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わたくしたちの婚約が発表されてからというもの、王宮は、まるでお祭りのような華やいだ空気に包まれておりました。
国王陛下の全面的な支援のもと、わたくしたちの結婚式の準備は、国を挙げての一大プロジェクトとして、着々と進められていたのです。
そして、結婚式の準備においてわたくしが最も情熱を傾けた項目。
それは、もちろん披露宴で振る舞われるウェディングケーキの選定でした。
その日、わたくしたちは王宮のパティシエ長が腕によりをかけて準備した、試食用のケーキが並ぶ特別室へと案内されました。
わたくしの隣には、もちろん婚約者であるアレクシス様。
そして、なぜか「後見人として、当然の役目だ」と言ってついてきた兄のルードヴィヒ様も。
テーブルの上には、純白のクリームや色とりどりのフルーツで飾られたそれはもう芸術品のような、小さなケーキたちがずらりと並んでいる。
パティシエ長が、緊張した面持ちでそれぞれのケーキの説明を始めました。
「こちらが、最高級の小麦粉と王宮の鶏舎で今朝産まれたばかりの卵をふんだんに使った基本のスポンジ生地でございます」
わたくしは、差し出されたスポンジをまず指でそっと押してみる。
次に、香りを確かめそして小さな欠片を口に含んだ。
厨房が、静まり返る。
パティシエ長が、ごくりと喉を鳴らす音が、聞こえた。
「……お話になりませんわね」
わたくしが、一言そう告げるとその場の空気がぴしりと凍りついた。
「こ、と、申しますと……?」
「このスポンジ、きめが粗すぎますわ。これでは、クリームの水分を、すぐに吸ってべしゃべしゃになってしまう。小麦粉を三度はふるいにかけましたの?」
「い、いえ、二度でございます……」
「それに、この、卵の香り。わたくしの舌を、ごまかせるとお思い? これは、朝産み卵ではございませんわ。昨日の残りですわね?」
図星を指されたパティシエ長の顔が、さっと青くなる。
わたくしの、暴走……いえ、完璧なウェディングケーキへの探求の旅はまだ始まったばかりでした。
「次に、この、生クリーム! 甘すぎますわ! これでは、フルーツの繊細な酸味を殺してしまう! もっと、乳脂肪分の高いそれでいて後味のすっきりとしたクリームを使うべきですわ!」
「まあ、この、チョコレート! カカオのパーセンテージは!? どこの産地の豆をお使いになって? まさか、そこらのありふれた製菓用のチョコレートではございませんでしょうね!?」
次々と、繰り出されるわたくしの専門的で、そして、一切の妥協を許さない指摘の数々。
王宮一と謳われたパティシエ長も、わたくしの前ではただ汗を流しながらメモを取るしかできないようでした。
その、凄まじい光景を二人の男性は対照的な表情で眺めておりました。
お兄様は、こめかみを押さえ深ーい深ーいため息をついている。
「……アレクシス、すまん。今からでも遅くはない。逃げるなら今のうちだぞ……」
「……」
しかし、アレクシス様は、そんなお兄様の同情に満ちた言葉にも答えずただうっとりとしたどこまでも愛おしそうな瞳でわたくしのことを見つめておりました。
その表情は、まるで戦場で勇ましく戦う女神を見守る騎士のよう。
「アレクシス様!」
わたくしが、二種類の苺を彼に見せて尋ねる。
「どちらの苺が、よろしいかしら? こちらの、王都で採れた甘みの強いもの?それとも、北の山でしか採れないこの酸味の際立った小粒の野苺?」
彼は、専門的なことなど分かるはずもないのに、少しも迷わずこう答えてくれたのです。
「……君が選んだ方が、一番美味しいに決まっている」
その、絶対の信頼を込めた、彼の言葉に、わたくしは、頬を、ぽっと、赤らめながらも、ますます、やる気に、火がついた。
「そうと決まれば、話は早いですわ! パティシエ長! この、野苺を結婚式までに、馬車で五台分、用意なさい!」
「ご、五台分!?」
こうして、数時間にも及ぶ熱い熱い議論の末。
わたくしたちの、世界でたった一つの完璧なウェディングケーキのデザインは決定されたのです。
その、あまりに情熱的なわたくしの姿を見て、呆れ果てているお兄様の隣で、アレクシス様がただ幸せそうに微笑んでいたことを。
ケーキのことで頭がいっぱいだったわたくしは、その時まだ気づいておりませんでした。
国王陛下の全面的な支援のもと、わたくしたちの結婚式の準備は、国を挙げての一大プロジェクトとして、着々と進められていたのです。
そして、結婚式の準備においてわたくしが最も情熱を傾けた項目。
それは、もちろん披露宴で振る舞われるウェディングケーキの選定でした。
その日、わたくしたちは王宮のパティシエ長が腕によりをかけて準備した、試食用のケーキが並ぶ特別室へと案内されました。
わたくしの隣には、もちろん婚約者であるアレクシス様。
そして、なぜか「後見人として、当然の役目だ」と言ってついてきた兄のルードヴィヒ様も。
テーブルの上には、純白のクリームや色とりどりのフルーツで飾られたそれはもう芸術品のような、小さなケーキたちがずらりと並んでいる。
パティシエ長が、緊張した面持ちでそれぞれのケーキの説明を始めました。
「こちらが、最高級の小麦粉と王宮の鶏舎で今朝産まれたばかりの卵をふんだんに使った基本のスポンジ生地でございます」
わたくしは、差し出されたスポンジをまず指でそっと押してみる。
次に、香りを確かめそして小さな欠片を口に含んだ。
厨房が、静まり返る。
パティシエ長が、ごくりと喉を鳴らす音が、聞こえた。
「……お話になりませんわね」
わたくしが、一言そう告げるとその場の空気がぴしりと凍りついた。
「こ、と、申しますと……?」
「このスポンジ、きめが粗すぎますわ。これでは、クリームの水分を、すぐに吸ってべしゃべしゃになってしまう。小麦粉を三度はふるいにかけましたの?」
「い、いえ、二度でございます……」
「それに、この、卵の香り。わたくしの舌を、ごまかせるとお思い? これは、朝産み卵ではございませんわ。昨日の残りですわね?」
図星を指されたパティシエ長の顔が、さっと青くなる。
わたくしの、暴走……いえ、完璧なウェディングケーキへの探求の旅はまだ始まったばかりでした。
「次に、この、生クリーム! 甘すぎますわ! これでは、フルーツの繊細な酸味を殺してしまう! もっと、乳脂肪分の高いそれでいて後味のすっきりとしたクリームを使うべきですわ!」
「まあ、この、チョコレート! カカオのパーセンテージは!? どこの産地の豆をお使いになって? まさか、そこらのありふれた製菓用のチョコレートではございませんでしょうね!?」
次々と、繰り出されるわたくしの専門的で、そして、一切の妥協を許さない指摘の数々。
王宮一と謳われたパティシエ長も、わたくしの前ではただ汗を流しながらメモを取るしかできないようでした。
その、凄まじい光景を二人の男性は対照的な表情で眺めておりました。
お兄様は、こめかみを押さえ深ーい深ーいため息をついている。
「……アレクシス、すまん。今からでも遅くはない。逃げるなら今のうちだぞ……」
「……」
しかし、アレクシス様は、そんなお兄様の同情に満ちた言葉にも答えずただうっとりとしたどこまでも愛おしそうな瞳でわたくしのことを見つめておりました。
その表情は、まるで戦場で勇ましく戦う女神を見守る騎士のよう。
「アレクシス様!」
わたくしが、二種類の苺を彼に見せて尋ねる。
「どちらの苺が、よろしいかしら? こちらの、王都で採れた甘みの強いもの?それとも、北の山でしか採れないこの酸味の際立った小粒の野苺?」
彼は、専門的なことなど分かるはずもないのに、少しも迷わずこう答えてくれたのです。
「……君が選んだ方が、一番美味しいに決まっている」
その、絶対の信頼を込めた、彼の言葉に、わたくしは、頬を、ぽっと、赤らめながらも、ますます、やる気に、火がついた。
「そうと決まれば、話は早いですわ! パティシエ長! この、野苺を結婚式までに、馬車で五台分、用意なさい!」
「ご、五台分!?」
こうして、数時間にも及ぶ熱い熱い議論の末。
わたくしたちの、世界でたった一つの完璧なウェディングケーキのデザインは決定されたのです。
その、あまりに情熱的なわたくしの姿を見て、呆れ果てているお兄様の隣で、アレクシス様がただ幸せそうに微笑んでいたことを。
ケーキのことで頭がいっぱいだったわたくしは、その時まだ気づいておりませんでした。
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