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「ミリアーナ・リール! 貴様との婚約を破棄する!」
神聖なる王宮の謁見の間。厳かに響き渡る陛下の声……ではなく、甲高い第三王子アルフ殿下の声に、私は思わず「え?」と間抜けな声を上げてしまった。
だって、今、なんておっしゃいました? 婚約破棄?
目の前には、私を指さして仁王立ちするアルフ殿下。その隣には、これ見よがしに殿下の腕にすがりつき、か弱い子鹿のように震える薄幸の美少女、もとい子爵令嬢のセシリー嬢。
あまりに絵に描いたような構図に、私は内心で盛大に白目を剥いた。茶番がすぎるでしょう。
「ミリアーナ! 貴様は、この可憐なセシリーに嫉妬し、夜会の場で彼女のドレスを破り、あまつさえ彼女の食事に毒を盛ろうとした! その悪逆非道、断じて許すわけにはいかん!」
殿下は額に青筋を立てながら、怒涛の勢いで私への罪状を並べ立てる。
曰く、私がセシリー嬢を階段から突き落とそうとした、だの。
曰く、セシリー嬢の教科書をズタズタに引き裂いた、だの。
いやいやいや、待て待て待て。どれもこれも身に覚えがなさすぎる。
そもそも、私は基本的にインドア派。人が多くて埃っぽい夜会なんて、義務でなければ参加したくもない。毒を盛るなんて手間のかかること、するわけないでしょう。私はもっと効率的な方法を選ぶわよ。
しかし、私の内心のツッコミなどお構いなしに、殿下の劇場は続く。
「貴様のような悪辣な女は、わが国の妃にはふさわしくない! よって、今この時をもって、貴様との婚約は破棄! 今すぐ実家に帰り、謹慎せよ!」
そう一方的に告げられ、私はようやく事態を完全に把握した。
なるほど。これは世に言う「悪役令嬢断罪イベント」ってやつね。しかも、かなりテンプレに忠実な。まさか我が身に降りかかるとは、夢にも思わなかったわ。
私はゆっくりと息を吸い込んだ。ここでヒロインよろしく、悲劇のヒロインを演じるのも悪くないかもしれない。瞳を潤ませ、唇を震わせ、「殿下、なぜですの……! わたくしは、ただ殿下をお慕い申し上げておりましたのに……!」とでも言えば、もしかしたら少しは同情されるかもしれない。
だが、待てよ。
私の脳裏に、数日前に見た帳簿の数字が鮮やかによぎる。
わがリール家は代々続く名門公爵家だが、近年は財政が逼迫している。人の好い父上がまた新しい鉱山投資に失敗したとかで、頭を抱えていたっけ。そんな折、この婚約破棄。
……あ、これ、慰謝料、もらえるんじゃないかしら?
私の顔に、自然と笑みが浮かんだ。殿下は「な、なぜ笑う!?」とさらに顔を赤くしているが、そんなこと知ったこっちゃない。
「あら、殿下。ご冗談がお上手ですこと」
私は優雅にカーテシーを決め、にっこりと微笑んでみせた。殿下の隣のセシリー嬢が、なぜか怯えたように「ひっ」と短い悲鳴を上げる。どうしたのかしら?
「殿下とわたくしの婚約は、陛下と先代リール公爵の間で交わされた聖なる契約。それを一方的に、それも不貞の証拠もなく破棄なさるというのであれば、相応の慰謝料が発生いたしますわよね?」
私の言葉に、シン……と謁見の間にいた全員の動きがピタリと止まった。
殿下は口をあんぐりと開け、セシリー嬢はまるで金縛りにでもあったかのように固まっている。玉座にいらっしゃる陛下だけは、なぜか遠い目をして、口元にうっすらと笑みを浮かべているように見えた。気のせいかしら。
「い、慰謝料だと? ふざけるな! 貴様の悪行の数々を思えば、こちらが請求したいくらいだ!」
「あら? わたくしのどの悪行に対し、確固たる証拠がおありですの? 殿下が先ほどから口にされているのは、すべてそちらのセシリー嬢の主張でしかございませんわよね?」
私はちらりとセシリー嬢に視線を送る。彼女はビクリと肩を揺らし、さらに強く殿下の腕にしがみついた。
「証拠もなく、公爵令嬢たるわたくしを大勢の前で貶める行為は、王家による公爵家への重大な侮辱と受け取られても仕方ありません。これは立派な名誉毀損に当たりますのよ? もちろん、その分の慰謝料も上乗せさせていただきますけれど?」
私の理路整然とした反論に、殿下の顔はみるみるうちに青ざめていく。
「さて、慰謝料の内訳ですが、まず精神的苦痛への賠償として金貨百万枚。これは最低ラインですわね。それから、長きにわたる婚約期間中に得られたであろう未来の逸失利益として、さらに金貨五十万枚。そして、リール公爵家の名誉を傷つけたことへの慰謝料として金貨二十万枚。合計で金貨百七十万枚といったところでしょうか」
私は涼しい顔で、次々と高額な数字を並べ立てていく。謁見の間には、誰かの乾いた咳払いだけが響いた。
「もちろん、これは最低限の見積もりですわ。今後、わたくしが被るであろう風評被害や、縁談への悪影響などを考慮すれば、さらに増額する可能性もございますわね」
追い打ちをかけるようににっこりと微笑むと、殿下はぐらりと体勢を崩し、その場にへたり込んだ。セシリー嬢が「アルフ様!?」と悲鳴を上げるが、殿下は魂が抜けたように虚空を見つめている。
これだけあれば、父上の失敗した投資の穴埋めもできるし、私の悠々自適なセカンドライフの資金も潤沢だわ!
そうだ、まずは最高級の寝具と、腕利きのパティシエを専属で雇って……。
私の脳内では、既にバラ色の未来が繰り広げられていた。婚約破棄? 上等よ! むしろ、ありがとう殿下!
「では、陛下。そういうわけで、よしなにお取り計らいくださいませ」
私は完璧な笑顔で陛下に一礼し、颯爽と謁見の間に背を向けた。
後ろでは、殿下の呻き声と、セシリー嬢のすすり泣く声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいでしょう。
さあ、まずはどの国のパティシエを招聘しようかしら。私の新しい人生は、今、始まったのだから!
神聖なる王宮の謁見の間。厳かに響き渡る陛下の声……ではなく、甲高い第三王子アルフ殿下の声に、私は思わず「え?」と間抜けな声を上げてしまった。
だって、今、なんておっしゃいました? 婚約破棄?
目の前には、私を指さして仁王立ちするアルフ殿下。その隣には、これ見よがしに殿下の腕にすがりつき、か弱い子鹿のように震える薄幸の美少女、もとい子爵令嬢のセシリー嬢。
あまりに絵に描いたような構図に、私は内心で盛大に白目を剥いた。茶番がすぎるでしょう。
「ミリアーナ! 貴様は、この可憐なセシリーに嫉妬し、夜会の場で彼女のドレスを破り、あまつさえ彼女の食事に毒を盛ろうとした! その悪逆非道、断じて許すわけにはいかん!」
殿下は額に青筋を立てながら、怒涛の勢いで私への罪状を並べ立てる。
曰く、私がセシリー嬢を階段から突き落とそうとした、だの。
曰く、セシリー嬢の教科書をズタズタに引き裂いた、だの。
いやいやいや、待て待て待て。どれもこれも身に覚えがなさすぎる。
そもそも、私は基本的にインドア派。人が多くて埃っぽい夜会なんて、義務でなければ参加したくもない。毒を盛るなんて手間のかかること、するわけないでしょう。私はもっと効率的な方法を選ぶわよ。
しかし、私の内心のツッコミなどお構いなしに、殿下の劇場は続く。
「貴様のような悪辣な女は、わが国の妃にはふさわしくない! よって、今この時をもって、貴様との婚約は破棄! 今すぐ実家に帰り、謹慎せよ!」
そう一方的に告げられ、私はようやく事態を完全に把握した。
なるほど。これは世に言う「悪役令嬢断罪イベント」ってやつね。しかも、かなりテンプレに忠実な。まさか我が身に降りかかるとは、夢にも思わなかったわ。
私はゆっくりと息を吸い込んだ。ここでヒロインよろしく、悲劇のヒロインを演じるのも悪くないかもしれない。瞳を潤ませ、唇を震わせ、「殿下、なぜですの……! わたくしは、ただ殿下をお慕い申し上げておりましたのに……!」とでも言えば、もしかしたら少しは同情されるかもしれない。
だが、待てよ。
私の脳裏に、数日前に見た帳簿の数字が鮮やかによぎる。
わがリール家は代々続く名門公爵家だが、近年は財政が逼迫している。人の好い父上がまた新しい鉱山投資に失敗したとかで、頭を抱えていたっけ。そんな折、この婚約破棄。
……あ、これ、慰謝料、もらえるんじゃないかしら?
私の顔に、自然と笑みが浮かんだ。殿下は「な、なぜ笑う!?」とさらに顔を赤くしているが、そんなこと知ったこっちゃない。
「あら、殿下。ご冗談がお上手ですこと」
私は優雅にカーテシーを決め、にっこりと微笑んでみせた。殿下の隣のセシリー嬢が、なぜか怯えたように「ひっ」と短い悲鳴を上げる。どうしたのかしら?
「殿下とわたくしの婚約は、陛下と先代リール公爵の間で交わされた聖なる契約。それを一方的に、それも不貞の証拠もなく破棄なさるというのであれば、相応の慰謝料が発生いたしますわよね?」
私の言葉に、シン……と謁見の間にいた全員の動きがピタリと止まった。
殿下は口をあんぐりと開け、セシリー嬢はまるで金縛りにでもあったかのように固まっている。玉座にいらっしゃる陛下だけは、なぜか遠い目をして、口元にうっすらと笑みを浮かべているように見えた。気のせいかしら。
「い、慰謝料だと? ふざけるな! 貴様の悪行の数々を思えば、こちらが請求したいくらいだ!」
「あら? わたくしのどの悪行に対し、確固たる証拠がおありですの? 殿下が先ほどから口にされているのは、すべてそちらのセシリー嬢の主張でしかございませんわよね?」
私はちらりとセシリー嬢に視線を送る。彼女はビクリと肩を揺らし、さらに強く殿下の腕にしがみついた。
「証拠もなく、公爵令嬢たるわたくしを大勢の前で貶める行為は、王家による公爵家への重大な侮辱と受け取られても仕方ありません。これは立派な名誉毀損に当たりますのよ? もちろん、その分の慰謝料も上乗せさせていただきますけれど?」
私の理路整然とした反論に、殿下の顔はみるみるうちに青ざめていく。
「さて、慰謝料の内訳ですが、まず精神的苦痛への賠償として金貨百万枚。これは最低ラインですわね。それから、長きにわたる婚約期間中に得られたであろう未来の逸失利益として、さらに金貨五十万枚。そして、リール公爵家の名誉を傷つけたことへの慰謝料として金貨二十万枚。合計で金貨百七十万枚といったところでしょうか」
私は涼しい顔で、次々と高額な数字を並べ立てていく。謁見の間には、誰かの乾いた咳払いだけが響いた。
「もちろん、これは最低限の見積もりですわ。今後、わたくしが被るであろう風評被害や、縁談への悪影響などを考慮すれば、さらに増額する可能性もございますわね」
追い打ちをかけるようににっこりと微笑むと、殿下はぐらりと体勢を崩し、その場にへたり込んだ。セシリー嬢が「アルフ様!?」と悲鳴を上げるが、殿下は魂が抜けたように虚空を見つめている。
これだけあれば、父上の失敗した投資の穴埋めもできるし、私の悠々自適なセカンドライフの資金も潤沢だわ!
そうだ、まずは最高級の寝具と、腕利きのパティシエを専属で雇って……。
私の脳内では、既にバラ色の未来が繰り広げられていた。婚約破棄? 上等よ! むしろ、ありがとう殿下!
「では、陛下。そういうわけで、よしなにお取り計らいくださいませ」
私は完璧な笑顔で陛下に一礼し、颯爽と謁見の間に背を向けた。
後ろでは、殿下の呻き声と、セシリー嬢のすすり泣く声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいでしょう。
さあ、まずはどの国のパティシエを招聘しようかしら。私の新しい人生は、今、始まったのだから!
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