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孤独な日々が続いて一月ほど経った頃、私は屋敷の中を散策していて、偶然、忘れ去られたような一画を見つけた。
東の棟の裏手にある、小さな中庭。かつては美しい庭園だったのだろうが、今は雑草が生い茂り、蔦が壁を覆っている。けれど、その荒れた風景の中に、なぜか不思議な生命力を感じた。
(ここなら……)
私の唯一の趣味であり、特技でもあるハーブを育てられるかもしれない。そう思うと、沈んでいた心が少しだけ浮き立った。
早速、私は公爵邸を取り仕切る侍女長のマーサに許可を貰いに行った。マーサは、先の公爵夫妻の頃から仕えている古株で、厳格で口数の少ない、リアムによく似た雰囲気の女性だった。
「中庭を、わたくしに使わせていただくことはできますでしょうか」
私の申し出に、マーサは少し驚いたように眉を上げた。
「あのような荒れた場所を、奥様が……?業者に命じて、すぐに整備させますが」
「いいえ、結構ですわ。自分の手で、少しずつ整えていきたいのです。土に触れていると、心が落ち着きますから」
私の言葉に、マーサは値踏みするようにじっと私を見つめた。彼女の感情の色は、ほとんど揺らぎのない「実直な灰色」だが、その奥に僅かな「興味の薄紫色」が混ざっているのが見えた。
「……奥様のお好きになさいませ。ですが、手伝いの庭師を一人つけさせていただきます。力仕事もございましょう」
「ありがとう、マーサ」
予想外にすんなりと許可が下り、私は心から礼を言った。
その日から、私の日課が一つ増えた。午前中の時間は、その中庭で過ごすことにしたのだ。手伝いにつけてもらった若い庭師の助けを借りながら、まずは雑草を抜き、固くなった土を耕していく。
久しぶりに触れる土の感触と、草の匂い。夢中になって作業をしていると、孤独や不安を忘れられた。
「奥様、本日はカモミールとラベンダーの種を?」
「ええ。安眠や鎮静の効果があるの。ここの土なら、きっと元気に育つわ」
庭師との会話も、ささやかな楽しみの一つだった。
数週間もすると、荒れ地だった場所は少しずつ姿を変え、畝が並ぶ小さなハーブ園になった。芽吹いたばかりの小さな双葉を見つけた時の喜びは、何物にも代えがたい。
ある日の午後、作業を終えて中庭のベンチで休んでいると、ふと二階の窓からこちらを見ている視線を感じた。
ハッとして見上げると、それはリアムの執務室の窓だった。一瞬、彼の銀髪が見えたような気がしたが、すぐにカーテンが引かれ、姿は見えなくなった。
(今の……閣下……?)
見られていた。私が、ここで何をしているのかを。
彼の感情の色は、遠すぎて見えない。けれど、胸が少しだけ騒いだ。
彼が何を思っていたのかは分からない。それでも、この小さな庭が、私と彼を隔てる分厚い壁の向こう側に、ほんの少しだけ、ささやかな変化をもたらしたのかもしれない。そんな淡い期待を、私は芽生えたばかりのハーブの双葉に重ねていた。
東の棟の裏手にある、小さな中庭。かつては美しい庭園だったのだろうが、今は雑草が生い茂り、蔦が壁を覆っている。けれど、その荒れた風景の中に、なぜか不思議な生命力を感じた。
(ここなら……)
私の唯一の趣味であり、特技でもあるハーブを育てられるかもしれない。そう思うと、沈んでいた心が少しだけ浮き立った。
早速、私は公爵邸を取り仕切る侍女長のマーサに許可を貰いに行った。マーサは、先の公爵夫妻の頃から仕えている古株で、厳格で口数の少ない、リアムによく似た雰囲気の女性だった。
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「あのような荒れた場所を、奥様が……?業者に命じて、すぐに整備させますが」
「いいえ、結構ですわ。自分の手で、少しずつ整えていきたいのです。土に触れていると、心が落ち着きますから」
私の言葉に、マーサは値踏みするようにじっと私を見つめた。彼女の感情の色は、ほとんど揺らぎのない「実直な灰色」だが、その奥に僅かな「興味の薄紫色」が混ざっているのが見えた。
「……奥様のお好きになさいませ。ですが、手伝いの庭師を一人つけさせていただきます。力仕事もございましょう」
「ありがとう、マーサ」
予想外にすんなりと許可が下り、私は心から礼を言った。
その日から、私の日課が一つ増えた。午前中の時間は、その中庭で過ごすことにしたのだ。手伝いにつけてもらった若い庭師の助けを借りながら、まずは雑草を抜き、固くなった土を耕していく。
久しぶりに触れる土の感触と、草の匂い。夢中になって作業をしていると、孤独や不安を忘れられた。
「奥様、本日はカモミールとラベンダーの種を?」
「ええ。安眠や鎮静の効果があるの。ここの土なら、きっと元気に育つわ」
庭師との会話も、ささやかな楽しみの一つだった。
数週間もすると、荒れ地だった場所は少しずつ姿を変え、畝が並ぶ小さなハーブ園になった。芽吹いたばかりの小さな双葉を見つけた時の喜びは、何物にも代えがたい。
ある日の午後、作業を終えて中庭のベンチで休んでいると、ふと二階の窓からこちらを見ている視線を感じた。
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彼の感情の色は、遠すぎて見えない。けれど、胸が少しだけ騒いだ。
彼が何を思っていたのかは分からない。それでも、この小さな庭が、私と彼を隔てる分厚い壁の向こう側に、ほんの少しだけ、ささやかな変化をもたらしたのかもしれない。そんな淡い期待を、私は芽生えたばかりのハーブの双葉に重ねていた。
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