悪役令嬢? 上等です。婚約破棄につき慰謝料を一括払いで請求します!

夏乃みのり

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「……高い。高すぎます」


領主館の応接室にて。


私はテーブルに広げられた、結婚式に関する見積書の山を前に、頭を抱えていた。


「セバスチャン。この『純白の鳩・百羽リリース(訓練済み)』というオプション、金貨十枚もするのですか?」


「はい、奥様。愛と平和の象徴として、挙式のクライマックスで空に放つのが王都のトレンドでして……」


「却下です。鳩は帰巣本能がありますから、どうせ業者の元に戻るだけでしょう? 十秒の演出のために金貨十枚も払えません。代わりに、領内の鶏を放ちましょう」


「に、鶏ですか……? 飛べませんが……」


「その場でコケコッコーと鳴けば賑やかで良いでしょう。終わったら回収して、披露宴の唐揚げにします」


「食材の現地調達……!?」


セバスチャンがメモを取る手が震えている。


私は次々と赤ペンを入れていった。


「次。ウエディングケーキ。高さ五メートル? 倒壊リスクがあります。一段で十分です。その代わり、中身を発泡スチロール……いえ、木枠にして、表面だけクリームを塗りましょう」


「張りぼてですか!?」


「入刀する部分だけ本物のスポンジを入れておけばバレません。どうせゲストは酔っ払っていて味なんて分かりませんから」


「……夢も希望もございませんね」


セバスチャンが遠い目をする。


そこへ、ガチャリと扉が開いた。


「……リーリン。また削っているのか」


入ってきたのは、魔獣討伐から帰ってきたばかりのジルベール様だ。


まだ鎧を身に着けたままだが、その手には花束(野花を摘んできたらしい)が握られている。


「当然です、閣下。業者の提示額をそのまま鵜呑みにしていたら、予算が破綻します。結婚式は『見栄の張り合い』ではなく『愛の確認作業』です。コストパフォーマンスが最優先です」


「……はぁ」


ジルベール様は深いため息をつき、ドカッと私の隣に座った。


「俺は、お前に最高の式を挙げてやりたいんだ。金ならあると言っただろう? スネーク商会から没収した分も、俺のへそくりも全部使っていい」


彼はバン! と机に革袋を置いた。中には金貨がぎっしり詰まっている。


「鳩でもドラゴンでも、好きなだけ飛ばせばいい。ケーキだって天井まで積み上げろ。……一生に一度の晴れ舞台だぞ?」


彼の言葉は、紛れもない愛から来ている。


普通の令嬢なら、「嬉しい! ジルベール様、愛してる!」と抱きつく場面だ。


だが、私は眼鏡(伊達)をキラリと光らせた。


「……閣下。あなたは経営者としての自覚が足りません」


「あ?」


「『金があるから使う』というのは、成金の思考です。真の資産家は、『使うべきところに使い、削れるところは極限まで削る』のです」


私は電卓を叩いた。


「例えば、この金貨袋。これを結婚式の演出(一瞬の快楽)に使えば、何も残りません。ですが、これを『オルレアン中央銀行』の資本金に回せば、複利で増え続け、将来の私たちの子供や孫の代まで豊かに暮らせるのです」


「……またその話か」


ジルベール様が不機嫌そうに眉を寄せる。


「お前は、今この瞬間の俺の気持ちより、まだ見ぬ孫の財布が大事なのか?」


「どちらも大事です。だからこそ、最適解(ベストミックス)を探っているのです」


「理屈っぽい!」


ジルベール様が立ち上がった。


「俺はな、お前の喜ぶ顔が見たいだけなんだ! 鶏が走り回るような結婚式で、お前は本当に幸せなのか!?」


「幸せですよ! 『コストカットできたわ!』という達成感で満たされます!」


「その感性がおかしいと言ってるんだ!」


「おかしくありません! これこそが私のアイデンティティです!」


バチバチバチ……!


私たちの間に火花が散る。


セバスチャンが「お、おやめください……」とオロオロしている。


これが、私たちにとって初めての「夫婦喧嘩」だった。


原因は、愛のすれ違い……ではなく、予算配分の不一致。


「……分かった。もういい」


ジルベール様が、ふいっと背を向けた。


「好きにしろ。鶏でも豚でも放てばいいだろう。……俺は頭を冷やしてくる」


彼は足音荒く部屋を出て行ってしまった。


バタン!


扉が閉まる音が、重く響く。


「……旦那様……」


セバスチャンが困った顔で私を見る。


「奥様。……少々、言い過ぎでは? 旦那様は、ただ純粋に奥様を美しく飾りたい一心で……」


「……分かっていますよ」


私はペンを置き、小さく息を吐いた。


胸の奥がチクリと痛む。


計算違いだ。彼の好意を無下にするつもりはなかったのに、つい「守銭奴スイッチ」が入ってしまった。


「……不器用な人ですね。私も、彼も」


私は窓の外を見た。


夕暮れの空。彼はどこへ行ったのだろう。


(……仲直り、しなきゃね。それもコストパフォーマンスの良い方法で)





その夜。


ジルベール様は夕食の時間になっても戻らなかった。


私は一人で(といっても使用人たちはいるが)、静かな食卓でスープを飲んでいた。


「……味がしないわ」


やはり、向かいにあの不機嫌そうな顔がないと調子が狂う。


食事を終え、私は彼の執務室へ向かった。


ノックをするが、返事はない。


そっと扉を開けると、部屋は暗かった。


暖炉の火だけがパチパチと燃えている。


そして、ソファに座り込み、ブランデーグラスを傾けている大きな背中があった。


「……閣下」


私が声をかけると、彼はビクッと肩を震わせたが、振り返らなかった。


「……なんだ。見積もりの承認印か? そこらへんに置いておけ」


拗ねている。完全に拗ねている大型犬だ。


私はため息をつき、彼の隣に座った。


「印鑑をもらいに来たのではありません。……『修正案』を持ってきたのです」


「修正案?」


「はい。結婚式の予算についてです」


私は一枚の紙を差し出した。


そこには、私が午後いっぱいかけて練り直した、新しいプランが書かれていた。


「……読んでください」


ジルベール様は渋々、紙を受け取り、目を通した。


**【結婚式プラン・改】**


1.挙式の演出について
鶏の放鳥は中止。代わりに、ジルベール閣下の『魔力による光の演出(イリュージョン)』を採用。
※コストゼロ、かつ閣下のカッコよさをアピールできるため。


2.ウエディングケーキについて
張りぼては中止。領内の菓子職人を総動員し、特産品の『クリスタル・ジンジャー』やフルーツを使った、特大ケーキを作成。
※地産地消によるコスト削減と、領民のスキルアップを図る。


3.ドレスについて
王都のブランド品はレンタルしない。
その代わり……。


「……なんだ、これ」


ジルベール様が、項目3で指を止めた。


「『ジルベール閣下が選んだ生地とデザインで、オーダーメイドする』?」


「はい」


私は彼を見上げた。


「王都の既製品なんてつまらないです。……あなたが選んでくれたドレスなら、どんなに高くても着たいと思いました」


「……リーリン」


「ただし! 生地の仕入れは私がやりますよ! 中間マージンはカットしますからね!」


私が釘を刺すと、ジルベール様は数秒間ポカンとし、それから……吹き出した。


「ぶっ……くくくっ!」


「な、なんですか。笑わないでください」


「いや……お前らしいなと思って」


彼は笑いながら、私を抱き寄せた。


「やっぱり、お前には敵わないな。……悪かった。俺も意地になっていた」


「私もです。……あなたの気持ち、嬉しかったですよ」


私は彼の胸に顔を埋めた。


「でも、本当に無駄遣いはダメですよ? 私たちの未来のためなんですから」


「分かってる。……だが、指輪だけは譲らんぞ」


「指輪?」


「ああ。これだ」


ジルベール様がポケットから小さな箱を取り出し、パカッと開けた。


そこにあったのは、目がくらむほど巨大なダイヤモンドの指輪だった。


「……!!」


私は絶句した。


「こ、これ……何カラットですか!? 推定価格、金貨一千枚クラス……!?」


「俺のへそくりを全部叩いた。……これなら文句ないだろう?」


彼は私の左手を取り、強引に薬指にはめた。


サイズはぴったりだ。


ずしりとした重み。それは、彼の愛の重みそのものだった。


「……バカですね、本当に」


私は涙が出そうになるのを堪えて、憎まれ口を叩いた。


「こんな高価なものを……。私が質に入れたらどうするんですか?」


「入れたら買い戻しに行くさ。何度でもな」


ジルベール様は私の指にキスをした。


「愛してる、リーリン。……世界一の守銭奴で、世界一可愛い俺の妻」


「……私も愛していますよ。浪費家の旦那様」


私たちは暖炉の前で、仲直りのキスをした。


こうして、結婚式のプランは決定した。


「愛」と「節約」のハイブリッド案。


それは、後世まで語り継がれる伝説の結婚式となるのだが……その準備で、領民や騎士団を巻き込んだ大騒動が起きるのは、また別のお話。


(……さて、次は招待状の発送ね。会費制にして、ご祝儀もガッポリ回収するわよ!)


私の目には、再び「¥」マークが輝いていた。
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