婚約破棄、万歳!あとは推しを愛でるだけの簡単なお仕事です

夏乃みのり

文字の大きさ
21 / 28

21

しおりを挟む
「おお……! なんという……なんという神々しい大腿四頭筋(だいたいしとうきん)だ! これほどまでに美しく、かつ強靭な四肢を持つ女性がこの世に存在したとは!」

王宮の第三訓練場。
バルク公国のゴーガン王子が、地面に膝を突き、雷に打たれたような顔で叫んでいた。

彼の視線の先にいるのは、リリアン様だ。
彼女は今、五十キロのバーベルを担ぎながら、一ミリのブレもなく深いスクワットを繰り返している。

「ふんっ! ……はぁっ! ……九十八、九十九……百! ……ふぅ。……あら、バルクの王子様。わたくしの筋肉に何か御用ですの?」

リリアン様が爽やかに汗を拭いながら振り返る。
その際、太ももの筋肉がドレスの隙間から「カット」と呼ばれる鮮やかな溝を見せた。

「……パチ、パチパチ。……ハンス、見て。ゴーガン王子の瞳の輝き。あれは恋に落ちた男の目ではありません。……『至高の資産』を見つけた投資家の目ですわ」

私は特等席から、算盤の珠を弾きながらその様子を観察していた。

「お嬢様、あれはどう見ても一目惚れですよ。……しかも、顔じゃなくて大腿筋に。……バルク公国の美の基準、本当に筋肉だけなんですね」

ハンスが引き気味に呟く。
ゴーガン王子は、リリアン様に歩み寄ると、その場で深々と頭を下げた。

「リリアン殿! 我が公国へ来てはくれまいか! 貴殿のその脚力があれば、我が国の山脈を越える軍馬など不要! 私と共に、世界一の『筋肉家系』を築こうではないか!」

「軍馬の代わり!? 失礼ですわね。わたくし、自分の体を支えるために鍛えているのであって、誰かを運ぶためではありませんわ!」

リリアン様がツンと鼻を鳴らす。
だが、ゴーガン王子はめげない。

「ならば、私とバルク(質量)を競い合ってくれ! 私が勝ったら、我が国の特産『超高純度プロテイン大豆』を一生分贈ろう!」

「一生分のプロテイン……。……パチリ。……リリアン様、その提案、悪くないわね」

私が横から口を出すと、リリアン様の目がキラリと光った。

「お師匠様がそうおっしゃるなら……。……わかりましたわ、ゴーガン王子! その勝負、受けて立ちます! ただし、わたくしが勝ったら、あなたの国のトレーニング機材の設計図をいただきますわよ!」

「ガハハ! 良いだろう! これぞ筋肉を通じた魂の交流だ!」

二人がそのまま「デッドリフト対決」を始めようとしたところで、私は算盤をチャッ、と鳴らして制した。

「パチ、パチパチ……。……ゴーガン殿下。リリアン様は我が国の『重要文化財』にして、私の大事な一番弟子です。……彼女をバルク公国へ連れて行くというのなら、相応の『筋肉持参金』を提示していただかなければ困りますわ」

「筋肉持参金だと……? それは何だ、アステリア公嬢」

「簡単なことですわ。パチリ。……両国の関税撤廃、並びに『共同筋肉研究施設』の設立。そして、バルク公国が保有する『鉄の鉱山』の優先供給権。……これらを契約書に盛り込んでいただけるなら、リリアン様の『筋肉留学』を許可いたしましょう」

「……お嬢様、どさくさに紛れて国家規模の利権をむしり取ろうとしてませんか?」

ハンスがツッコミを入れるが、私は止まらない。
ゴーガン王子は、リリアンの見事なデッドリフトのフォームに見惚れながら、二つ返事で頷いた。

「構わん! その程度の条件、筋肉の美しさに比べれば微々たるものだ! 書状を用意しろ!」

「……パチリ。……交渉成立ですわね」

私は勝利の笑みを浮かべた。
これで我が国には安価な鉄が入り、騎士団のトレーニング機材はさらに充実する。
リリアン様も、新しい刺激を得てバルクアップする。
……全てが完璧な数式(スキーム)通りだ。

そこへ、遠くからその様子を眺めていたキース様が、困り果てた表情で近づいてきた。

「……公嬢。……君は、リリアン嬢を外交の道具に……いや、筋肉の交換留学生にするつもりか?」

「キース様。これは道具ではありません、適材適所ですわ。パチパチ。……リリアン様は、広い世界で揉まれるべきなのです。……それに」

私は、キース様の太い腕をそっと指先でなぞった。

「……強い筋肉同士が惹かれ合うのは、宇宙の真理ですわ。……キース様と私が、こうして隣にいるように」

「…………」

キース様は、顔を赤くして視線を逸らした。
だが、その手は私の腰をしっかりと引き寄せ、隣国の王子に見せつけるように力を込めた。

(パチリ。……独占欲による筋緊張。……最高ですわね)

王都の平和は、筋肉という名の新しい通貨と、熱い恋(?)によって、ますます強固なものになっていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

[完結]気付いたらザマァしてました(お姉ちゃんと遊んでた日常報告してただけなのに)

みちこ
恋愛
お姉ちゃんの婚約者と知らないお姉さんに、大好きなお姉ちゃんとの日常を報告してただけなのにザマァしてたらしいです 顔文字があるけどウザかったらすみません

王太子妃に興味はないのに

藤田菜
ファンタジー
眉目秀麗で芸術的才能もある第一王子に比べ、内気で冴えない第二王子に嫁いだアイリス。周囲にはその立場を憐れまれ、第一王子妃には冷たく当たられる。しかし誰に何と言われようとも、アイリスには関係ない。アイリスのすべきことはただ一つ、第二王子を支えることだけ。 その結果誰もが羨む王太子妃という立場になろうとも、彼女は何も変わらない。王太子妃に興味はないのだ。アイリスが興味があるものは、ただ一つだけ。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

処理中です...