悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

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「閣下。至急、騎士団の詰所へ向かいます」


朝一番の執務室で、私は決算書を机に叩きつけながら立ち上がった。


ジルベール様がビクッとして、手入れしていた剣を取り落としそうになる。


「……どうした? 騎士団に何かあったのか? まさか、魔獣の襲撃か?」


「いいえ。もっと深刻な事態です」


私はメガネの位置を指先で直し(伊達メガネだ。知的に見せるための装備である)、冷然と言い放った。


「『使途不明金』です」


「……またか」


ジルベール様が嫌そうに顔をしかめる。


「前回のボルスの一件で、膿は出し切ったはずだろう?」


「ええ。ですが、新たな『膿』……いえ、『脂肪』がついているようです。騎士団の経費内訳に、極めて不自然な項目が散見されます」


私は手帳を開き、読み上げた。


「『対魔獣用特殊研磨剤』。毎月、ドラム缶十本分」

「『精神統一用瞑想香』。ローズの香り」

「『極秘作戦会議費』。……なぜか、王都の甘味処からの領収書」


「…………」


ジルベール様が沈黙する。


「どれもこれも、屈強な騎士団には似つかわしくない品目ばかりです。これは組織的な横領の疑いがあります。……行きますよ、閣下。私の『数字の尋問』は、剣よりも鋭いことを教えてあげましょう」





オルレアン騎士団の詰所は、男たちの汗と鉄の匂いが充満する、むさ苦しい場所だった。


「うおりゃぁぁぁ!」
「筋肉こそパワー!!」


練兵場では、丸太のような腕をした騎士たちが、上半身裸で剣を振るっている。


そこへ、私がコツコツとヒールを鳴らして侵入した。


背後には、般若のような顔(デフォルト)のジルベール様。


「げっ……! か、閣下!? それに、あの『金庫番の悪魔』も一緒だぞ!」


騎士たちがざわつき、蜘蛛の子を散らすように整列する。


その中心にいた、一際巨大な体躯の男――騎士団長のバルガスが、脂汗を流しながら進み出た。


「はっ! こ、これは閣下! ならびにリーリン様! 本日はどのようなご用件で……!?」


「単刀直入に聞くぞ、バルガス」


ジルベール様が低い声で唸る。


「リーリンが、お前たちの帳簿に不審な点があると言っている。……説明してもらおうか」


「ひぃっ! ふ、不審な点など滅相もございません! 我々は清廉潔白! 筋肉に誓って不正など……!」


「筋肉に誓う前に、この数字に誓ってください」


私は魔導計算機を突きつけた。


「バルガス団長。先月の『武器メンテナンス費』ですが、前年比で三〇〇%増加しています。戦争でも始めるおつもりですか?」


「そ、それは! 魔獣の皮が硬くなっておりまして! より切れ味を鋭くするために、高級な砥石が必要でして!」


「ほう。では、こちらの『被服費』の急増は? 鎧の下に着るインナーシャツだけで、金貨五十枚も計上されていますが? シルクのシャツでも着ているのですか?」


「あ、あー……それは! 肌触りが良くないと、剣の振りに迷いが生じるため、その、精神衛生上の必需品でして!」


バルガスの目が泳ぎまくっている。分かりやすい。


私はため息をつき、最後の一撃を放った。


「では、これが決定的な証拠です」


私は一枚の領収書をひらりと見せた。


「『王都通販ギルド』からの請求書。品目は『モテる男のバイブル・全十巻セット』および『薔薇色リップクリーム』。……これが騎士団の装備品だと?」


「ぶっ……!」


後ろで控えていた若い騎士が吹き出した。


バルガスの顔が、トマトのように赤く染まっていく。


「ち、ちが……それは……その……!」


「答えなさい! このふざけた支出は一体何ですか! 横領してまで欲しかったのが、リップクリームなのですか!?」


私が詰め寄ると、バルガスはその場に崩れ落ち、男泣きを始めた。


「うううっ……! すんません! 嘘つきましたぁぁぁ!」


「団長!」


部下たちが駆け寄る。


「違うんです、リーリン様! 俺たちは……俺たちはただ、閣下みたいになりたかったんです!」


「は?」


私とジルベール様は顔を見合わせた。


「閣下みたいに、って……どういうこと?」


バルガスは涙と鼻水を拭いながら、懐から例のポスター――『野獣の休息』を取り出した。


「これですよ! このポスター!」


「……!」


ジルベール様が「うわぁ」という顔で後ずさる。


「このポスターが出てからというもの、街の女たちの話題は閣下で持ちきりなんです! 『素敵』『ギャップ萌え』『抱かれたい』って!」


バルガスが熱弁を振るう。


「俺たちはずっと、強さこそ正義だと思って体を鍛えてきました! でも、モテない! 全然モテない! それなのに、閣下だけが『美肌』と『微笑み』でチヤホヤされている!」


「……まあ、確かに」


「だから俺たちも考えたんです! 閣下の真似をすればモテるんじゃないかと! だから……騎士団の予算で、美容クリームを買ったり、恋愛指南書を読んだり、ローズの香りで体臭を消そうと……!」


「うおおおおん! モテたいんだよぉぉぉ!」


騎士たち全員が号泣し始めた。


むさ苦しい男たちが一斉に泣き崩れる様は、地獄絵図である。


「…………」


私はこめかみを押さえた。


ジルベール様は顔を覆って、「俺のせなか……」と呻いている。


「……はぁ」


私は大きく息を吐き、計算機を閉じた。


「分かりました。事情は理解しました(同情はしませんが)」


「処刑ですか!? 横領罪で打ち首ですか!?」


バルガスが怯える。


「いいえ。……今回に限り、不問とします」


「えっ?」


「その代わり、条件があります」


私はニヤリと笑った。


「その『モテたい』という執念(エネルギー)。領地復興のために使ってもらいます」


「ふ、復興……?」


「ええ。あなた方が購入した美容グッズや指南書、使用後の『レビュー記事』を書きなさい。『騎士団も愛用! 過酷な訓練でも肌荒れ知らず!』というキャッチコピーで、商品の宣伝に使うのです」


「せ、宣伝……?」


「さらに、来週開催する『ふれあいイベント』にて、その鍛え上げた筋肉を披露しつつ、淑女たちにエスコート(お姫様抱っこ体験)を提供しなさい。参加費は一人銅貨五枚とします」


「おおっ!? 女の人と触れ合えるんですか!?」


騎士たちの目が輝く。


「ええ。ただし、マナーは徹底してもらいます。リップクリームで唇を潤し、ローズの香りを漂わせ、紳士的に振る舞うこと。……できますか?」


「やります! やらせてください!」


「よろしい。売り上げは全額、騎士団の活動費(および横領分の補填)に充てます。……さあ、立って! 今すぐ笑顔の練習(スマイルトレーニング)を始めますよ!」


「イエッサー! マダム!」


騎士たちがキビキビと動き出した。


先ほどまでの陰鬱な空気は消え、謎のやる気に満ち溢れている。


その様子を見ていたジルベール様が、呆然と呟いた。


「……お前、猛獣使いの才能もあるんじゃないか?」


「単純な生き物ほど、扱いやすいんですよ。餌(モテる可能性)をぶら下げれば、馬車馬のように働きますから」


私は手帳に『新規事業:筋肉アイドルユニット結成』とメモしながら答えた。


「……怖い女だ」


ジルベール様は苦笑し、それから少しだけ安堵したように息をついた。


「だが、助かった。あいつらを斬らずに済んだ」


「貴重な労働力(リソース)ですからね。損耗させるわけにはいきません」


私はツンと澄まして、出口へと歩き出した。


「さあ、戻りますよ閣下。次は……王都からの『本命』の攻撃に備えるための、防衛予算の見直しです」


「本命?」


「ええ。あのアホ王子が、手紙を燃やされたくらいで引き下がるとは思えませんから」


私の予感は的中することになる。


騎士団の「乙女化」騒動が落ち着いた頃、王都から本当の「嵐」が近づいていたのだ。
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