悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

文字の大きさ
21 / 28

21

しおりを挟む
「……見えてきましたね」


数日間の馬車の旅を終え、窓の外には王都の城壁が見えてきた。


「ええ。長旅だった」


向かいの席に座るジルベール様が、短く答える。


私たちはポルト・ロッサでの任務を終え、再び王都へと戻ってきた。


目的は一つ。今回の騒動の黒幕、『スネーク商会』の本拠地を叩くことだ。


「資料によれば、スネーク商会は王都の裏通りに『古美術商』としての表の顔を持っています。そこで不正な資金洗浄(マネーロンダリング)を行っている証拠も、この通り」


私は膝の上に広げた書類――海賊船長から吐かせた情報と、独自に収集したデータを突き合わせたものを指差した。


「脱税、密輸、反社会勢力への利益供与……。役満ですね。王都警備隊と国税局を同時に送り込めば、彼らは社会的にも経済的にも抹殺(デリート)できます」


「……お前は、本当に容赦がないな」


ジルベール様が苦笑する。


「当然です。私の『平穏な老後』を脅かした罪は重いのです。……さて、到着まであと三十分。今のうちに作戦の最終確認を……」


私が次の書類を手に取ろうとした、その時だった。


バサッ。


ジルベール様の手が伸びてきて、私の手から書類を取り上げた。


「あ……? 何をするのですか、閣下。業務妨害ですよ」


「休憩だ。……少し、話をしよう」


彼は書類を脇に置き、真剣な眼差しで私を見据えた。


狭い馬車の中。逃げ場はない。


「……なんでしょう? ボーナスの査定なら、今回の件が片付いてからと言いましたよね?」


私はわざと視線を逸らして、窓の外を見た。


なんとなく、予感がしていたからだ。


港町での海デート(未遂)以来、彼との距離感が妙に近い。そして、今の彼の瞳には、いつもの「殺気」ではなく、もっと厄介な「熱」が宿っている。


「金の話じゃない」


ジルベール様が、私の手を取った。


「……リーリン。俺は、お前に嘘をつきたくない」


「は、はい」


「浜辺で言ったことだ。『愛に生きる投資物件』……あれは、勢いで言ったわけじゃない」


「……えっ」


私は思わず彼を見た。


彼は少し顔を赤らめながらも、視線を逸らさずに続けた。


「俺は、お前が好きだ」


ストレートすぎる直球。


変化球も駆け引きもない、剛速球がど真ん中に投げ込まれた。


「……っ」


私は言葉を失った。


脳内のスーパーコンピューターがフリーズする。


『計算不能』『想定外のエラー』『心拍数が異常値を検出』


「お前の、金に汚いところも、口が悪いところも、意外と面倒見が良いところも……全部含めて、俺には必要なんだ」


彼の手が、私の指に絡まる。


「契約上の『妻』じゃなくていい。ビジネスパートナーでも足りない。……俺の人生の、共同経営者(パートナー)になってくれないか」


「……共同、経営者……」


私はその単語を反芻した。


なんて、私好みのプロポーズだろう。


「……条件を確認させてください」


私は震える声で言った。どうにか理性を保とうと必死だった。


「契約期間は?」


「死ぬまで。……いや、死んでからもだ」


「報酬は?」


「俺の全て。愛も、金も、身体も、全部お前の好きにしていい」


「……解約条件は?」


「ない。俺の方から手放すつもりはないからな」


ジルベール様が、少し悪戯っぽく笑った。


「……かなり、重い契約内容(不利な条件)だぞ? それでも受けてくれるか?」


私は彼を見つめ返した。


不器用で、乱暴で、でも誰よりも真っ直ぐな、私の魔王様。


彼と一緒にいると、計算が狂う。効率が悪くなる。


でも。


一人で完璧な計算をしている時よりも、ずっと……心が満たされる。


「……ふふっ」


私は小さく笑い、彼の手を握り返した。


「……損益計算書(P/L)を作るまでもありませんね」


「え?」


「受諾します、閣下。……いいえ、ジルベール」


私が名前を呼ぶと、彼の目が大きく見開かれた。


「貴方は優良物件ですから。ここで手放したら、投資家としての名折れです。……謹んで、永久契約を結ばせていただきます」


「リーリン……!」


ジルベール様が、嬉しそうに顔を綻ばせた。


そして、引き寄せられるように、私たちの唇が重なった。


馬車がガタンと揺れる。


でも、そんなことは気にならなかった。


彼の唇は温かく、少しだけ甘い味がした(多分、朝食のコーヒーのせいだ)。


長い、長い口づけの後。


私たちは額を合わせ、お互いの顔を見て笑ってしまった。


「……これで、名実ともに『俺の女』だな」


「ええ。そして貴方は『私の資産』です。……傷一つつけさせませんからね」


「頼もしい限りだ」


甘い時間は、馬車が停止する音で終わりを告げた。


「到着しました、お二人とも!」


御者台から、トニオ(なぜか港町からついてきて、御者に転職した)の声が響く。


「王都の裏通り、『スネーク商会』の前ですぜ!」


「……よし」


ジルベール様が表情を引き締めた。


「行くぞ、リーリン。俺たちの最初の共同作業だ」


「ええ。愛の力で……敵を粉砕(および資産没収)しましょう!」





王都の路地裏にある、古びた石造りの建物。


看板には『骨董品・スネーク』とある。


一見するとただの店だが、私の目は誤魔化せない。入り口の警備体制、窓の鉄格子、そして漂ってくる微かな火薬の匂い。


「ここですね」


「どうする? 正面突破か?」


「いえ。まずは法的手続き(あいさつ)からです」


私は建物のドアを蹴り飛ばした。


ドガァァァン!!


「たのもー!! 国税局査察部(自称)です! 帳簿を見せなさい!」


「な、なんだぁ!?」


店の中にいた強面の男たちが、驚いて飛び出してくる。


「お、お前らは……!」


「あら、先日は海でどうも。お仲間は全員、魚の餌になりましたよ」


私はニッコリと笑った。


「さて、あなた方にも選択肢を与えましょう。A:大人しく投降して、隠し財産を全て吐き出す。B:私の夫(予定)にボコボコにされてから、隠し財産を全て吐き出す」


私は後ろに控える魔王様を親指で指した。


ジルベール様は、指の関節をポキポキと鳴らしながら、最高に凶悪な笑顔を浮かべている。


「……どっちにしても、財産は没収なんですね?」


男の一人が震える声で聞く。


「当然です。さあ、選んでください(Choose)!」


「や、やっちまえぇぇ!」


男たちが武器を抜いて襲いかかってくる。どうやらBを選んだようだ。


「交渉決裂だ。……リーリン、下がっていろ」


ジルベール様が前に出る。


そこから先は、一方的な蹂躙劇だった。


「ぐわぁっ!」
「ひでぶっ!」


狭い店内で、ジルベール様が無双する。高価そうな壺が割れ、棚が倒れるが、私は気にしない。どうせ没収する財産だ。


数分後。


店内は静かになった。


男たちは全員伸びており、私たちは店の奥にある隠し扉の前に立っていた。


「この奥ですね……。帳簿と、黒幕がいるのは」


私は隠し扉の鍵を、ヘアピン一本で解除した(ピッキングスキルも嗜んでいる)。


ギィィ……と扉が開く。


そこにいたのは、豪華な執務机に座り、青ざめた顔でこちらを見ている、一人の小男だった。


「お、お前たちは……!」


「初めまして、スネーク商会の会長さん」


私は電卓を片手に、ゆっくりと彼に歩み寄った。


「随分と派手に稼いでいるようですね。……さあ、精算の時間ですよ」


私の背後には、返り血(に見えるトマトジュース)を浴びた魔王様。


「ひ、ひぃぃぃ……! 助けてくれぇぇ! 金なら出す! いくらでも出すからぁ!」


会長が泣き叫ぶ。


「いくらでも? 言いましたね?」


私はチャリーンと脳内でレジを鳴らした。


「では、全財産と……今後、二度と武器商人をしないという『誓約書』にサインしていただきましょうか。……血判でね」


こうして。


私たちの愛の共同作業(悪の組織壊滅)は、大成功を収めたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

婚約破棄されたので契約を終了しただけですが? ~王国が崩壊したのは私のせいではありません~

しおしお
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 王太子レオナードは突然、婚約者である公爵令嬢アデリーナとの婚約破棄を宣言する。 隣に立つのは、涙を流す義妹ミレイナ。 「お姉様に虐げられてきました」と訴える彼女の言葉を、貴族たちは信じてしまう。 悪女として断罪され、追放を宣告されるアデリーナ。 だが彼女は怒りも悲しみも見せず、ただ静かに微笑んだ。 「承知いたしました。では――契約を終了いたします」 その一言が、すべての始まりだった。 公爵家による融資、貿易、軍需支援。 王国を支えていたすべてが、静かに停止する。 財務は崩壊し、軍は止まり、商人は離反。 王都は混乱に包まれていく。 やがて明らかになる義妹の嘘。 そして王太子の責任。 すべてが暴かれたとき、二人を待っていたのは―― 完全な破滅だった。 一方アデリーナは、隣国で静かな紅茶の時間を過ごしていた。 これは、 婚約破棄された公爵令嬢が“何もしなかった”ことで始まる、 王国崩壊と地獄のざまぁの物語。 ――その報告書を、彼女が読むことは一度もなかった。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜

しおしお
恋愛
バブルに沸くアルビオン王国。 「エルドラド株」を持たぬ者は時代遅れ―― そう嘲笑いながら、実体のない海外権益へ全財産を注ぎ込む貴族たち。 自らを“投資の天才”と称し、増税に苦しむ民を見下す日々。 若き女王リリアーナは、その狂騒を静かに見つめていた。 やがて始まる王室監査。 暴かれる虚偽契約。 崩れ落ちる担保。 連鎖する破綻。 昨日まで「時代の勝者」を気取っていた特権階級は、一夜にして無一文へ。 泣きつく彼らに、女王はただ微笑む。 ――“皆様の尊いご投資、確かに受け取りましたわ” 没収された富は国庫へ。 再配分された資源は民へ。 虚飾を砕き、制度を再設計し、王国を立て直す。 これは復讐譚ではない。 清算と再建の物語。 泡沫の王国に、女王の鉄槌が下される。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...