悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

文字の大きさ
23 / 28

23

しおりを挟む
「痛いっ! ああっ、爪が! 私の美しい爪が割れてしまった!」


北の果てにある、王家直轄の鉱山。
吹きすさぶ寒風の中、かつてないほど情けない悲鳴が響き渡った。


声の主は、ボロボロの作業着(囚人服に近い)を身に纏った、元第二王子ジェラルドである。


彼の手には、重たいツルハシ。足元には、砕け散った岩の欠片。
そして指先には、小さなささくれができていた。


「大惨事だ……! 誰か! 誰か侍医を呼べ! 緊急手術だ!」


ジェラルドが岩場にへたり込んで叫ぶ。


しかし、駆けつけてきたのは侍医ではなく、筋肉隆々の現場監督だった。


「おい、新人! 何サボってやがる!」


「サ、サボってなどいない! 負傷だ! 労働災害だ! 労災を申請する!」


「あぁ? ささくれ一つで労災だと? ふざけるな!」


ドスッ!


監督のゲンコツが、ジェラルドの頭に炸裂した。


「痛ぁぁぁい! ぶったな! 父上にもぶたれたこと……あ、最近ぶたれたわ」


ジェラルドは涙目で頭を抱えた。


「いいか、お前の今日のノルマはトロッコ三台分だ! まだ半分も終わってねぇぞ! 終わらなけりゃ晩飯は抜きだ!」


「そ、そんな殺生な! 私は王子だぞ!?」


「『元』だろ。今はただの借金まみれの労働者番号4098番だ。……ほら、さっさと動け!」


監督は容赦なく鞭(威嚇用)を鳴らした。


「ひぃっ! や、やります! やればいいんでしょう!」


ジェラルドは泣きながらツルハシを振り上げた。


ガチン! ガチン!


慣れない手つきで岩を叩く。


かつて剣の稽古すらサボり、ダンスと夜会に明け暮れていた彼の身体は、悲鳴を上げている。


「くそっ……くそっ……! なぜ私がこんな目に……! 全部あの女のせいだ! リーリンめぇぇぇ!」


彼は岩をリーリンの顔だと思って叩いた。
皮肉なことに、怒りを込めた分だけ作業効率が上がり、岩が砕けていく。


「……ジェラルド様ぁ。もう無理ですぅ……」


少し離れた場所で、力のない声がした。


そこには、泥だらけになった元男爵令嬢、ミナがいた。


彼女の仕事は、砕かれた鉱石を選別し、カゴに入れて運ぶ作業だ。


かつてはフリルのついたドレスを着ていた彼女も、今は灰色の作業着姿。自慢の巻き髪はボサボサで、顔は煤で真っ黒だ。


「重いよぉ……。こんな石ころ、ダイヤモンドじゃないなら運ぶ価値ないよぉ……」


ミナはその場に座り込み、いつもの必殺技を発動した。


「うえぇぇぇん! 誰か助けてぇ! 私、か弱い女の子なんですぅ! こんなことしたら死んじゃうぅ!」


彼女は上目遣いで周囲の屈強な鉱夫たちを見渡した。


今までなら、これで男たちはイチコロだった。


しかし。


「……おい、あいつまた泣いてるぞ」
「うぜぇな。泣いても石は軽くなんねぇぞ」
「塩分で鉄が錆びるからやめてほしいよな」


鉱夫たちの反応は冷ややかだった。


ここは命がけの現場。自分のノルマで手一杯の男たちにとって、仕事もしないで泣き喚く女は「邪魔者」でしかない。


「なんでよぉ! なんで誰も優しくしてくれないのよぉ!」


ミナが逆ギレして石を投げ捨てる。


「お前らなんか全員、王族不敬罪で死刑にしてやるぅ!」


「はいはい。死刑にする前に、そのカゴいっぱいにしてな」


通りがかりのおばちゃん(食堂係)が、冷たく言い放った。





夕方。


ようやく一日の労働が終わった。


ジェラルドとミナは、泥のように疲れて食堂の長椅子に倒れ込んだ。


「……腹が減った」
「……喉が渇いた」


二人の前に置かれたのは、薄いスープと、黒くて固いパンが一つずつ。


「なんだこれは! 家畜の餌か!」


ジェラルドが叫ぶ。


「文句があるなら食うな。代わりはいくらでもいるんだ」


配膳係が無慈悲に告げる。


ジェラルドは悔しさに唇を噛み締めながら、スープを啜った。


味は薄い。だが、労働の後の空腹には染み渡る。


「……うまい」


思わず本音が漏れた。


王宮で食べていた最高級のコンソメスープよりも、なぜか体に染みる。


「……ジェラルド様。私のパン、半分あげますぅ」


隣でミナが、自分のパンを差し出してきた。


「ミナ……!」


ジェラルドは感動した。


「やはり君は優しいな! 君こそ真実の愛……」


「その代わり、私の借金、半分肩代わりしてくださいねぇ?」


「……は?」


「だってぇ、ジェラルド様がプレゼント攻撃なんてするから借金増えたんじゃないですかぁ。責任取ってくださいよぉ」


ミナの目は笑っていなかった。完全に「損切り」のタイミングを計っている目だ。


「き、君……そんな……」


「あーあ。こんなことなら、隣国のハゲ富豪の求婚を受けておくんだったなぁ。……ねえ、このパンあげるから、サインしてくださいよ。『債務引受書』に」


「いらん! パンなどいらん!」


ジェラルドはパンを突き返した。


「愛はどうした! 共に困難を乗り越えるのが愛だろう!」


「愛で腹は膨れないって、リーリン様が言ってましたよぉ」


「あいつの名前を出すなぁぁぁ!」


食堂にジェラルドの絶叫が響く。


そこへ。


「お届けものですー!」


郵便配達員が入ってきた。


「労働者番号4098番、ジェラルドさんに、リーリン・アークライト様からお荷物です」


「げっ……!」


ジェラルドとミナが凍りつく。


配達員が置いていったのは、小さな木箱だった。


恐る恐る開けてみると、中に入っていたのは――。


一枚の紙と、安物のそろばん。


そして、『差し入れ』と書かれた袋に入った、高級チョコレートが一粒だけ。


「……手紙だ」


ジェラルドは震える手で紙を読んだ。


『拝啓 労働者の諸君へ。


北の寒さは身に沁みることでしょう。


さて、王都の財務省より、あなた方の初任給のデータが届きました。


日当:銅貨50枚。
そこから食費、寮費、光熱費、道具レンタル代を差し引くと、手取りは銅貨5枚です。


現在、あなた方の借金総額は金貨一億五千万枚(違約金含む)。


これを年利15%の複利計算で返済シミュレーションした結果、完済予定日は以下の通りとなります。


【完済予定:西暦3500年 8月】


約1500年後ですね。
来世、再来世、そのまた来世まで頑張って働き続けてください。


追伸:そのチョコレートは、王都で一粒金貨一枚で売られている高級品です。味わって食べてくださいね。あなた方の日当の二十倍の価値がありますから。


リーリンより愛(皮肉)を込めて』


「…………」


ジェラルドの手から、手紙がヒラヒラと落ちた。


1500年。


その絶望的な数字に、彼の脳が思考を停止した。


「あ、チョコだ! いただきぃ!」


横からミナが手を伸ばし、チョコをパクっと口に入れた。


「ああっ!? 貴様! 私のチョコを!」


「早い者勝ちですぅー! んー、甘ぁい! 労働の味がしますぅ!」


「返せ! 吐き出せ! それは金貨一枚分の価値なんだぞ!」


ジェラルドがミナに掴みかかる。


「いやぁ! セクハラぁ! 監督ぅ、助けてぇ!」


「またお前らか! 喧嘩する元気があるなら夜勤に行け!」


ドカッ! バキッ!


監督の鉄拳制裁が二人に落ちる。


「あべしっ!」
「ひでぶっ!」


二人は仲良く床に転がった。


冷たい床の上で、ジェラルドは天井を見上げ、一筋の涙を流した。


(……リーリン。お前は……お前はいつも、正しかったんだな……)


金の重み。労働の尊さ。そして、計画性の重要さ。


皮肉にも、彼女が口酸っぱく言っていた小言の意味を、彼はこの北の果てでようやく理解し始めていた。


(だが……1500年は長すぎるだろぉぉぉ!!)


彼の心の叫びは、吹雪にかき消されていった。





一方その頃。


オルレアン領へ向かう馬車の中で。


「……くしゅん」


私は可愛らしくくしゃみをした。


「どうした? 風邪か?」


隣でジルベール様が心配そうに私の肩に毛布をかける。


「いいえ。誰かが私の噂をしているようです。……おそらく、北の方角から」


私はニヤリと笑った。


「今頃、現実の厳しさと、複利の恐ろしさを噛み締めている頃でしょうね」


「……お前、本当に楽しそうだな」


「ええ。教育(エデュケーション)は私のライフワークですから」


私は窓の外を見た。


見慣れた山々が近づいてきている。


「さあ、見えてきましたよ、閣下。私たちの領地が」


「ああ。……帰ってきたな」


遠くに見えるオルレアンの城壁。


そこには、私たちを待つ人々がいる。


ジェラルド様たちの物語は「THE END」だが、私たちの物語はここからが「START」だ。


「忙しくなりますよ、閣下。結婚式の準備に、領地の大改革。……休む暇なんてありませんからね!」


「望むところだ。……一生、こき使ってくれ」


ジルベール様が私の手を握り、私たちは笑い合った。


馬車は、希望という名の利益に向かって、軽やかに走り抜けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

婚約破棄されたので契約を終了しただけですが? ~王国が崩壊したのは私のせいではありません~

しおしお
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 王太子レオナードは突然、婚約者である公爵令嬢アデリーナとの婚約破棄を宣言する。 隣に立つのは、涙を流す義妹ミレイナ。 「お姉様に虐げられてきました」と訴える彼女の言葉を、貴族たちは信じてしまう。 悪女として断罪され、追放を宣告されるアデリーナ。 だが彼女は怒りも悲しみも見せず、ただ静かに微笑んだ。 「承知いたしました。では――契約を終了いたします」 その一言が、すべての始まりだった。 公爵家による融資、貿易、軍需支援。 王国を支えていたすべてが、静かに停止する。 財務は崩壊し、軍は止まり、商人は離反。 王都は混乱に包まれていく。 やがて明らかになる義妹の嘘。 そして王太子の責任。 すべてが暴かれたとき、二人を待っていたのは―― 完全な破滅だった。 一方アデリーナは、隣国で静かな紅茶の時間を過ごしていた。 これは、 婚約破棄された公爵令嬢が“何もしなかった”ことで始まる、 王国崩壊と地獄のざまぁの物語。 ――その報告書を、彼女が読むことは一度もなかった。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜

しおしお
恋愛
バブルに沸くアルビオン王国。 「エルドラド株」を持たぬ者は時代遅れ―― そう嘲笑いながら、実体のない海外権益へ全財産を注ぎ込む貴族たち。 自らを“投資の天才”と称し、増税に苦しむ民を見下す日々。 若き女王リリアーナは、その狂騒を静かに見つめていた。 やがて始まる王室監査。 暴かれる虚偽契約。 崩れ落ちる担保。 連鎖する破綻。 昨日まで「時代の勝者」を気取っていた特権階級は、一夜にして無一文へ。 泣きつく彼らに、女王はただ微笑む。 ――“皆様の尊いご投資、確かに受け取りましたわ” 没収された富は国庫へ。 再配分された資源は民へ。 虚飾を砕き、制度を再設計し、王国を立て直す。 これは復讐譚ではない。 清算と再建の物語。 泡沫の王国に、女王の鉄槌が下される。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...