悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

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「リーリン・アークライト! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄する!」


王宮の大広間に、よく通る声が響き渡った。


シャンデリアのきらめく光の下、金糸で刺繍された豪奢なタキシードに身を包んだジェラルド第二王子が、私を指差して叫んでいる。


その隣には、小動物のように震える(ふりをしている)男爵令嬢、ミナの姿。彼女は上目遣いで王子にしなだれかかりながら、ちらりとこちらを見て勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


周囲の貴族たちがざわめく。


「おい、聞いたか……婚約破棄だぞ」

「やはり噂は本当だったのか」

「悪役令嬢リーリン……ミナ嬢をいじめていたという」


好奇の視線が、一斉に私に突き刺さる。


公爵令嬢である私が、王子の婚約者という立場を笠に着て、可憐なミナ嬢に嫌がらせを繰り返した――それが、彼らの言い分らしい。


私は扇を閉じ、小さく息を吐いた。


そして、懐中時計を取り出し、時刻を確認する。


午後八時十五分。


予定より十五分も早い。この後の予算会議に間に合いそうでよかった。


「……聞いていないのか、リーリン! 貴様のその冷徹な態度、もはや我慢ならん!」


ジェラルド様が顔を真っ赤にして怒鳴る。


私は懐中時計をしまい、静かに口を開いた。


「聞いておりますわ、殿下。声量が無駄に大きいですから、会場の隅々まで行き渡っていることでしょう」


「なっ……! 貴様、反省の色はないのか! ミナへの数々の悪行、私が知らないとでも思ったか!」


「悪行、ですか?」


私は首をかしげる。


「具体的にはどのような?」


「とぼけるな! ミナのドレスを引き裂いただろう!」


ああ、あれか。


「それは誤解ですわ。ミナ様が『どうしてもワンサイズ小さいドレスを着たい』と仰り、無理やり背中のファスナーを上げさせた結果、物理的限界を迎えて弾け飛んだのです」


「なっ……」


「布地の強度計算を無視した結果です。私は事前に『九八パーセントの確率で破損する』と警告しました」


会場の空気が少しだけ変わる。くすくすという笑い声が漏れた。


ミナ嬢が慌てて王子の腕にしがみつく。


「ううっ、ひどいですぅジェラルド様ぁ! リーリン様ったら、私のこと『デブ』って言ったんですぅ!」


「言っておりません。質量保存の法則に基づき、摂取カロリーと消費カロリーの収支バランスが見合っていないと申し上げただけです」


「それがデブってことだろ!」


ジェラルド様が叫ぶ。


私は呆れてため息をつきそうになるのを堪えた。


この男は、本当に頭の中がお花畑だ。国の予算を湯水のように使い、気に入った女には宝石やドレスを買い与える。


私がその都度、決裁印を押さずに却下してきたことを「いじめ」と呼ぶなら、世の中の経理担当者は全員大悪党だろう。


「ええい、口答えは許さん! 貴様のような愛のない女は、未来の王妃にふさわしくない! 私は真実の愛を見つけたのだ!」


ジェラルド様はミナ嬢の肩を抱き寄せ、ドラマチックに宣言した。


「よって、貴様を国外追放処分とする! 二度と私の前に顔を見せるな!」


国外追放。


その単語が出た瞬間、私の脳内でスイッチが切り替わった。


カチッ。


それは、感情のスイッチではない。


計算モードへの切り替えスイッチだ。


「……国外追放、ですか。つまり、私との契約……いえ、婚約を一方的に破棄し、さらに居住権および市民権を剥奪するという法的措置ですね?」


「そうだ! 今すぐ出ていけ!」


「承知いたしました」


私は懐から、愛用の魔道具を取り出した。


一見するとただの板だが、魔力を通すと空中に数字が浮かび上がる、特注の『魔導計算機』だ。


「では、精算させていただきます」


「は? 精算?」


私は彼らの困惑を無視し、魔導計算機を高速で叩き始めた。


タタタタタタタッ!


軽快なタップ音が、静まり返った大広間に響く。


「まずは、婚約期間中における私の王妃教育費。家庭教師代、教材費、マナー講習費……これらは王家の要請によるものですので、契約不履行となった今、全額返還を求めます」


タターンッ!


空中に燃えるような赤字で『金貨 5,800枚』という数字が浮かぶ。


「なっ、なんだそれは!?」


「次に、私が代行していた殿下の公務に関する労働対価。本来、殿下が行うべき書類決裁、式典出席、視察……これらを私が肩代わりしておりました。管理職手当を含め、適正価格で請求します」


タタタタッ、ターン!


数字が加算される。『金貨 12,500枚』。


「さらに、殿下がこの一年間でミナ様に貢いだドレス、宝飾品、およびお茶会のお菓子代。これらはすべて『王配予定者経費』として私の管理口座から一時的に立て替えております。当然、お返しいただけますよね?」


「た、立て替えていたのか……?」


ジェラルド様が顔を青くする。


彼は知らなかったのだ。自分の小遣いがとうの昔に底をつき、私が補填していたことを。


「最後に、婚約破棄による精神的苦痛に対する慰謝料。および、私の貴重な十代という時間を浪費させた『機会損失費用』。こちらは公爵家のブランド毀損料も含め、割り増しで計上させていただきます」


タタタタタタタタタタッ、ズドーン!!


私の指がフィニッシュキーを叩くと同時に、空中に巨大な請求書がホログラムのように浮かび上がった。


そこに記された請求総額は、国家予算の数パーセントに匹敵する天文学的な数字。


『合計:金貨 50,000,000枚(税別)』


会場中が息を呑んだ。


「き、貴様……正気か!?」


ジェラルド様が震える声で叫ぶ。


私は計算機をパチンと弾いてしまい、にっこりと微笑んだ。


営業用、満面の笑みで。


「正気ですわ。むしろ、端数は切り捨てて差し上げたのですよ? 感謝していただきたいくらいです」


「こ、こんな大金、払えるわけがないだろう!」


「あら、そうですか? 王族たるもの、借金を踏み倒すなどあってはならないこと。もしお支払いが滞るようであれば……」


私は扇で口元を隠し、声を潜めた。


「この請求書の内容証明を、隣国の新聞社すべてにリークさせていただきます。タイトルはそうですね……『第二王子、愛人のパンツ代も元婚約者に払わせていた』というのはいかがでしょう?」


「ぶっ……!」


周囲の貴族たちが吹き出す。


ジェラルド様は顔を真っ赤にして、パクパクと口を開閉させた。


「き、き、貴様ぁぁぁ!!」


「支払期限は本日中です。一括払いでお願いしますね。分割は利子が複利でトイチつきますので、おすすめしません」


私は優雅にカーテシー(お辞儀)をした。


「それでは、お支払いの確認が取れ次第、国外へ退去させていただきます。……あ、そうだ」


去り際に、私はミナ嬢を見た。


彼女は恐怖で顔を引きつらせている。


「ミナ様。そのネックレス、王家の備品台帳に登録されているものです。持ち出しは横領罪になりますので、外して置いていってくださいね。今の貴女の時給換算だと、それを弁償するのに約百五十年かかりますから」


「ひっ……!」


ミナ嬢が慌てて首元のネックレスをむしり取った。


私はそれを空中でキャッチし、懐にしまう。


「では、ごきげんよう」


踵を返し、私は颯爽と歩き出した。


背後で王子が何か喚いているが、もう私の耳には届かない。


(やった……! やったわ!)


内心で、私はガッツポーズをしていた。


実を言うと、あの王子との結婚なんて真っ平御免だったのだ。


顔が良いだけで、金銭感覚はザル、経営能力は皆無。あんなのと結婚したら、私は一生『王家の借金』という名の泥船の水を汲み出す作業員になるところだった。


(これで自由! しかも慰謝料ガッポリ! どこか物価の安い田舎で、悠々自適な投資生活を送るのよ!)


足取りは軽い。


重たいドレスさえなければ、スキップしたい気分だ。


大広間の巨大な扉へ向かう私。


その時だった。


柱の陰から、一人の男がぬっと姿を現し、私の行く手を阻んだのは。


「……おい」


地を這うような低い声。


見上げると、そこには黒髪に赤い目をした、熊のように大柄な男が立っていた。


左目には大きな傷跡。纏っている空気は、完全にカタギのものではない。


会場の貴族たちが、「ひっ……」と悲鳴を上げて道を空ける。


辺境の魔王。血塗れの狂犬。


数々の二つ名を持つ、ジルベール・フォン・オルレアン辺境伯だ。


(げっ……なんでこんなところにラスボス級のキャラが)


関わりたくない。


私は視線を逸らして通り過ぎようとした。


しかし、太い腕が私の前に立ち塞がる。


「待て。話がある」


「……急いでおりますので。営業なら間に合っています」


「営業ではない。……スカウトだ」


「は?」


ジルベール辺境伯は、懐からくしゃくしゃになった紙切れを取り出した。


それは、さっき私が王子に叩きつけた請求書の写し(控え)だった。


いつの間に拾ったのだろう。


彼はその紙を指差して、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。


「いい金額だ。……お前、金が好きか?」


その問いかけに、私は思わず足を止めた。


「……訂正していただけますか。金が好きなわけではありません」


私は彼を真っ直ぐに見つめ返す。


「確実な成果と、それに見合う正当な対価が好きなだけです」


辺境伯は目を丸くし、それから喉を鳴らして笑った。


「ククッ……気に入った。なら、俺を買え」


「はい?」


「俺の領地に来い。未払いの借金も、破綻寸前の財政も、全部お前に任せる。その代わり……」


彼は私の手を取り、強引に手の甲に口づけを落とした。


その目は、獲物を狙う肉食獣のようにギラギラと輝いている。


「言い値で払ってやる。俺の全財産を賭けてな」


――こうして。


私、リーリン・アークライトの華麗なる『慰謝料請求ライフ』は、なぜか『辺境の財政再建ライフ』へとスライドすることになったのである。
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