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「うん、火加減は上々ね。あとは玉ねぎの甘みがもう少し出るまでじっくりと……」
地下の石造りの部屋に、香ばしい匂いが漂っていた。
私は古びた鉄板を熱し、ジャガイモと玉ねぎをすりおろしたものに、わずかに残っていた塩と干し肉の脂を混ぜて焼いている。
いわゆる『簡易版ポテトパンケーキ』だ。
道具は乏しいが、工夫すれば料理はできる。
だが、私の不満は尽きなかった。
(ああ、残念! どうしても甘味が足りないわ!)
砂糖も蜂蜜も、バニラも卵もない。
私の専門分野ではない、ストイックな炭水化物料理だ。
「これでは脳が活性化しないわ。レシピを書くどころじゃない……」
私はポテトパンケーキを焼きながら、ムスッとしていた。
そこに。
ガチャリ、バタン!
鍵が外され、セージ補佐官が重い扉を開けて入ってきた。
彼は勝ち誇った顔で、水差しをテーブルに置いた。
「どうだ悪女ジンジャー。食事を抜かれて、恐怖で震えている頃だろう。レシピを書く気になったか?」
「はい、空腹で震えています。ですが、それは恐怖からではありません」
私は焼き上がったポテトパンケーキを鉄板から皿(古びた木の板)に移しながら答えた。
「なっ……! 貴様、なぜ縛られていない!?」
セージ補佐官が目を剥いた。
私が縛られていた椅子の上には、綺麗に折り畳まれたロープが置かれている。
「結び方が甘かったので、解かせていただきました。それにしても、事務職のあなたは、縄の結び方を習った方がよろしいかと思いますよ」
「貴様……! 侮辱するのか!」
「侮辱ではありません。改善点のご指摘です」
私は立ち上がり、ふわりと香るパンケーキをセージ補佐官に差し出した。
「どうぞ、焼き立てですよ。食料庫のジャガイモが最高にホクホクで」
「食うか! 貴様は囚人だぞ!」
「囚人だからこそ、栄養バランスを考えるべきではありませんか?」
私は真剣な顔で説教を始めた。
「いいですか、セージ様。私がレシピを書くために必要なのは、集中力と繊細な感覚です。それが、極度の低血糖状態では得られません」
「ひ、低血糖だと?」
「はい! 脳が正常に働くための燃料、すなわち『ブドウ糖』が完全に不足しているんです!」
私は指を突きつけた。
「あなたたちは、私を書類の山に戻したいのでしょう? そのためにはレシピを再現できる人間が必要。そのレシピを再現するためには、正確な数値を書く私が必要です!」
「そ、そうだ……」
「なのに、肝心の私を栄養不足で思考停止させ、レシピ作成を不可能にする! なんて非効率的で、計画性のない誘拐なのでしょうか!」
私は深くため息をついた。
「これでは、アラン殿下が計算を間違えるのも無理はありませんね。殿下もおそらく、慢性的な糖分不足で脳が上手く機能していないんです」
「う、うるさい! 貴様の屁理屈には乗らん!」
セージ補佐官は耳を塞いだ。
しかし、私は止まらない。
「むしろ、私を監禁したあなたたちこそ、今すぐ甘いものを食べるべきです! 冷静な判断力を取り戻すために!」
「貴様、何を言っている!?」
「これが私の要求です! 『甘味を寄越せ』!」
レシピの要求を突きつけられている囚人が、逆に「お菓子を要求する」という前代未聞の状況。
セージ補佐官は混乱していた。
「わ、分かった。お菓子は無い! だが、その……そのパンケーキとやらは何だ。玉ねぎの匂いが……」
セージ補佐官が、チラチラとパンケーキを見ている。
その目は、抗いがたい誘惑に耐えているようだった。
「これは『ポム・ド・テール』の簡易版です。干し肉の脂で焼くことで、芳ばしいコクを出しています。……ほら、一口いかがですか?」
私は、焼き立てのパンケーキを一枚手に取り、彼に差し出した。
「食べたら、私の説得力が二倍になるはずですよ?」
「うぐっ……」
セージ補佐官は呻いた。
彼は何日も徹夜で仕事をしており、疲労と空腹がピークに達しているのだろう。
彼は葛藤の末、そのパンケーキをひったくるように奪い取り、口に放り込んだ。
サクッ。
「……!」
セージ補佐官の顔が変わった。
「な、なんだ……このジャガイモの甘みは……! そして、この玉ねぎの優しい香りが……。何故、こんなボロ屋の食材から、これほどの……」
「テクニックです。食料庫に感謝しなさい」
セージ補佐官はあっという間にパンケーキを平らげた。
そして、虚ろな目をして私を見た。
「……美味い。だが、貴様の魂胆には乗らんぞ」
「まだ言いますか。そんなに私にレシピを書いてほしいのなら……」
私は彼の足元に、古びた毛布と枕を投げつけた。
「今日はもう帰りなさい。そして、しっかり休んで頭を冷やしてください。そして、明日、せめて『バター』と『砂糖』を持って、出直してきてください」
「は、はい……」
セージ補佐官は、完全に私のペースに巻き込まれていた。
彼はポテトパンケーキの香りが付いた口元を拭い、混乱した頭で部屋を出て行った。
ガチャリ。
鍵がかけられた音がする。
私は残りのパンケーキを平らげ、満足げに溜息をついた。
(ふぅ、これで当面の食糧問題は解決ね)
私の脳は、今やジャガイモの炭水化物によって活性化している。
さて、どうやってここから脱出するか。
私は部屋の隅にある木箱を、壁に沿って積み上げ始めた。
目的は一つ。
天井近くにある小さな通気口の穴だ。
あそこから、私はメッセージを送る。
外には、私の優秀な生徒たち(ガストンたち)がいるはずだ。
そして、私の行方を血眼になって追っている、最強の護衛(キース様)も。
「待っててね、キース様。脱出の準備は整いつつありますよ」
私はそっと通気口を見上げた。
そこには、ジャガイモの香りと共に、勝利への確信が満ちていた。
一方。
「……美味かった。まさか、あの悪女がこんなものを焼くとは」
公爵邸に戻る道すがら、セージ補佐官はポテトパンケーキの余韻に浸っていた。
しかし、彼のポケットの中には、キース様の私服の匂いが染み付いたハンカチ(誘拐の際に現場に落ちていたもの)が握られている。
そのハンカチから漂うのは、濃厚な『バニラとカカオ』の香り。
(なぜ、閣下のハンカチからこんな匂いが……? いや、それよりも……)
セージ補佐官は、自分が何か決定的なミスを犯している予感に、まだ気づいていなかった。
彼は、恐ろしい獲物(キース様)が、すでに彼らの隠れ家に目星をつけ、静かに牙を研いでいるとも知らずに。
地下の石造りの部屋に、香ばしい匂いが漂っていた。
私は古びた鉄板を熱し、ジャガイモと玉ねぎをすりおろしたものに、わずかに残っていた塩と干し肉の脂を混ぜて焼いている。
いわゆる『簡易版ポテトパンケーキ』だ。
道具は乏しいが、工夫すれば料理はできる。
だが、私の不満は尽きなかった。
(ああ、残念! どうしても甘味が足りないわ!)
砂糖も蜂蜜も、バニラも卵もない。
私の専門分野ではない、ストイックな炭水化物料理だ。
「これでは脳が活性化しないわ。レシピを書くどころじゃない……」
私はポテトパンケーキを焼きながら、ムスッとしていた。
そこに。
ガチャリ、バタン!
鍵が外され、セージ補佐官が重い扉を開けて入ってきた。
彼は勝ち誇った顔で、水差しをテーブルに置いた。
「どうだ悪女ジンジャー。食事を抜かれて、恐怖で震えている頃だろう。レシピを書く気になったか?」
「はい、空腹で震えています。ですが、それは恐怖からではありません」
私は焼き上がったポテトパンケーキを鉄板から皿(古びた木の板)に移しながら答えた。
「なっ……! 貴様、なぜ縛られていない!?」
セージ補佐官が目を剥いた。
私が縛られていた椅子の上には、綺麗に折り畳まれたロープが置かれている。
「結び方が甘かったので、解かせていただきました。それにしても、事務職のあなたは、縄の結び方を習った方がよろしいかと思いますよ」
「貴様……! 侮辱するのか!」
「侮辱ではありません。改善点のご指摘です」
私は立ち上がり、ふわりと香るパンケーキをセージ補佐官に差し出した。
「どうぞ、焼き立てですよ。食料庫のジャガイモが最高にホクホクで」
「食うか! 貴様は囚人だぞ!」
「囚人だからこそ、栄養バランスを考えるべきではありませんか?」
私は真剣な顔で説教を始めた。
「いいですか、セージ様。私がレシピを書くために必要なのは、集中力と繊細な感覚です。それが、極度の低血糖状態では得られません」
「ひ、低血糖だと?」
「はい! 脳が正常に働くための燃料、すなわち『ブドウ糖』が完全に不足しているんです!」
私は指を突きつけた。
「あなたたちは、私を書類の山に戻したいのでしょう? そのためにはレシピを再現できる人間が必要。そのレシピを再現するためには、正確な数値を書く私が必要です!」
「そ、そうだ……」
「なのに、肝心の私を栄養不足で思考停止させ、レシピ作成を不可能にする! なんて非効率的で、計画性のない誘拐なのでしょうか!」
私は深くため息をついた。
「これでは、アラン殿下が計算を間違えるのも無理はありませんね。殿下もおそらく、慢性的な糖分不足で脳が上手く機能していないんです」
「う、うるさい! 貴様の屁理屈には乗らん!」
セージ補佐官は耳を塞いだ。
しかし、私は止まらない。
「むしろ、私を監禁したあなたたちこそ、今すぐ甘いものを食べるべきです! 冷静な判断力を取り戻すために!」
「貴様、何を言っている!?」
「これが私の要求です! 『甘味を寄越せ』!」
レシピの要求を突きつけられている囚人が、逆に「お菓子を要求する」という前代未聞の状況。
セージ補佐官は混乱していた。
「わ、分かった。お菓子は無い! だが、その……そのパンケーキとやらは何だ。玉ねぎの匂いが……」
セージ補佐官が、チラチラとパンケーキを見ている。
その目は、抗いがたい誘惑に耐えているようだった。
「これは『ポム・ド・テール』の簡易版です。干し肉の脂で焼くことで、芳ばしいコクを出しています。……ほら、一口いかがですか?」
私は、焼き立てのパンケーキを一枚手に取り、彼に差し出した。
「食べたら、私の説得力が二倍になるはずですよ?」
「うぐっ……」
セージ補佐官は呻いた。
彼は何日も徹夜で仕事をしており、疲労と空腹がピークに達しているのだろう。
彼は葛藤の末、そのパンケーキをひったくるように奪い取り、口に放り込んだ。
サクッ。
「……!」
セージ補佐官の顔が変わった。
「な、なんだ……このジャガイモの甘みは……! そして、この玉ねぎの優しい香りが……。何故、こんなボロ屋の食材から、これほどの……」
「テクニックです。食料庫に感謝しなさい」
セージ補佐官はあっという間にパンケーキを平らげた。
そして、虚ろな目をして私を見た。
「……美味い。だが、貴様の魂胆には乗らんぞ」
「まだ言いますか。そんなに私にレシピを書いてほしいのなら……」
私は彼の足元に、古びた毛布と枕を投げつけた。
「今日はもう帰りなさい。そして、しっかり休んで頭を冷やしてください。そして、明日、せめて『バター』と『砂糖』を持って、出直してきてください」
「は、はい……」
セージ補佐官は、完全に私のペースに巻き込まれていた。
彼はポテトパンケーキの香りが付いた口元を拭い、混乱した頭で部屋を出て行った。
ガチャリ。
鍵がかけられた音がする。
私は残りのパンケーキを平らげ、満足げに溜息をついた。
(ふぅ、これで当面の食糧問題は解決ね)
私の脳は、今やジャガイモの炭水化物によって活性化している。
さて、どうやってここから脱出するか。
私は部屋の隅にある木箱を、壁に沿って積み上げ始めた。
目的は一つ。
天井近くにある小さな通気口の穴だ。
あそこから、私はメッセージを送る。
外には、私の優秀な生徒たち(ガストンたち)がいるはずだ。
そして、私の行方を血眼になって追っている、最強の護衛(キース様)も。
「待っててね、キース様。脱出の準備は整いつつありますよ」
私はそっと通気口を見上げた。
そこには、ジャガイモの香りと共に、勝利への確信が満ちていた。
一方。
「……美味かった。まさか、あの悪女がこんなものを焼くとは」
公爵邸に戻る道すがら、セージ補佐官はポテトパンケーキの余韻に浸っていた。
しかし、彼のポケットの中には、キース様の私服の匂いが染み付いたハンカチ(誘拐の際に現場に落ちていたもの)が握られている。
そのハンカチから漂うのは、濃厚な『バニラとカカオ』の香り。
(なぜ、閣下のハンカチからこんな匂いが……? いや、それよりも……)
セージ補佐官は、自分が何か決定的なミスを犯している予感に、まだ気づいていなかった。
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