悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

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「カンパーイ!! 筋肉、バンザイ!!」


領主館の大広間は、むせ返るような熱気と、男たちの野太い歓声に包まれていた。


本日は、騎士団による『ふれあい筋肉イベント』の打ち上げパーティーである。


結果から言えば、イベントは大成功だった。


「いやぁ、まさかあんなに盛況とは!」


バルガス団長が、ビールジョッキ(という名の樽)を片手に、涙目で笑っている。


「お嬢さんたちが『キャーッ! 素敵! その上腕二頭筋にぶら下がらせて!』って! 俺、生きててよかった!」


「俺なんて、マダムに『あなたの胸板は最高級の枕ね』ってチップを貰いました!」


騎士たちは皆、肌艶も良く(美容クリームのおかげ)、満面の笑みだ。


私はテラス席で、その様子を冷静に眺めながら、売り上げ計算をしていた。


「……ふむ。入場料収入、グッズ販売、チェキ(魔法写真)撮影代……。経費を差し引いても、金貨五十枚の黒字。騎士団の美容代(横領分)を補填しても余りあるわね」


チャリーン。


またしても私の脳内で勝利の鐘が鳴る。


「……お前、本当に商魂たくましいな」


隣で、少し顔を赤くしたジルベール様が呟いた。


彼もまた、今日は騎士たちに無理やり酒を飲まされ、珍しく酔いが回っているようだ。


「当然です。需要があるところに供給をする。それがビジネスの基本ですから」


私はグラスの水を飲みながら答えた。


「それに、閣下にとっても悪い話ではないでしょう? 騎士たちの士気が上がり、領民は娯楽を楽しめ、領の財政も潤う。一石三鳥です」


「……ああ。そうだな」


ジルベール様はグラスの中の琥珀色の液体を揺らした。


「だが……俺は面白くない」


「はい?」


「あいつらばかりチヤホヤされやがって。……俺だって、お前に『キャー素敵』とか言われたい」


「…………」


私は持っていたペンを落としそうになった。


「閣下。酔っていますね?」


「酔ってない。……少し、本音が出やすくなっているだけだ」


ジルベール様は、トロンとした目で私をじっと見つめてくる。


いつもの鋭い眼光はどこへやら、今の彼はまるで、構ってほしい大型犬のようだ。


「リーリン。こっちに来い」


「嫌です。酒臭いです」


「命令だ。……雇用主命令だぞ」


「チッ。……パワハラですよ」


私はしぶしぶ席を立ち、彼の隣に移動した。


すると、いきなりガシッと腕を掴まれ、引き寄せられた。


「きゃっ……!」


バランスを崩した私は、彼の膝の上に座らされる形になった。


「ちょ、ちょっと! 何をするんですか! セクハラで訴えますよ! 慰謝料請求しますよ!」


「払う。いくらでも払う」


ジルベール様は私の腰に腕を回し、私の肩に顔を埋めた。


「……だから、少しだけこうさせてくれ」


「……はぁ」


抵抗しようとしたが、彼の体温があまりに心地よく、そして何より、彼の声がひどく寂しげだったので、私は力を抜いた。


「……特別サービスですよ。一分につき金貨一枚です」


「安いな。一時間頼む」


「六十枚ですね。毎度あり」


私はため息をつきつつ、彼の頭(少し硬い髪)を撫でてやった。


広間では騎士たちが騒いでいるため、こちらの様子には気づいていない。


「……なあ、リーリン」


しばらくして、首元で彼がボソリと呟いた。


「契約の更新時期は、いつだ?」


「まだ半年も残っていますよ。気が早いですね」


「……契約内容を変えたい」


「報酬アップですか? それなら歓迎ですが」


「違う」


ジルベール様が顔を上げ、至近距離で私を見つめた。


赤い瞳が、揺れている。


「もう、偽装(ビジネス)はやめだ」


「え?」


「俺は……お前を、本当の妻にしたい」


ドキン。


心臓が跳ねた。


周囲の喧騒が、一瞬で遠のく。


「……は、はい?」


「契約書だけの関係は嫌だ。数字だけの繋がりも嫌だ。俺は、お前自身が欲しい」


彼の真剣な眼差し。熱い吐息。


それは、紛れもない愛の告白だった。


普通の令嬢なら、ここで顔を赤らめて「はい、喜んで」と言う場面だろう。


だが。


私の脳内コンピューターは、別の処理を開始していた。


(……本当の妻? 契約解除? つまり……)


私は顔を引きつらせた。


「……閣下。それはつまり、『無給労働』への移行ということですか?」


「……は?」


ジルベール様がキョトンとする。


「貴族の正妻というのは、法的には『夫の付属物』とみなされ、労働対価が発生しません。つまり、今の『利益の20%』という報酬体系が白紙になり、私はタダ働きさせられる……そういうことですね!?」


「え、いや、そういう意味じゃ……」


「ひどいです! 釣った魚に餌はやらない主義ですか! 『愛』という名の搾取(やりがい搾取)ですか!」


私は彼の胸をポカポカと叩いた。


「お断りです! 私はプロです! 私のスキルを安売りする気はありません!」


「ち、違う! 待て! 話を聞け!」


ジルベール様が慌てて私の手を押さえる。


「金を払わないなんて言ってない! むしろ逆だ! 財布の紐を全部お前に渡すと言ってるんだ!」


「……全部?」


私の手がピタリと止まる。


「ああ。オルレアン家の全財産、領地の全権限、そして俺の命。……全部、お前の名義にしていい」


「…………」


私はゴクリと喉を鳴らした。


「全資産譲渡(フル・アセット・トランスファー)……!」


なんて甘美な響きだろう。


「つまり、私は『雇われCFO』から『筆頭株主兼オーナー』に昇格するということですね?」


「……まあ、そういう解釈でもいい」


ジルベール様は苦笑した。


「その代わり……俺のことも、お前の所有物にしてくれ。一生、離さないでくれ」


彼は私の手を取り、薬指にキスを落とした。


その仕草があまりに自然で、あまりに色気があって。


私は、カッと顔が熱くなるのを感じた。


(……うっ、ずるい。条件面でも感情面でも、断る理由がないじゃない)


私は視線を泳がせた。


「……け、検討します。重要な案件ですので、稟議を通すのに時間がかかりますから」


「稟議先はお前の心だろう? 今すぐ決裁印を押せよ」


「急かさないでください! デューデリジェンス(資産査定)が終わっていません!」


私が赤面して喚くと、ジルベール様は「ふっ」と笑い、さらに顔を近づけてきた。


「なら、査定させてやる。……俺の価値を、体で確かめてみるか?」


「なっ……!?」


唇が触れそうになる距離。


完全に大人の雰囲気。


これはまずい。私の理性がショートする。


その時だった。


バンッ!!


大広間の扉が乱暴に開かれた。


「た、大変だぁぁぁー!!」


飛び込んできたのは、見張り役の兵士だった。


彼は血相を変えて叫んだ。


「て、敵襲!? いや、もっとヤバイのが来ました!」


「あ?」


ジルベール様が不機嫌そうに顔を上げる。いいところを邪魔されて、殺気が漏れている。


「なんだ。魔獣か? ドラゴンでも出たか?」


「違います! 王都からです! 王家の……『近衛騎士団』が到着しました!」


「近衛?」


兵士は震えながら続けた。


「ジェラルド王子の勅命だそうです! 『逆賊リーリン・アークライトおよび誘拐犯ジルベールを拘束し、王都へ連行せよ』と……!」


一瞬にして、宴会場の空気が凍りついた。


「……誘拐犯、だと?」


ジルベール様の目が、酔いなど一瞬で吹き飛ぶほど冷たく細められた。


私は彼の方から降り、服を整えて立ち上がった。


「……来ましたね。予想通り、力ずくできましたか」


私はメガネの位置を直し、ニヤリと笑った。


「いいでしょう。売られた喧嘩は、高く買い取って差し上げましょう」


「おい、リーリン。どうする気だ?」


「もちろん、迎撃です。ただし……」


私はチラリと、酔っ払った筋肉騎士団を見た。


彼らは「うぇ? 戦争?」とまだ状況が飲み込めていない。


「まずは、この酔っ払いどもを叩き起こすところからですね。……セバスチャン! 濃いコーヒーと、激辛ジンジャーエキスを持ってきて! 全員に飲ませなさい!」


「は、はいっ!」


「閣下は着替えてください。あの『勝負服(正装)』に」


「……分かった。王家の犬どもに、誰の土地に足を踏み入れたか教えてやる」


ジルベール様が立ち上がる。


甘い雰囲気は霧散し、私たちは再び「共犯者」の顔に戻っていた。


(プロポーズの返事は、この騒動が片付いてからね)


私は心の中でそう呟き、戦場(エントランス)へと向かった。


さあ、王都との全面戦争(という名の賠償金請求バトル)の始まりだ。
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