悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

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「さて、船長さん。損益分岐点の計算はお済みですか?」


ポルト・ロッサの役場、地下倉庫。
即席の取調室となった薄暗い部屋で、私は椅子にふんぞり返り、目の前に縛り上げられた海賊船長を見下ろした。


隣には、腕組みをして仁王立ちするジルベール様。その影が揺らめき、ただでさえ怖い顔をさらに凶悪に見せている。


「ひっ……! だ、だから言ってるだろ! 俺たちは何も知らねぇ! ただ『笛』を渡されて、商船を襲えって言われただけだ!」


海賊船長は涙目で叫んだ。


昨夜のクラーケン騒動で船を失い、部下も全員捕縛され、文字通り「無一文(オケラ)」になった彼は、すっかり意気消沈していた。


「笛、ですか」


私は証拠品として押収した、一本の銀色の笛をテーブルに置いた。


装飾が施された不気味な笛だ。昨夜、幽霊船から聞こえてきた呻き声の正体であり、魔獣を操る制御装置(コントローラー)。


「……リーリン。それは呪われているかもしれん。あまり触るな」


ジルベール様が警戒する。


「いいえ、閣下。これは呪術的なアイテムではありません。……科学(テクノロジー)の産物です」


私はポケットから拡大鏡を取り出し、笛の裏側を覗き込んだ。


「見てください。ここに微小な刻印があります。『Lot.No.4098-B』……製造番号です」


「製造番号?」


「ええ。つまり、これは一点物のアーティファクトではなく、工場で大量生産された『工業製品』だということです」


私はニヤリと笑った。


「古代の呪いなら解呪が必要ですが、工業製品なら……『メーカー』を特定すれば、修理も返品も、そして苦情(クレーム)を入れることも可能です」


私は船長に向き直った。


「この笛を渡した男の特徴は? フードを被っていたとか、怪しい商人の風体をしていたとか?」


「あ、ああ……。黒いローブを着た男だった。『スネーク商会』の使いだと言っていた……」


「スネーク商会……」


私の記憶データベースが検索をかける。


「……なるほど。大陸の裏社会で暗躍する、武器密売組織ですね。各国の紛争地帯に現れては、両軍に武器を売りつけ、戦争を長期化させて利益を貪る……通称『死の商人』」


「死の商人か。……気に入らんな」


ジルベール様が嫌悪感を露わにする。


「俺たち武人は国を守るために戦うが、奴らは他人の血で金を稼ぐハイエナだ」


「同感です。何より、戦争は消費ばかりで生産性がありません。破壊されたインフラの復旧には莫大なコストがかかりますし、労働人口も減少する。経済学的に見て、戦争は『最も効率の悪い公共事業』です」


私は笛をハンカチで包み、懐にしまった。


「謎は解けました。スネーク商会は、この港町の物流を麻痺させることで、物価を高騰させ、裏ルートで自分たちの商品を高く売りつけようとしたのでしょう。あるいは……」


私は目を細めた。


「もっと大きな『戦争』の火種を作ろうとしていたのかもしれません」


「戦争?」


「ええ。例えば、この海域で隣国とのトラブルを演出し、国家間の緊張を高めるとか」


もしそうなれば、国境を守るオルレアン辺境伯領も最前線となる。


私の大切な領地(資産)が、戦火に巻き込まれるかもしれない。


「……許せませんね」


パキッ。


私が持っていたボールペンが、指の力でへし折れた。


「私の領地経営の邪魔をするだけでなく、無駄な軍事費を使わせようとするなんて……。断固として阻止します。その『スネーク商会』ごと、買収(物理的な意味で)して解体してやりましょう」


「……お前がそういう顔をする時は、ろくなことにならんな」


ジルベール様は呆れつつも、どこか楽しそうに口角を上げた。


「いいだろう。俺も売られた喧嘩は買う主義だ。……まずは、この港町の掃除を終わらせるか」





翌日。


海賊がいなくなったポルト・ロッサの港には、久しぶりに明るい日差しが降り注いでいた。


「ありがとう! 本当にありがとう!」


ベルナルド町長が、私の手を握って涙を流している。


「特使様のおかげで、船乗りたちも戻ってきました! これでまた貿易が再開できます!」


「礼には及びません。契約通りの仕事をしただけですから」


私はビジネスライクに答えつつ、しっかりと『請求書』を手渡した。


「こちら、今回の報酬(クラーケン撃退特別手当含む)と、今後の関税収入の一割に関する契約書です。サインをお願いしますね」


「は、はい! 喜んで!」


町長は震える手でサインをした。これで私の不労所得システムが一つ完成した。


「さて、閣下。王都へ戻りましょうか。スネーク商会の本拠地を探る必要があります」


私が帰還を促すと、ジルベール様が珍しく首を横に振った。


「いや、少し待て。……せっかく海に来たんだ」


「はい?」


「半日くらい……休暇を取ってもバチは当たらんだろう」


彼は少し顔を背けて言った。


「……海を見るのは初めてなんだ。内陸の辺境育ちだからな」


「……あ」


そういえば、オルレアン領は雪と山に囲まれた土地だ。


魔王と呼ばれる彼も、海を見るのは初めてなのか。


「分かりました。では、午後まで自由時間(フリータイム)としましょう。……私も、潮風に当たるのは嫌いではありませんし」





私たちは港を離れ、人のいない砂浜を歩いた。


波が寄せては返す音だけが響く、穏やかな時間。


ジルベール様は、ブーツを脱ぎ、裸足になって波打ち際に立った。


「……冷たいな」


「冬の海ですからね」


「だが、悪くない。……広いな、海というのは」


彼は水平線の彼方を見つめている。その背中は、いつもより少し小さく、そして無防備に見えた。


「リーリン。俺はずっと、あの狭い領地と、戦場しか知らなかった」


彼がポツリと語りだす。


「剣を振るい、敵を倒し、領民を守る。それが俺の存在意義だと思っていた。……だが、お前が来てから世界が広がった」


彼は振り返り、私を見た。


潮風が彼の黒髪を揺らし、赤い瞳が優しく細められる。


「金勘定も、経営も、そして……こんな風に景色を楽しむことも。全部お前が教えてくれた」


「……教えてはいませんよ。閣下が勝手に学んだだけです」


私は照れくさくて、視線を足元の貝殻に落とした。


「それに、私の世界を広げてくれたのは閣下の方です」


「俺が?」


「ええ。私は数字の世界に閉じこもっていましたから。……『物理(暴力)』で解決する爽快感とか、『無駄』を楽しむ余裕とか。そういうのは、計算式にはありませんでした」


私は顔を上げ、彼に微笑んだ。


「今の私は、投資家としてかなり『ハイリスク・ハイリターン』な物件に手を出している気分です。……でも、後悔はしていませんよ」


「……そうか」


ジルベール様が歩み寄り、私の手を取った。


その手は、海水で少し冷えていたが、芯は熱かった。


「なら、もっと投資してくれ。……俺は、お前を飽きさせない自信がある」


「……ふふ。期待していますよ、優良銘柄さん」


私たちは波打ち際で、しばらく手を繋いでいた。


ロマンチックな雰囲気。


……であるはずだった。


「――見つけたぞ!!」


突然、空気を読まない野太い声が、静寂を切り裂いた。


「あ?」


ジルベール様の顔から、一瞬で甘い表情が消え、いつもの「殺意」が戻る。


「……誰だ。俺の休暇を邪魔する命知らずは」


砂丘の向こうから現れたのは、黒い服を着た男たちの集団だった。


手に手に曲刀やボウガンを持っている。胸元には、蛇のマーク。


「スネーク商会の私兵団か」


私が冷静に分析する。


「海賊が失敗したから、直接始末しに来たようですね。……アフターサービスが迅速で感心します」


先頭に立つ男が、ニタリと笑った。


「リーリン・アークライトだな? 我々の邪魔をした報いを受けてもらう。……生きて帰れると思うなよ?」


「……はぁ」


ジルベール様が、深いため息をついた。


「おい、リーリン」


「はい」


「追加料金(オプション)だ。……こいつら全員、海に沈めていいか?」


「環境汚染になりますが……まあ、魚の餌(リサイクル)だと思えば許容範囲です」


「交渉成立だ」


ドォォォォン!!


ジルベール様が砂を蹴って疾走した。


「ぎゃああっ!? 速すぎ……ぐえぇっ!!」


一瞬だった。


彼は武器も持たず(剣は砂浜に置いてきた)、素手で男たちを次々と宙に舞い上げた。


「俺の!! 初めての!! 海デートを!! 邪魔するなぁぁぁ!!」


拳が入るたびに、男たちがボウリングのピンのように弾け飛ぶ。


「ひぃぃっ! 話が違う! ただの女と貴族だって……!」
「こいつ、魔獣か!?」


「訂正しろ。俺は……愛に生きる投資物件だ!!」


意味不明な叫びと共に、最後の一人が水平線の彼方へ殴り飛ばされた。


キラーン☆


空に星が光った(ような気がした)。


「……ふぅ」


ジルベール様が肩で息をしながら戻ってきた。


「終わったぞ、リーリン」


「お疲れ様です。所要時間三分。素晴らしい処理能力(スペック)です」


私は彼にハンカチを渡した。


「ですが、『愛に生きる投資物件』というキャッチコピーは却下です。センスがありません」


「……うるさい。勢いだ」


彼は少し赤くなってそっぽを向いた。


「さあ、邪魔者も消えましたし、帰りましょうか。スネーク商会が直接攻撃に出てきたということは、彼らも焦っている証拠」


私は海を見つめた。


「王都に戻り、彼らの資金源を断ちます。……私の愛する平穏な老後(予定)のために、徹底的に潰して差し上げましょう」


「ああ。地獄の底まで付き合うさ」


私たちは繋いだ手を離さず、港へと歩き出した。


背後には、平和な海と、気絶した暗殺者たちが転がっていた。


戦いはまだ続く。


だが、隣にこの頼もしい「相棒」がいる限り、どんな敵が来ても赤字になることはないだろう。


(……さて、次はどこの予算を削ってやろうかしら)


私の瞳は、すでに次の獲物(利益)を捉えて輝いていた。
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