悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

文字の大きさ
16 / 28

16

しおりを挟む
「うおぉぉぉ! すげぇ! これが王都か!」
「人が多い! 建物が高い!」
「そして何より……女の子が可愛い!!」


王都のメインストリートを進む馬車の窓から、オルレアン騎士団の面々が身を乗り出して叫んでいる。


彼らは皆、この日のために新調したタキシード(筋肉でパツパツ)を着込み、髪をポマードで撫で付け、漂うローズの香り(使いすぎ)を撒き散らしていた。


「うるさいですね。田舎者丸出しですよ」


私は馬車の中でこめかみを押さえた。


「少しは静かになさい。王都の警備隊に通報されますよ、『熊の集団が脱走した』と」


「リーリン様! 見てくださいあそこのカフェ! 令嬢たちが優雅にお茶してます! 俺、あそこでプロテイン飲んでもいいですか!?」


「ダメです。出禁になります」


私はバルガス団長を一蹴し、向かいに座るジルベール様を見た。


彼は不機嫌そうに腕組みをして、眉間に深い谷を作っている。


「……人が多すぎる。全員、俺を見て逃げ惑えばいいのに」


「殺伐としないでください。今日は『社交』に来たのですから」


私は窓の外、懐かしい王都の町並みを眺めた。


石畳の道、レンガ造りの建物、着飾った人々。


かつては、ここが私の世界の全てだった。王子に気に入られるためにドレスを選び、評判を気にして生きていた場所。


だが、今の私には全く別の景色に見える。


「……あの噴水、水道代の無駄ですね。あそこの街灯も、魔石のグレードが高すぎてコストパフォーマンスが最悪です」


「お前の目には、街全体が『改善すべき不良債権』に見えているようだな」


「ええ。この国の財政赤字の原因が、透けて見えますわ」


私は不敵に笑った。





パーティ会場となる王城に到着した私たちは、控え室に通された。


「さあ、着替えましょう。戦闘服(ドレス)の準備はいいですか?」


私が指を鳴らすと、王都の有名店から取り寄せた最高級のドレスが運ばれてきた。


色は深いミッドナイトブルー。金糸の刺繍が施され、動くたびに星空のように煌めく。


「……派手すぎないか?」


ジルベール様が目を丸くする。


「いいえ。これは『威嚇』です。私が貧乏になって落ちぶれたと思っている連中に、格の違いを見せつけるための必要経費です」


私はドレスに袖を通し、鏡の前に立った。


宝石は、先日ジルベール様からもらったサファイアのブローチのみ。


(結局、橋にはならなかったけれど……まあ、ここぞという時の装備品としては優秀ね)


私はブローチを胸元に飾り、紅を引いた。


鏡の中の私は、かつての「王子の顔色を伺う婚約者」ではない。「自分の足で稼ぐ経営者」の顔をしていた。


「……どうですか、閣下?」


振り返ると、正装に着替えたジルベール様が、言葉を失って立ち尽くしていた。


漆黒の燕尾服に、真紅のサッシュ。撫で付けた黒髪と、鋭い赤い瞳。


魔王のような威圧感はあるが、それ以上に、息を呑むほどの色気がある。


「……綺麗だ」


彼がポツリと漏らした。


「ドレスが、ですか?」


「お前がだ。……あまり、他の男に見せたくないな」


彼がそっと近づき、私の腰に手を回す。


「独占契約を結びたいところだが……今夜は見せつけてやるとするか。『俺の女』がどれほど美しいかを」


「……ふふっ。上手い口説き文句ですね。チップを弾みたくなります」


私は照れ隠しに軽口を叩き、彼の腕に手を添えた。


「行きましょう、閣下。私たちの『殴り込み』の時間です」





大広間の巨大な扉の前。


中からは、オーケストラの優雅な演奏と、貴族たちの談笑が漏れ聞こえてくる。


「オルレアン辺境伯、ジルベール閣下! ならびに、リーリン・アークライト様、ご入場!」


衛兵が高らかに告げ、重厚な扉が左右に開かれた。


その瞬間。


ざわざわ……としていた会場が、水を打ったように静まり返った。


数百人の視線が、一斉に私たちに突き刺さる。


「……あれが、噂の辺境伯か?」
「なんて恐ろしいオーラだ……目が合っただけで石になりそう……」
「そして隣にいるのは、あの悪役令嬢リーリン?」
「国外追放されたはずじゃ……?」
「でも、なんて美しいの……」


恐怖と、好奇心と、羨望。


それらの視線を、私は悠然と受け止めた。


「閣下、顔を上げてください。堂々と。あなたがこの場の支配者であるかのように」


「……胃が痛い。早く帰りたい」


「スマイルです。あのポスターの顔を思い出して」


「くっ……!」


ジルベール様は引きつった笑みを浮かべた。それが逆に「余裕の冷笑」に見えたらしく、周囲の貴族たちが「ひぃっ」と後ずさる。


私たちはレッドカーペットの上を、優雅に歩いた。


その背後には、筋肉隆々の騎士たちが、窮屈そうなタキシード姿でズラリと続いている。彼らもまた、必死に「紳士的な笑顔(引きつっている)」を作っていた。


「あら、リーリン様じゃない?」
「よくもまあ、ぬけぬけと……」


扇で口元を隠した令嬢たちが、ヒソヒソと陰口を叩くのが聞こえる。


私は歩きながら、素早く彼女たちの身なりをチェックした。


(……ふん。あそこの伯爵夫人、ドレスは昨年のデザインね。資金繰りが苦しいのかしら。あっちの男爵は、靴の手入れが行き届いていない。精神的余裕がない証拠)


私の目には、彼女たちの頭上に『推定資産額』と『借金額』がポップアップウィンドウのように表示されている(ような気がした)。


「……リーリン。あそこに」


ジルベール様が小声で囁く。


視線の先、会場の最奥にある玉座の近く。


そこに、ジェラルド王子とミナの姿があった。


「!!」


ジェラルド様は、私を見るなりワイングラスを落としそうになっていた。


まるで幽霊でも見たかのような顔だ。


隣のミナも、目を白黒させている。


「……ごきげんよう、殿下」


私は王子の前まで進み出ると、完璧な角度のカーテシーを披露した。


「招待状をいただきましたので、参上いたしました。遅刻はしておりませんよね?」


「き、き、貴様……!」


ジェラルド様が震える指で私を指差す。


「よくも……よくも私の前に顔を出せたな! しかも、その男はなんだ!」


「ご紹介します。私の現在の雇用主であり、婚約者(仮)の、オルレアン辺境伯です」


「ジルベールだ」


ジルベール様が一歩前に出ると、その巨体と殺気に、ジェラルド様が「ひっ!」と椅子にへたり込んだ。


「殿下。手紙は読みましたよ。……よく燃えました」


ジルベール様がニヤリと笑う。


「な、な、無礼者ぉぉぉ! 衛兵! 衛兵は何をしている! こいつらを捕らえろ!」


ジェラルド様が叫ぶが、衛兵たちは動けない。ジルベール様の背後に控える筋肉騎士団が、無言の圧力(筋肉ポーズ)をかけているからだ。


「ジェラルド様ぁ、怖いですぅ……」


ミナが王子の腕にしがみつく。


そして、上目遣いで私を睨んだ。


「リーリン様ぁ、ひどいですぅ。ジェラルド様をいじめるなんてぇ。それにそのドレス、どこで買ったんですかぁ? お金ないくせに無理しちゃってぇ」


ミナはクスクスと笑った。


「どうせ偽物(イミテーション)でしょ? かわいそう……」


その言葉に、周囲の貴族たちも「そうだそうだ」「落ちぶれた公爵令嬢が」と同調する空気になる。


私はため息をついた。


「……偽物、ですか」


私は自分のドレスの裾をつまんだ。


「このドレスの生地は、東方幻獣『シルクワーム』の糸を紡いだもの。市場価格は金貨二百枚。そしてこのブローチは、南方諸島で産出される最高純度のサファイア。……鑑定士を呼んでもよろしくてよ?」


「えっ……?」


「対して、ミナ様。あなたのそのピンクのドレス」


私は彼女のドレスを指差した。


「王都のデパートで『量産品』として売られている既製品ですね? セールのタグが見え隠れしていますよ」


「なっ……!?」


ミナが慌てて背中を隠す。


「さらに、その首元のダイヤ。……輝きが鈍い。ガラス玉ですね? 予算削減ですか? それとも、王子に買ってもらえなかったのですか?」


「ち、ちが……これは……!」


「あら、かわいそう。王子の寵愛を受けているはずなのに、偽物を身につけさせられるなんて。……王家の財政は、そこまで逼迫しているのですか?」


私の声は、会場中によく響いた。


「な、なんだと!?」
「王家が金欠……?」
「そういえば最近、王子の支払いが悪いという噂が……」


貴族たちがざわつき始める。


ジェラルド様の顔が真っ赤になる。


「だ、黙れ黙れ! でたらめを言うな! 私は金などいくらでも持っている!」


「そうですか? では、これは何でしょう?」


私は懐から、一枚の紙を取り出した。


バサッ。


それは、私が今日のために用意していた『決定的証拠』その1だった。


「これは、私が婚約者時代に立て替えた費用の『詳細明細書』です。そしてこちらは……王都の各商店から買い取った、殿下の『未払い請求書』の束です」


「は……?」


「債権譲渡の手続きは済ませてあります。つまり現在、殿下の借金の債権者は……この私です」


私はニッコリと、悪魔の微笑みを浮かべた。


「さあ、殿下。この晴れやかなパーティの席で、ご返済計画についてお話し合いをしましょうか? それとも……今ここで、現金で耳を揃えてお返しいただけますか?」


「あ、あ、あ……」


ジェラルド様は、パクパクと口を開閉させ、そして白目を剥いて泡を吹いた。


ドサッ。


「ジェラルド様ぁぁぁ!?」


王子、気絶。


会場は騒然となった。


私は冷ややかにその様子を見下ろし、ジルベール様に目配せをした。


「……とりあえず、第一ラウンドは私の勝ちですね」


「容赦ないな。気絶した相手からどうやって回収するんだ?」


「叩き起こしてでも回収しますよ。……お楽しみはこれからですわ」


王城のパーティ会場は、優雅な社交場から、血も涙もない「債権回収の場」へと変貌しようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

婚約破棄されたので契約を終了しただけですが? ~王国が崩壊したのは私のせいではありません~

しおしお
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 王太子レオナードは突然、婚約者である公爵令嬢アデリーナとの婚約破棄を宣言する。 隣に立つのは、涙を流す義妹ミレイナ。 「お姉様に虐げられてきました」と訴える彼女の言葉を、貴族たちは信じてしまう。 悪女として断罪され、追放を宣告されるアデリーナ。 だが彼女は怒りも悲しみも見せず、ただ静かに微笑んだ。 「承知いたしました。では――契約を終了いたします」 その一言が、すべての始まりだった。 公爵家による融資、貿易、軍需支援。 王国を支えていたすべてが、静かに停止する。 財務は崩壊し、軍は止まり、商人は離反。 王都は混乱に包まれていく。 やがて明らかになる義妹の嘘。 そして王太子の責任。 すべてが暴かれたとき、二人を待っていたのは―― 完全な破滅だった。 一方アデリーナは、隣国で静かな紅茶の時間を過ごしていた。 これは、 婚約破棄された公爵令嬢が“何もしなかった”ことで始まる、 王国崩壊と地獄のざまぁの物語。 ――その報告書を、彼女が読むことは一度もなかった。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜

しおしお
恋愛
バブルに沸くアルビオン王国。 「エルドラド株」を持たぬ者は時代遅れ―― そう嘲笑いながら、実体のない海外権益へ全財産を注ぎ込む貴族たち。 自らを“投資の天才”と称し、増税に苦しむ民を見下す日々。 若き女王リリアーナは、その狂騒を静かに見つめていた。 やがて始まる王室監査。 暴かれる虚偽契約。 崩れ落ちる担保。 連鎖する破綻。 昨日まで「時代の勝者」を気取っていた特権階級は、一夜にして無一文へ。 泣きつく彼らに、女王はただ微笑む。 ――“皆様の尊いご投資、確かに受け取りましたわ” 没収された富は国庫へ。 再配分された資源は民へ。 虚飾を砕き、制度を再設計し、王国を立て直す。 これは復讐譚ではない。 清算と再建の物語。 泡沫の王国に、女王の鉄槌が下される。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...