか。火傷しないようにな」
シズルは息子の頭を撫で、竜王に向き直った。
「バハムート。あまり甘やかすなよ。将来、ドラゴンライダーになりたいと言い出したらどうする」
『ハッハッハ! 悪クナイ! コノ子ナラ、我ノ背中ヲ任セテモイイカモシレンゾ。……タダシ、我ノ尻尾ヲ食オウトシナケレバナ』
「……それは保証できん」
テラスには、焼き上がったばかりの黄金色のカステラ。
湯気と共に立ち上るハチミツの香り。
「さあ、冷めないうちにいただきましょう!」
「「「いただきます!」」」
人間と、ドラゴンと、食いしん坊たち。
種族を超えたティーパーティーは、今日も甘く、騒がしく続いていく。
「(……次は竜王様の巣に『出張料理』に行こうかしら。ダンジョンの奥には、まだ見ぬ食材が眠っているはず……)」
メモリーの野望は、平和な日常の中でも決して尽きることはないのだった。
クリムゾン公爵邸の庭園。
4歳になったシエルが、芝生の上で不思議な生き物を見つけて首を傾げた。
それは、トカゲだった。
ただし、黄金色に輝き、背中に小さな翼が生えている。
そして何より、態度がやたらと偉そうだった。
『……小僧。気安ク触ルナ。我ハ日向ボッコノ最中デアル』
トカゲが渋い声(テレパシー)で喋った。
「わあ! トカゲさんが喋った!」
シエルは驚くどころか、目を輝かせてトカゲの尻尾を掴んだ。
『痛ッ! 引ッ張ルナ! 我ヲ誰ダト心得テオル!』
「美味しそう!」
『ハ?』
シエルはトカゲの黄金の尻尾をじっと見つめ、よだれを垂らした。
「ママが言ってた。『黄金色は美味しい焼き色の証』だって。……いただきまーす!」
『待テ待テ待テ!! 食ウナ! 我ハ食材デハナイ!!』
トカゲ――その正体は、身体を縮小化させて遊びに来ていた竜王バハムートが、必死で逃げ惑う。
そこへ、ティーセットを持ったメモリーが現れた。
「あらあら。シエル、いけませんよ。お客様を食べては」
「はーい。……チェッ」
シエルが残念そうに手を離す。
竜王はゼェゼェと息を切らせながら、メモリーの肩に飛び乗った。
『全ク……! コノ家ノ教育ハドウナッテオルノダ! 親ノ顔ガ見タイワ!』
「親ならここにいますよ。はい、どうぞ。本日のおやつは『竜王様のための黄金フィナンシェ』です」
メモリーが差し出した皿には、バターとアーモンドの香りが濃厚な、焼きたてのフィナンシェが積まれている。
『オオォ……! コレダ、コノ香リダ!』
竜王は一瞬で機嫌を直し、フィナンシェにかぶりついた。
『美味イ! 表面ノサクサク感ト、中ノシットリ感ノ対比ガ絶妙! 焦ガシバターノ風味ガ鼻孔ヲ抜ケル……!』
「ふふ、お気に召して何よりです。……で、今日は何の用です?」
メモリーが優雅に紅茶を注ぐ。
結婚式以来、この伝説の怪物は「鱗一枚」と引き換えに「おやつ食べ放題」の契約を結び、頻繁に屋敷へ入り浸っていた。
もはや『伝説の竜王』というより、『近所の甘党のおじいちゃん』である。
『ウム。実ハ、我ガ巣ノ近クデ美味イ「ハチミツ」ガ手に入ッテナ。貴様ナラ、コレヲ使ッテ最高ノ菓子ガ作レルノデハナイカト思ッテ持ッテキタ』
竜王が空間魔法で取り出したのは、樽のように巨大な壺に入った、黄金色のハチミツだった。
幻の蜂『キラー・ビー』が集めた、超濃厚なロイヤルハニーだ。
「まあ! 素晴らしい粘度と透明感!」
メモリーの目が光る。
「これなら……『ハニーカステラ』がいいですね。卵をたっぷり使って、底にザラメを敷いて……」
「カステラ! 僕も食べる!」
シエルが飛び跳ねる。
メモリーはニッコリと笑い、竜王を見た.
「では、私が焼いている間、シエルの相手をお願いできますか? 最強のベビーシッター様?」
『ム……。我ハ誇リ高キ竜王ダゾ? 子守ナド……』
「焼き上がったら、一番端っこの『焦げ目が美味しい部分』を差し上げます」
『任セロ。命ニ代エテモ守リ抜コウ』
即答だった。
甘味の前では、竜のプライドなど砂糖菓子よりも脆い。
***
一時間後。
厨房から甘く香ばしい匂いが漂ってくる頃。
庭では、奇妙な光景が繰り広げられていた。
『ホラ、高イ高イ~』
元のサイズ(巨大ドラゴン)に戻った竜王が、シエルを背中に乗せて空を飛んでいるのだ。
「キャッホー! すごいすごい! もっと速く!」
『注文ノ多イガキダナ……。シッカリ掴マッテオレヨ! ループスルゾ!』
ゴォォォォン!!
竜王がアクロバット飛行を披露する。
普通の子供なら気絶案件だが、シズルとメモリーの遺伝子を継ぐシエルは、「風が美味しい~!」と大興奮だ。
そこへ、仕事から帰ってきたシズルが馬車から降りてきた。
「……なんだ、あの騒ぎは」
見上げれば、空を飛ぶドラゴンと息子。
そしてテラスでは、巨大なカステラを切り分けている妻。
「お帰りなさい、シズル様! ちょうどおやつの時間ですよ!」
「……やれやれ。我が家はいつから魔物の巣窟になったんだ」
シズルは呆れつつも、自然と口元が緩んでいた。
空から降りてきたシエルが、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「パパ! 竜王のおじちゃんが、今度『マグマ焼き芋』の作り方を教えてくれるって!」
「……そうか。火傷しないようにな」
シズルは息子の頭を撫で、竜王に向き直った。
「バハムート。あまり甘やかすなよ。将来、ドラゴンライダーになりたいと言い出したらどうする」
『ハッハッハ! 悪クナイ! コノ子ナラ、我ノ背中ヲ任セテモイイカモシレンゾ。……タダシ、我ノ尻尾ヲ食オウトシナケレバナ』
「……それは保証できん」
テラスには、焼き上がったばかりの黄金色のカステラ。
湯気と共に立ち上るハチミツの香り。
「さあ、冷めないうちにいただきましょう!」
「「「いただきます!」」」
人間と、ドラゴンと、食いしん坊たち。
種族を超えたティーパーティーは、今日も甘く、騒がしく続いていく。
「(……次は竜王様の巣に『出張料理』に行こうかしら。ダンジョンの奥には、まだ見ぬ食材が眠っているはず……)」
メモリーの野望は、平和な日常の中でも決して尽きることはないのだった。
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