婚約破棄? 上等です! 悪役令嬢は、断罪よりも限定タルトが気になる!

夏乃みのり

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「……美しい」


会場の誰かが呟いた。


私が開けた銀のケースの中には、キラキラと輝く『宝石』が敷き詰められていた。


赤、青、緑、黄金色。


しかし、それらは硬い鉱石ではない。


「琥珀糖で作ったエメラルド。ラズベリージュレを閉じ込めたルビーのボンボンショコラ。そして、金柑のコンポートを硝子細工のような飴で包んだトパーズです」


私が説明すると、審査員長のグルマン伯爵が震える手で眼鏡を直した。


「これが……お菓子だと? まるで王家の宝物庫そのものではないか」


「見た目だけではありません。どうぞ、お好きな『宝石』を一つ」


伯爵は迷った末、深紅のルビー(ボンボンショコラ)を手に取り、口に運んだ。


カリッ。


繊細なチョコレートの殻が割れる音。


その瞬間、会場中にも聞こえるような、伯爵の陶酔のため息が漏れた。


「……んんっ……!」


伯爵が目を閉じる。


「口の中で……宝石が弾けた! 濃厚なカカオの苦味と共に、甘酸っぱいラズベリーの果汁が溢れ出してくる! この温度差! 食感のコントラスト! なんという計算高さだ!」


他の審査員たちも次々と『宝石』を口にし、その度に驚きの声を上げた。


「このエメラルド(琥珀糖)、外はシャリッとしているのに中はゼリーのように柔らかい!」


「このトパーズ(金柑)、皮の苦味が絶妙だ! 甘いだけじゃない、大人の味だ!」


「まるで魔法だ! 次々と違う味が飛び出してくる!」


会場は興奮の坩堝と化した。


アラン王子の『黄金のバベルタワー』に見向きする者は、もう誰もいなかった。


「そ、そんな……」


アラン王子がへたり込む。


「僕のタワーは……金箔をあんなに使ったのに……」


「殿下。お菓子は食べるものです。飾るものではありません」


私が静かに告げると、アラン王子の背後から、怒りに満ちた声が響いた。


「認めん……! ワシは認めんぞぉぉぉ!」


壇上の奥から飛び出してきたのは、宮廷パティシエ長のジャンだった。


彼はコック帽を振り乱し、顔を真っ赤にして私を睨みつけていた。


「ワシは宮廷料理界の重鎮だぞ! こんな……こんなポッと出の小娘に負けるはずがない! イカサマだ! 何か薬を入れたに違いない!」


「薬など入れていません。入れたのは『愛情』と『手間暇』です」


「黙れぇ! そんな綺麗事、通用するか!」


ジャンは錯乱していた。


彼はセージ補佐官を指差して叫んだ。


「おいセージ! 帳簿を燃やせ! ワシが予算を中抜きしていた証拠を消せ! そうすればまだ誤魔化せる!」


「……えっ?」


アラン王子が顔を上げた。


「中抜き……? ジャン、お前、予算を……?」


「ああっ、うるさい!」


ジャンが開き直った。


「そうだとも! 殿下が計算できないのをいいことに、砂糖代や小麦粉代を水増しして私腹を肥やしていたのはワシだ! アラン殿下、あなたはただの『金づる』だったんですよ!」


「な、なんだと……!」


アラン王子が絶句した。


信じていた部下(しかも自分が任命した)に、面と向かって「金づる」と言われたのだ。


その衝撃は計り知れない。


「だが、この小娘が全てを台無しにしおった!」


ジャンが目を血走らせ、調理台にあった業務用麺棒を掴んだ。


「許さん……ワシの地位も名誉も、老後の資金も! ここで貴様を叩き潰して、なかったことにしてやる!」


彼は麺棒を振り上げ、私に向かって突進してきた。


「死ねぇぇぇ! 悪役令嬢ぉぉぉ!」


「ジンジャー!」


キース様が叫び、剣に手をかける。


近衛兵たちも動こうとするが、ジャンとの距離が近すぎる。


間に合わない。


普通の令嬢なら、悲鳴を上げて竦むところだ。


しかし。


私は冷静だった。


私の目の前には、まだ審査に出していない『予備のケーキ』があった。


試作で作った、直径三十センチのホールケーキ。たっぷりの生クリームでデコレーションされた、柔らかいスポンジケーキだ。


(……もったいないけど)


私は瞬時に判断した。


自分の身と、背後にある『宝石箱』を守るためだ。


私はケーキの下に手を差し入れ、素早く持ち上げた。


そして、突っ込んでくるジャンの顔面めがけて、全力でスナップを効かせた。


「『ホールケーキ・アタック』です!」


べちゃあっ!!!


鈍く、そして湿り気のある音が会場に響き渡った。


ジャンの顔面に、ケーキが見事に直撃した。


「ぐべっ!?」


視界を奪われたジャンは、そのまま勢い余って足をもつれさせ、アラン王子の『黄金のバベルタワー』へとダイブした。


ガシャァァァン!!!


巨大なケーキタワーが崩壊する。


金箔とスポンジの瓦礫の中に、ジャンは顔面ホワイトパック状態で沈んだ。


シーン……。


静まり返る会場。


ジャンはクリームまみれの顔で「ぶはっ!」と息継ぎをし、力なく呟いた。


「……甘い……」


「ええ。安物のクリームですから、甘ったるいでしょうね」


私は手を拭きながら言い放った。


「お菓子は人を幸せにするためのものです。人を傷つけるための武器にしたあなたに、パティシエを名乗る資格はありません」


私がビシッと言うと、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。


「ブラボー!」


「素晴らしい投球フォームだ!」


「悪を討つ聖なるクリームパイだ!」


拍手喝采の中、キース様が歩み寄ってきた。


「……ジンジャー」


「あ、キース様。すみません、食べ物を粗末にしてしまって」


「いや。……見事だった」


キース様は、私の頬に飛んでいたクリームを指で拭い、それを舐めた。


「……安物だが、貴様が投げたなら格別だ」


「もう、茶化さないでください」


瓦礫の中で呆然としているアラン王子に、ミントさんが近づいた。


彼女は手に持っていたスルメを、そっと王子の手に握らせた。


「……食べなさいよ、アラン」


「ミ、ミント……?」


「甘い夢はもう終わり。これからは、このスルメみたいに噛みごたえのある人生を送りなさい。……一からやり直すなら、たまには相手してあげなくもないわ」


「ミントぉぉぉ……!」


アラン王子はスルメを握りしめ、クリームの海の中で男泣きした。


こうして。


スイーツ対決は私の圧勝。


そして、不正を働いていたパティシエ長は御用となり、アラン王子の野望(と予算)は崩れ去った。


真の悪役は退場し、残ったのは甘い香りと、少ししょっぱい涙の味だけだった。
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