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「……ふぅ。これで全資産の凍結および没収手続きが完了しました」
スネーク商会へのガサ入れから数日後。
私は王城の財務執務室(なぜか私が自由に使っていいことになった)で、書類の山と格闘し終え、大きく伸びをした。
「スネーク商会の隠し口座から出てきたのは、金貨約百万枚。さらに、武器の在庫、裏帳簿、顧客リスト……。これらを全て国庫に納める代わりに、約束通り『摘発報酬(コミッション)』として三割を頂戴します」
「三割だと? 強欲な女め……」
向かいのソファで、国王陛下が渋い顔をしている。
「本来なら五割と言いたいところですが、陛下には今後も『クリスタル・ジンジャー』の太客でいていただかねばなりませんから。特別割引(サービス)です」
私は書類にサインをし、国王に差し出した。
「これで、私の仕事は終わりです。港の貿易摩擦も、海賊騒ぎも、王都の武器密売ルートも、全て解決しました」
「うむ。……見事な手際だった。我が国の財務大臣にしたいという話は、まだ断るのか?」
「お断りします。私は辺境の田舎暮らしが気に入っていますので」
私は即答した。
国王陛下は残念そうに肩をすくめ、それからニヤリと笑った。
「まあ、良い。その代わり……ジェラルドへの教育的指導は、今後も頼むぞ」
「……まだ何か?」
「奴は今、王城の庭で雑草むしりをさせている。日当は銅貨十枚だ」
「妥当な金額ですね」
「だが、奴が『リーリンに会いたい』とうるさくてな。『謝れば許してくれるはずだ』とまだ寝言を言っている」
「……学習能力が欠如していますね」
私は立ち上がった。
「会う必要はありません。時間の無駄です。……ですが、最後に一つだけ『餞別』を置いていきましょう」
私は懐から、一枚の紙を取り出した。
それは、私が夜なべして作成した『人生再建計画書(スパルタ版)』だ。
「これを殿下に。労働の喜びと、複利計算の恐ろしさを学べるカリキュラムになっています」
「……鬼だな。だが、渡しておこう」
王は苦笑して受け取った。
「世話になったな、リーリン。……オルレアン卿によろしくな」
「はい。では、失礼いたします」
私は優雅にカーテシーをして、退室した。
廊下に出ると、そこには壁にもたれて待っていたジルベール様の姿があった。
「終わったか?」
「ええ。たっぷり稼がせていただきました」
私は鞄をポンと叩いた。中には、今回の報酬が入った小切手が入っている。
「これで橋の修繕も、道路の整備も、加工場の拡張も……全部できますよ!」
「……お前、本当に嬉しそうだな」
ジルベール様が微笑ましそうに私を見る。
「当然です。さあ、帰りましょう閣下! 私たちの愛の巣(辺境)へ!」
「愛の巣、か。……悪くない響きだ」
ジルベール様が私の腰を引き寄せ、私たちは王城を後にした。
◇
帰りの馬車の中は、行きとは打って変わって穏やかな空気が流れていた。
窓の外には、のどかな田園風景が広がっている。
「……なあ、リーリン」
ジルベール様が、私の手遊び(指で金利計算をしていた)を止めるように、私の手を握った。
「はい?」
「王都での騒ぎも片付いたし、スネーク商会も潰した。……そろそろ、真面目な話をしてもいいか?」
「真面目な話? 今後の領地経営方針についてですか?」
「違う。……結婚式の話だ」
「!」
私の指がピクリと止まった。
「け、結婚式……ですか」
そういえば、私たちはまだ正式な式を挙げていなかった。契約上の「妻」として振る舞っていただけで、世間的には「婚約者」あるいは「内縁の妻」状態だ。
「ああ。領地に戻ったら、すぐにでも挙げたい。派手なのは嫌いだが……けじめとしてな」
ジルベール様は真剣な眼差しで私を見つめた。
「領民たちも期待している。『いつ奥方様と旦那様の晴れ姿が見られるんだ』ってな」
「……経費がかかりますね」
私は照れ隠しに、いつもの台詞を口にした。
「ドレス代、会場設営費、料理代……。招待客への引き出物も必要ですし」
「金ならあるだろう? 今回の報酬を使えばいい」
「それはインフラ整備に……」
「リーリン」
ジルベール様が、私の言葉を遮った。
「俺は、お前の花嫁姿が見たいんだ」
「……っ」
「あの夜会のドレスも綺麗だったが……純白のドレスを着たお前は、もっと綺麗だろうな」
彼は私の頬に手を添え、親指で優しく撫でた。
「俺のために、着てくれないか?」
ズキュン。
胸の奥を撃ち抜かれた音がした。
(……うっ、この魔王様、最近『おねだり』の威力が上がっていない?)
私の計算(理性)が、音を立てて崩れていく。
「……わ、分かりました。分かりましたよ」
私は視線を逸らし、小さく答えた。
「やります。やればいいんでしょ。……その代わり、予算は私が組みますからね! 無駄遣いは許しませんよ!」
「ああ。任せる」
ジルベール様が嬉しそうに笑う。
「それと……もう一つ」
「まだあるんですか?」
「式の後は……その、なんだ」
急に、ジルベール様が歯切れ悪くなった。
視線を泳がせ、耳まで赤くなっている。
「初夜……だろう?」
ブフォッ!!
私は自分の唾でむせそうになった。
「しょ、しょしょ、初夜!?」
「当たり前だ。夫婦になるんだからな。……その、契約書には『寝室は別』とあったが、あれは破棄するんだろう?」
「そ、それは……そうですけど……!」
「俺は、お前との……子供も、欲しいと思っている」
「こ、子供ぉぉぉ!?」
私の顔から火が出た。湯気が出るレベルで熱い。
「将来の……後継者(インベスター)育成の話ですか……?」
「投資の話じゃない。俺とお前の、家族の話だ」
ジルベール様が、私の手を両手で包み込んだ。
「俺に似て力が強く、お前に似て賢い……そんな子供がいたら、賑やかで楽しいだろうなと思ってな」
彼の想像の中の未来図が、私にも伝染する。
小さな男の子が、計算機片手に魔獣を追い回している図。
(……悪くないかも)
いや、むしろ最高にカオスで楽しそうだ。
「……そう、ですね」
私は蚊の鳴くような声で答えた。
「……生産性の高い、優秀な遺伝子を残すのは……生物としての義務ですし……」
「顔が赤いぞ、リーリン」
「う、うるさいです! 夕日のせいです!」
私は両手で頬を隠した。
「……とにかく! その契約(結婚)は『終身契約』になりますからね! 途中解約は認めませんよ!」
「望むところだ」
「もし浮気したり、私を悲しませたりしたら……違約金として、あなたの人生すべてを徴収しますから!」
私は精一杯の虚勢を張った。
「覚悟してくださいね!」
「ああ。……もうとっくに、俺の人生はお前のものだ」
ジルベール様は優しく微笑み、私を引き寄せて抱きしめた。
「愛してる、リーリン」
耳元で囁かれたその言葉は、どんな甘い蜜よりも、どんな高価な宝石よりも、私の心を満たした。
「……私もです、ジルベール」
私は彼の胸に顔を埋め、小さく呟いた。
「……計算外の利益(愛)を、ありがとう」
馬車は夕日の中、幸せを乗せて走り続ける。
目指すは私たちの家、オルレアン辺境伯領。
そこには、騒がしい騎士たちと、温かい領民たち、そして……山積みの仕事(幸せな日常)が待っているはずだ。
スネーク商会へのガサ入れから数日後。
私は王城の財務執務室(なぜか私が自由に使っていいことになった)で、書類の山と格闘し終え、大きく伸びをした。
「スネーク商会の隠し口座から出てきたのは、金貨約百万枚。さらに、武器の在庫、裏帳簿、顧客リスト……。これらを全て国庫に納める代わりに、約束通り『摘発報酬(コミッション)』として三割を頂戴します」
「三割だと? 強欲な女め……」
向かいのソファで、国王陛下が渋い顔をしている。
「本来なら五割と言いたいところですが、陛下には今後も『クリスタル・ジンジャー』の太客でいていただかねばなりませんから。特別割引(サービス)です」
私は書類にサインをし、国王に差し出した。
「これで、私の仕事は終わりです。港の貿易摩擦も、海賊騒ぎも、王都の武器密売ルートも、全て解決しました」
「うむ。……見事な手際だった。我が国の財務大臣にしたいという話は、まだ断るのか?」
「お断りします。私は辺境の田舎暮らしが気に入っていますので」
私は即答した。
国王陛下は残念そうに肩をすくめ、それからニヤリと笑った。
「まあ、良い。その代わり……ジェラルドへの教育的指導は、今後も頼むぞ」
「……まだ何か?」
「奴は今、王城の庭で雑草むしりをさせている。日当は銅貨十枚だ」
「妥当な金額ですね」
「だが、奴が『リーリンに会いたい』とうるさくてな。『謝れば許してくれるはずだ』とまだ寝言を言っている」
「……学習能力が欠如していますね」
私は立ち上がった。
「会う必要はありません。時間の無駄です。……ですが、最後に一つだけ『餞別』を置いていきましょう」
私は懐から、一枚の紙を取り出した。
それは、私が夜なべして作成した『人生再建計画書(スパルタ版)』だ。
「これを殿下に。労働の喜びと、複利計算の恐ろしさを学べるカリキュラムになっています」
「……鬼だな。だが、渡しておこう」
王は苦笑して受け取った。
「世話になったな、リーリン。……オルレアン卿によろしくな」
「はい。では、失礼いたします」
私は優雅にカーテシーをして、退室した。
廊下に出ると、そこには壁にもたれて待っていたジルベール様の姿があった。
「終わったか?」
「ええ。たっぷり稼がせていただきました」
私は鞄をポンと叩いた。中には、今回の報酬が入った小切手が入っている。
「これで橋の修繕も、道路の整備も、加工場の拡張も……全部できますよ!」
「……お前、本当に嬉しそうだな」
ジルベール様が微笑ましそうに私を見る。
「当然です。さあ、帰りましょう閣下! 私たちの愛の巣(辺境)へ!」
「愛の巣、か。……悪くない響きだ」
ジルベール様が私の腰を引き寄せ、私たちは王城を後にした。
◇
帰りの馬車の中は、行きとは打って変わって穏やかな空気が流れていた。
窓の外には、のどかな田園風景が広がっている。
「……なあ、リーリン」
ジルベール様が、私の手遊び(指で金利計算をしていた)を止めるように、私の手を握った。
「はい?」
「王都での騒ぎも片付いたし、スネーク商会も潰した。……そろそろ、真面目な話をしてもいいか?」
「真面目な話? 今後の領地経営方針についてですか?」
「違う。……結婚式の話だ」
「!」
私の指がピクリと止まった。
「け、結婚式……ですか」
そういえば、私たちはまだ正式な式を挙げていなかった。契約上の「妻」として振る舞っていただけで、世間的には「婚約者」あるいは「内縁の妻」状態だ。
「ああ。領地に戻ったら、すぐにでも挙げたい。派手なのは嫌いだが……けじめとしてな」
ジルベール様は真剣な眼差しで私を見つめた。
「領民たちも期待している。『いつ奥方様と旦那様の晴れ姿が見られるんだ』ってな」
「……経費がかかりますね」
私は照れ隠しに、いつもの台詞を口にした。
「ドレス代、会場設営費、料理代……。招待客への引き出物も必要ですし」
「金ならあるだろう? 今回の報酬を使えばいい」
「それはインフラ整備に……」
「リーリン」
ジルベール様が、私の言葉を遮った。
「俺は、お前の花嫁姿が見たいんだ」
「……っ」
「あの夜会のドレスも綺麗だったが……純白のドレスを着たお前は、もっと綺麗だろうな」
彼は私の頬に手を添え、親指で優しく撫でた。
「俺のために、着てくれないか?」
ズキュン。
胸の奥を撃ち抜かれた音がした。
(……うっ、この魔王様、最近『おねだり』の威力が上がっていない?)
私の計算(理性)が、音を立てて崩れていく。
「……わ、分かりました。分かりましたよ」
私は視線を逸らし、小さく答えた。
「やります。やればいいんでしょ。……その代わり、予算は私が組みますからね! 無駄遣いは許しませんよ!」
「ああ。任せる」
ジルベール様が嬉しそうに笑う。
「それと……もう一つ」
「まだあるんですか?」
「式の後は……その、なんだ」
急に、ジルベール様が歯切れ悪くなった。
視線を泳がせ、耳まで赤くなっている。
「初夜……だろう?」
ブフォッ!!
私は自分の唾でむせそうになった。
「しょ、しょしょ、初夜!?」
「当たり前だ。夫婦になるんだからな。……その、契約書には『寝室は別』とあったが、あれは破棄するんだろう?」
「そ、それは……そうですけど……!」
「俺は、お前との……子供も、欲しいと思っている」
「こ、子供ぉぉぉ!?」
私の顔から火が出た。湯気が出るレベルで熱い。
「将来の……後継者(インベスター)育成の話ですか……?」
「投資の話じゃない。俺とお前の、家族の話だ」
ジルベール様が、私の手を両手で包み込んだ。
「俺に似て力が強く、お前に似て賢い……そんな子供がいたら、賑やかで楽しいだろうなと思ってな」
彼の想像の中の未来図が、私にも伝染する。
小さな男の子が、計算機片手に魔獣を追い回している図。
(……悪くないかも)
いや、むしろ最高にカオスで楽しそうだ。
「……そう、ですね」
私は蚊の鳴くような声で答えた。
「……生産性の高い、優秀な遺伝子を残すのは……生物としての義務ですし……」
「顔が赤いぞ、リーリン」
「う、うるさいです! 夕日のせいです!」
私は両手で頬を隠した。
「……とにかく! その契約(結婚)は『終身契約』になりますからね! 途中解約は認めませんよ!」
「望むところだ」
「もし浮気したり、私を悲しませたりしたら……違約金として、あなたの人生すべてを徴収しますから!」
私は精一杯の虚勢を張った。
「覚悟してくださいね!」
「ああ。……もうとっくに、俺の人生はお前のものだ」
ジルベール様は優しく微笑み、私を引き寄せて抱きしめた。
「愛してる、リーリン」
耳元で囁かれたその言葉は、どんな甘い蜜よりも、どんな高価な宝石よりも、私の心を満たした。
「……私もです、ジルベール」
私は彼の胸に顔を埋め、小さく呟いた。
「……計算外の利益(愛)を、ありがとう」
馬車は夕日の中、幸せを乗せて走り続ける。
目指すは私たちの家、オルレアン辺境伯領。
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