婚約破棄? 上等です! 悪役令嬢は、断罪よりも限定タルトが気になる!

夏乃みのり

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「……誓います」


「……誓う」


王都の大聖堂。


厳かなパイプオルガンの音が響く中、私とキース様は愛の誓いを立てた。


神父様が何か良いことを言っていた気がするが、正直あまり覚えていない。


なぜなら、私の頭の中は、これから始まる披露宴のメニューで埋め尽くされていたからだ。


(前菜はフォアグラのテリーヌ……スープは冷製パンプキン……そしてメインは……)


チラリと隣を見る。


タキシードに身を包んだキース様もまた、神妙な顔をしてはいるが、その視線が祭壇の奥(出口の方角)を向いているのを知っている。


彼もまた、早く会場へ移動して「あのケーキ」と対面したくてたまらないのだ。


「では、新郎新婦の退場です!」


ファンファーレが鳴り響く。


私たちは腕を組み、バージンロードを歩き出した。


「……長かったな」


キース様が口を動かさずに囁く。


「はい。神父様の話、あと三分長かったら低血糖で倒れるところでした」


「俺もだ。早く糖分を入れないと、この笑顔の仮面が剥がれ落ちそうだ」


私たちは貴族たちに優雅に手を振りながら、早足で教会を出た。


そして、待機していた馬車に飛び乗る。


「急げ! 披露宴会場へ!」


「イエッサー!」


もはや新婚夫婦というより、戦場へ向かう同志だった。


          ◇


公爵邸の大広間は、数百人の招待客で埋め尽くされていた。


しかし、彼らの視線は、新郎新婦の入場よりも、会場の中央に鎮座する『それ』に釘付けになっていた。


「な、なんだあれは……」


「塔……? いや、要塞か?」


ザワザワという困惑の声。


無理もない。


そこにそびえ立っていたのは、私とキース様、そしてガストン率いる厨房チームが総力を挙げて作り上げた、高さ三メートルの『欲張りオールスター・ウエディングケーキ』だったからだ。


一番下の段は、直径一メートルの濃厚ガトーショコラ。


二段目は、純白のレアチーズケーキ。


三段目は、フルーツたっぷりのショートケーキ。


そしてその上には、数百個のシュークリームがピラミッドのように積み上げられ、頂上には飴細工で作られた二人の人形(フォークを持って戦っているポーズ)が飾られている。


「……完璧だ」


入場したキース様が、その威容を見て震えた。


「見ろ、あのバランス。倒壊ギリギリを攻めた、芸術的な傾斜角……」


「はい。ガストンさんが『建築学の教科書を読みました』と言っていました」


私たちは拍手喝采の中、メインテーブルではなく、ケーキの元へと直行した。


司会者が慌ててマイクを握る。


「えー、新郎新婦のご入場です! そのままケーキ入刀へと移らせていただきます!」


段取りが早い。さすがプロだ。


ガストンが、うやうやしくナイフを持ってきた。


それはナイフというより、もはや刀剣だった。


「旦那様、お嬢。ご武運を」


「うむ」


キース様が柄を握り、私がその上に手を添える。


「いくぞ、ジンジャー。狙うは三段目、ショートケーキの断層だ」


「了解です。イチゴを潰さないように、スッと引いてくださいね」


「……せーの!」


ザクッ!


心地よい手応えと共に、ナイフが巨大なケーキに吸い込まれていく。


「入刀ですーーっ!」


パシャパシャパシャ!


新聞記者たちのカメラのフラッシュが一斉に焚かれる。


「おめでとうございます!」


「なんて巨大なケーキだ!」


歓声の中、私たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。


ここまでは、普通(?)の結婚式だ。


しかし、ここからが本番である。


「続きまして、ファーストバイトを行います!」


司会者が叫んだ。


「まずは新郎から新婦へ。『一生食べるものに困らせない』という誓いを込めて、ケーキを食べさせてあげてください!」


キース様がフォークを手に取る。


彼は迷うことなく、一番上のシュークリームと、その下のショートケーキをざっくりと掬い取った。


一口サイズ?


いいえ、私の拳くらいのサイズだ。


「……食えるか?」


キース様が挑発的な目で見てくる。


「愚問です」


私は大きく口を開けた。顎が外れる限界まで。


「あーーーん!」


パクッ!


口いっぱいに広がるクリーム、スポンジ、そしてシュー皮の食感。


甘い。濃厚。でも、くどくない。


(……幸せっ!)


私はモグモグと咀嚼し、満面の笑みでサムズアップした。


会場から「おおっ!」というどよめきが起きる。


「花嫁があんな大口を……」


「なんて見事な食べっぷりだ……」


「次は、新婦から新郎への一口です!」


司会者の声が裏返った。


「『一生美味しい料理を作ります』という誓いを込めて……さあ、お願いします!」


私が一歩前に出る。


キース様が少し身構えた。


「……お手柔らかに頼むぞ。俺の口は貴様ほど大きくない」


「ご安心ください、キース様。ちゃんと『愛の大きさ』に合わせたスプーンを用意しましたから」


私はテーブルの下に隠していた布をバッとめくった。


そこにあったのは。


全長一メートル。


スコップ……いや、シャベルのような形状をした、特注の『超巨大スプーン』だった。


銀色に輝くその鈍器(スプーン)を見た瞬間、キース様の顔から血の気が引いた。


「……おい」


「はい?」


「それはなんだ」


「スプーンです」


「嘘をつけ! 土木工事用だろうが!」


「特注です。ガストンさんに頼んで、鍛冶屋に打ってもらいました」


私はその巨大スプーンを両手で構え、ケーキに向かった。


狙うは、ガトーショコラとレアチーズの層。


ズボッ!!


「重っ……」


手首にずっしりとした重量感が伝わる。


スプーンの上には、推定五百グラムのケーキの塊が乗っていた。


「さあ、キース様! 私の愛を受け止めてください!」


私はよろめきながら、その質量兵器をキース様の顔面に向けた。


「ま、待て! それは致死量だ! 窒息する!」


「大丈夫です! 口の中で溶けますから!」


「物理法則を無視するな!」


キース様が後ずさる。


しかし、背後は壁。逃げ場はない。


会場のゲストたちは、この夫婦漫才のような光景に、笑うべきか止めるべきか迷っていた。


「観念してください。……あーん!」


「くっ……! 来い!」


キース様は覚悟を決めた。


彼は目を閉じ、大きく口を開け……そして、諦めたように顎をしゃくった。


ドサッ。


ケーキの雪崩が、キース様の顔面を直撃した。


「むぐっ!?」


口に入ったのは半分。残りの半分は、鼻と頬に直撃し、クリームまみれになった。


「……っぷはっ!!」


キース様が溺れた人のように息継ぎをする。


顔中クリームだらけ。


あの「冷徹公爵」の威厳は、もはや微塵もない。


「……あ、甘い……」


キース様が舌で口の周りを舐めた。


「……濃厚だ。ガトーショコラの苦味と、レアチーズの酸味が……混ざり合って……」


「美味しいですか?」


「……最高だ」


キース様が、クリームまみれの顔でニカッと笑った。


その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも、無邪気で、幸せそうだった。


「わぁぁぁーーっ!!」


会場が爆発的な拍手に包まれた。


「ブラボー!」


「なんて豪快な夫婦だ!」


「最高に甘いぞー!」


私はハンカチを取り出し、キース様の顔を拭こうとした。


しかし、キース様は私の手首を掴み、引き寄せた。


「……お返しだ」


チュッ。


キース様が、私の唇についたクリームをキスで拭い取った。


「きゃっ」


「……これで、お互い様だな」


至近距離で見つめ合う私たち。


周りの目なんて関係ない。


今、この世界には、甘いケーキと、大好きな旦那様しかいないのだから。


「……ジンジャー」


「はい」


「愛しているぞ。……このケーキと同じくらい」


「私もです。……おかわり、してもいいですか?」


「フン、もちろん完食するまで帰さんぞ」


こうして、私たちの結婚式は、伝説として語り継がれることになった。


『スプーンという名の凶器を持ち出した花嫁』と、『それを顔面で受け止めた公爵』の物語として。


そして、私たちの甘くて騒がしい新婚生活が、ここから幕を開けるのである。
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