婚約破棄、万歳!あとは推しを愛でるだけの簡単なお仕事です

夏乃みのり

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「……パチ、パチパチ。……素晴らしい。披露宴開始から三時間。出席者の消費カロリー、累計八千万キロカロリーを突破しましたわ。これは王都の冬の暖房費一ヶ月分に匹敵する熱量ですわね」

結婚披露宴、もとい「第一回・王都筋肉狂宴」。
私は、新婦用の「可動域を確保した」ドレスに身を包み、雛壇から会場を見渡して算盤を弾いていた。

目の前では、正装を脱ぎ捨てた騎士たちと、バルク公国からの使節団、そしてなぜか庭師の格好をしたセドリック殿下が、輪になって「祝いのスクワット」を繰り広げている。

「お師匠様ーーー! 見てくださいまし! わたくし、お祝いの気持ちを大腿四頭筋に込めて、現在二千回目ですわーーー!」

リリアン様が、ドレスの裾を豪快に捲り上げ、バーベル代わりに巨大なウェディングケーキの台座を担いで上下している。
もはや彼女を止める者は誰もいない。

「……ジェリカ。……一応確認するが、これは本当に私たちの『結婚披露宴』なんだよな? どこかの国営ジムの落成記念パーティーではないんだな?」

隣に座るキース様が、少しだけ疲れた顔でプロテイン入りのシャンパンを口にした。
しかし、その表情はどこか誇らしげでもある。

「何をおっしゃるのです、キース様。パチリ。……愛とは、共に同じ方向(筋肉の頂点)を見つめること。……これほど愛に溢れた光景が、他にありますか?」

「……まあ、君がそう言うなら、そうなのだろう。……私も、そろそろあの中に混ざってくるべきだろうか」

「いえ、キース様。あなたは私の隣で、その『新郎としての至高の仕上がり』を維持していてください。……パチパチ。……あなたのその、ベストを押し返すような大胸筋の張り。……それだけで、私は今夜、白米を五杯は食べられますわ」

「……食べるのは私にしてくれないか?」

キース様が、耳元で少しだけ意地悪く囁いた。
私の算盤を弾く指が、一瞬だけピタリと止まる。

(……っ! パチリ。……心拍数、急上昇。……キース様、今の発言は私の『冷静な経営判断』を著しく阻害する、不当な揺さぶりですわよ!)

「ガハハ! ジェリカ、キース! お前たちの門出を祝して、私からも一言言わせろ!」

泥だらけの長靴を履いたセドリック殿下が、ブロッコリーの花束を持って近づいてきた。

「僕は、君に婚約破棄されて、人生で初めて『自分の足』で立つことの大切さを知った。……今、土を耕し、筋肉を育て、作物を収穫する喜びは、王宮で書類に埋もれていた頃の何倍も大きい。……ありがとう、ジェリカ。君は最高の『教育者』だったよ」

「パチリ。……殿下。……あなたのその、実直な広背筋が何よりの証明ですわ。……これからは、王宮の胃袋を支える『筋肉農夫』として、我が国のタンパク質自給率向上に貢献してくださいな」

「ああ、任せておけ! 次はプロテイン大豆の栽培に挑戦するつもりだ!」

殿下は爽やかな笑顔で去っていった。
かつてのドロドロとした三角関係は、筋肉という名のフィルターを通し、極めてクリーンで高効率な関係へと昇華されていた。

……数年後。

「……パチ、パチパチ。……はい、坊や。そこは『一足す一』ではありませんわ。……『ダンベル一個にダンベル一個を足すと、合計の負荷は何キロになるか』、これが算術の基本ですわよ」

アステリア公爵邸の庭。
私は、まだ幼い我が子――レオを膝に乗せ、算盤を教えていた。
レオが握っているのは、銀細工のガラガラではなく、一キロの「乳幼児用特製ダンベル」だ。

「……しゅ、しゅくわっと……?」

「ええ、そうですわ、レオ。……『一に筋肉、二に算盤。三、四がなくて、五にプロテイン』。……これがアステリア家の家訓ですわよ」

「……おい、ジェリカ。……あまり英才教育が過ぎるのも考えものだぞ。……レオがさっき、庭の石像を持ち上げようとしていたぞ」

公務から戻ってきたキース様が、苦笑しながら私たちを抱き上げた。
数年経っても、彼の筋肉は衰えるどころか、渋みを増してさらに洗練されていた。
私の指先は、吸い寄せられるように彼の前腕の浮き出た血管をなぞる。

「パチリ。……当然ですわ。……私の息子が、非効率な軟弱者に育つはずがありませんもの。……キース様、今日の仕上がりも……一兆点ですわね」

「……ふ。……君のその評価、一生維持するために、私は死ぬまで鍛え続けるよ。……ジェリカ、愛している」

「……パチ。……私もです、キース様。……あなたの筋肉と、その中にある真心……。……計算するまでもなく、私の人生における『最大にして最強の黒字』ですわ」

私たちは、王都の夕陽を浴びながら、静かに唇を重ねた。

かつて悪役令嬢と呼ばれ、婚約破棄という不渡りを出された私。
しかし、私は算盤を武器に、筋肉を資本に、自分の手で「幸福」という名の莫大な資産を築き上げた。

人生の決算書に、もはや赤字の文字はない。

「……さて、キース様。夜のトレーニング(夫婦の語らい)の時間ですわ。……今夜は、広背筋の可動域を限界まで広げる、特別なメニューをご用意しておりますの」

「……手加減、してくれるんだろうな?」

「……パチリ。……投資に対して、最大限のリターンを期待させていただきますわ!」

王都に響く、幸せな算盤の音。
筋肉の果てに、真実の愛がある。
その数式を証明した私の物語は、これからも末長く、鋼のような強さで続いていくのだった。
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