悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

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「はっ……! ここは……? 私は一体……?」


大広間の床で、ジェラルド第二王子がパチクリと目を覚ました。


気絶していたのはほんの数分。


すぐに現状(借金まみれの現実)を思い出したようで、彼は跳ね起きて私の顔を見るなり、「ヒィッ!」と悲鳴を上げた。


「お、おはようございます殿下。お目覚めが早くて残念ですわ。利子の計算がまだ終わっていませんでしたのに」


私は電卓を叩きながら見下ろした。


「き、貴様……! よくも公衆の面前で私に恥を……! これらは全てでっち上げだ! 偽造だ!」


ジェラルド様は顔を真っ赤にして、私が提示した請求書の束を払い除けた。


「そうだわ! 偽造よ!」


隣にいたミナも、ここぞとばかりに叫んだ。


「みんな聞いてぇ! このリーリンって女、とんでもない嘘つきなんですぅ! 私たちがお金がないなんて嘘! 自分が王子に捨てられた腹いせに、こんな書類を作って嫌がらせをしているんですぅ!」


ミナは両手で顔を覆い、肩を震わせ始めた。


「ううっ……ひどい……怖かったぁ……。私、ただジェラルド様と愛し合っていただけなのにぃ……なんでこんなにイジメられなきゃいけないのぉ……」


ポロポロと、大粒の涙(のような液体)が彼女の指の間からこぼれ落ちる。


その「可憐な被害者」の演技は、なかなかに堂に入ったものだった。


ざわざわ……。


周囲の貴族たちが動揺し始める。


「確かに、公爵令嬢とはいえ、王族の借金を買い取るなんて資金力が本当にあるのか?」
「嫉妬に狂った女なら、やりかねない……」
「ミナ様がかわいそうだ……」


空気が変わる。


判官びいきというやつか、それともミナの「守りたくなる小動物ムーブ」が効いているのか。


ジェラルド様が勢いづく。


「見たか! 真実の愛の涙を! 貴様のような冷血女には流せない、清らかな涙だ!」


「……はぁ」


私は今日一番の深いため息をついた。


そして、懐から清潔なハンカチを取り出し、ミナに差し出した。


「どうぞ、お拭きください」


「えっ……?」


ミナがキョトンとして顔を上げる。


「化粧が崩れていますよ。安いファンデーションを使っているから、涙でドロドロに溶けてホラー映画のようになっています」


「ひっ……!?」


ミナが慌てて鏡を見る(持っていないが)。


「それに、訂正させていただきます。涙の成分は九八%が水分、残りはタンパク質と塩分です。そこに『清らか』とか『汚い』という定性的な評価基準は存在しません」


私は一歩踏み込み、ミナを見下ろした。


「泣けば許される。泣けば同情を買える。……その思考停止した戦略(メソッド)、いつまで通用すると思っているのですか?」


「な、なによぉ……! イジメないでよぉ!」


「イジメではありません。コンサルティングです。あなたのその涙は、問題解決には一ミリも貢献しません。借金は減らない。金利は止まらない。現実逃避のための水分排出など、脱水症状を招くだけの無駄な生理現象です」


「う、うわぁぁぁぁん!! ジェラルド様ぁ! なんか難しい言葉で罵倒されましたぁ!」


ミナが王子にしがみつく。


ジェラルド様が私を睨みつける。


「貴様! ミナを泣かせるな! やはり貴様は悪役令嬢だ! 心がないのか!」


「心はありますよ。ただ、感情よりも勘定を優先させているだけです」


私は冷ややかに言い放った。


「さて、偽造だと言いましたね? では証人を呼びましょう」


私はパチンと指を鳴らした。


「ガストン支店長! ハリー商会長! いらっしゃいますか?」


群衆の中から、二人の男が進み出てきた。


王都の経済界を牛耳る大物たちだ。


「お、お呼びでございますか、リーリン様……」
「ご機嫌麗しゅう……」


二人は、私の背後にいる「魔王」ジルベール様をチラチラと見て、顔を引きつらせながらも証言台(という名の私の横)に立った。


「彼らは、私が『クリスタル・ジンジャー』の販売権と引き換えに、多額の現金を得たことを証明してくれます。……ね?」


「は、はい! 間違いありません! リーリン様には莫大なロイヤリティをお支払いしました!」
「我々ハリー商会も、彼女の物流改革により巨額の利益を……! 彼女の資金力は本物です!」


商会トップたちの証言に、会場がどよめく。


「なんてことだ……あのジンジャーブームの仕掛け人は彼女だったのか?」
「じゃあ、借金買い取りも本当なのか……?」
「王家、マジで金欠……?」


形成逆転。


ジェラルド様が青ざめる。


「くっ……! 商人まで味方につけたか……! だが、金があるからといって、私が貴様を選ぶことはない! 私に必要なのは、癒やしと優しさだ! 金勘定ばかりする女など願い下げだ!」


「奇遇ですね。私も、金遣いの荒い男は願い下げです」


私は隣のジルベール様を見上げた。


「ねえ、閣下」


「……なんだ」


ジルベール様はずっと不機嫌そうに黙っていたが、私が声をかけると、すぐに私の方を向いた。


「閣下なら、どうしますか? もし私が泣いたら」


「……お前が?」


彼は少し考え込み、真顔で答えた。


「誰に泣かされたかを聞き出し、そいつを物理的に排除する。その後、お前が泣き止むまで、好きなだけ金貨を積む」


「…………」


会場の令嬢たちが「きゃあああっ♡」と悲鳴を上げた。


「聞いた!? 『好きなだけ金貨を積む』ですって!」
「なんて男らしいの!」
「解決策が具体的かつパワフル!」


一方、ミナに対して「よしよし」と頭を撫でるだけのジェラルド様。


対比は残酷なほど明らかだった。


さらに、ここで私の秘密兵器が火を吹いた。


「さあ、レディたち! 退屈な茶番は終わりだ! 俺たちと踊りませんか!」


バルガス団長率いる、オルレアン筋肉騎士団が動き出したのだ。


彼らは訓練通り、ぎこちなくも紳士的なお辞儀をし、壁の花になっていた令嬢たちに手を差し伸べた。


「お嬢さん。そのドレス、よくお似合いだ。俺の筋肉と同じくらい輝いてるぜ」
「重たい荷物(心の悩み)があれば、俺が持ちますよ。ベンチプレス150キロまでなら余裕です」


一見ふざけた口説き文句だが、彼らの瞳は真剣そのもの。そして何より、漂うローズの香り(使いすぎ)と、美容クリームで整えた肌(テカテカ)が、妙な清潔感を醸し出している。


「ま、まぁ……強そう……」
「頼りになりそう……」
「王都のひ弱な騎士様より、ずっと素敵かも……!」


令嬢たちが次々と、筋肉の腕に絡め取られていく。


「な、なんだあれは!?」


近衛隊長が目を剥く。


「ふふん。我が領の精鋭たちです」


私は胸を張った。


「彼らは『モテたい』という一心で、マナー研修と美容活動に励みました。口先だけの王都の騎士とは、ハングリー精神(と筋肉量)が違います」


会場の空気は、完全にオルレアン・サイドに傾いた。


ジェラルド様とミナは、完全に孤立していた。


「く、くそぉぉぉ……! なんでだ! なんで誰も私を敬わない! 私は王子だぞ!」


ジェラルド様が地団駄を踏む。


追い詰められた彼は、ついに禁断の一手に手を出した。


「ええい、もう我慢ならん! 衛兵! 近衛騎士団! やれ! こいつらを斬り捨てろ!」


「えっ……?」


「聞こえんのか! これは反逆だ! 国家転覆の陰謀だ! その場で処刑して構わん!」


錯乱した王子の命令。


それは、パーティ会場を修羅場に変える、最悪の一言だった。


「……殿下、正気ですか?」


近衛隊長さえも躊躇する。


「やれと言っているんだ!!」


ジェラルド様が近くの衛兵から剣を奪い取り、自ら私に向かって突進してきた。


「死ねぇぇぇ! この悪魔女めぇぇぇ!」


切っ先が、私の喉元に向けられる。


私は動かなかった。


避ける必要がないことを、知っていたからだ。


ガキンッ!!


金属音が響き、王子の剣が空中で弾き飛ばされた。


「……俺の女に、刃物を向けるなと言ったはずだ」


私の目の前に、漆黒の背中があった。


ジルベール様が、抜き身の剣を片手に立っていた。いつ抜いたのか見えないほどの神速。


「ひぃっ……!」


ジェラルド様が尻餅をつく。


ジルベール様は剣先を王子の鼻先に突きつけ、地を這うような声で告げた。


「次はないぞ。……国を敵に回しても、俺はこの女を守る」


その姿は、まさに魔王。


しかし、会場の誰もが、その魔王に恐怖ではなく「喝采」を送っていた。


(……勝負あり、ですね)


私は心の中で勝利宣言をした。


だが、物語はまだ終わらない。


「――そこまでだ!!」


威厳のある声が、頭上から響き渡った。


大階段の上に、王冠を戴いた初老の男性が立っていた。


「……国王陛下」


ラスボスの登場である。


「騒ぎはそこまでとせよ。……ジェラルド、そしてオルレアン辺境伯よ。話は余が聞く」


国王の鋭い眼光が、私に向けられた。


「リーリン嬢。……我が息子の尻拭い、ご苦労であったな」


どうやら、王様は全てお見通しのようだった。
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