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世紀の結婚式から、一年が過ぎた。
アシュフォード辺境伯領には、再び、生命力にあふれる、輝かしい春が訪れていた。
「まあ、奥様。本日はまた一段と気合が入っておりますわね。厨房中がとっても香ばしい良い匂いに満ちておりますわ」
侍女のアンナが、楽しそうに声をかける。
すっかりこの辺境の生活にも馴染んだ彼女は、今や城の侍女頭としてメイドたちを立派に取り仕切っていた。
「ええ、もちろんよ、アンナ」
厨房の中心で、手際よく調理を進めていたサーシャは額の汗を拭いながら悪戯っぽく微笑んだ。
「今日は、わたくしたち夫婦にとって大切な大切な記念日のようなものですから。腕によりをかけて最高のランチをご用意しなくては」
この一年で、多くのことが変わった。
サーシャは、今やただの伯爵夫人ではなかった。
彼女が、領地の女性たちと共に開発を始めた「雪割草のジャム」や「猪肉のリエット」は、王都でも評判を呼び、領地に新たな富をもたらす立派な特産品へと成長していた。
また、彼女の提案で城下に作られた子供たちのための小さな学校からは、毎日元気な声が響き渡っている。
領民たちは、そんな美しく聡明で、そして誰よりも自分たちのことを考えてくれる太陽のような伯爵夫人を心の底から敬愛し慕っていた。
王都もまた、新しい時代を迎えていた。
聡明なアーサー新王太子の元、父であるシュヴァルツ公爵が宰相としてその辣腕を振るいサーシャがかつて提示した改革案は着実に実行に移され国は少しずつ、しかし、確実に良い方向へと向かっている。
すべてが、順調で幸せに満ちている。
そんな、夢のような日々。
「よし、できましたわ!」
サーシャは、オーブンからこんがりと完璧な黄金色に揚がった大きなカツレツを取り出した。
その香ばしい匂いは、一年前のあの日彼と初めて出会った王都の『満腹亭』を思い出させる。
昼食の時間。
城の一番見晴らしの良いテラスに、二人だけの特別な食卓が用意された。
メインディッシュは、もちろんあの特製カツレツだ。
シュヴァルツ領の最高級の小麦を使ったパン粉をつけ、アシュフォードの清らかな水で育った豚を澄んだラードでじっくりと揚げる。
そして、ソースは王都のそれとは違う、辺境で採れる甘酸っぱい木の実を煮詰めて作ったサーシャのオリジナル。
朝の訓練から戻ってきたリアムが、その匂いに気づき子供のように目を輝かせた。
「この匂いは…サーシャまさか」
「ふふっ。さあ、旦那様。お席についてくださいまし。わたくし特製『満腹亭』には決して負けないカツレツですわよ」
リアムは、大きな口でそのカツレツをがぶりと頬張った。
サクッという小気味良い音がテラスに響く。
その瞬間、彼の青い瞳が驚きと感動に大きく見開かれた。
「…うまい」
一言、そう呟くと、あとはもう夢中でカツレツを口へと運んでいく。
その本当に幸せそうな食べっぷりを見てサーシャの心も温かい幸福感で満たされた。
「…あの店の味より、ずっと、美味い」
綺麗に一皿を平らげたリアムが満足げにそう言った。
「当たり前ですわ」
サーシャは、胸を張ってにっこりと微笑む。
「このカツレツには、この世で最も美味しくなる最高のスパイスがたっぷりと振りかけられておりますもの。…わたくしの愛情というスパイスが」
その言葉に、リアムは少しだけ顔を赤くすると照れ隠しのようにごほんと咳払いをした。
穏やかな風がテラスを吹き抜けていく。
二人は、食後の紅茶を飲みながらこれまでの不思議で愛おしい道のりをゆっくりと振り返っていた。
そして。
サーシャは、ふと真剣な顔になるとカップを静かにテーブルに置いた。
「リアム。実は、あなたに大切なご報告をしなければならないことがございますの」
「ん? どうした、サーシャ。何か問題でも起きたか?」
リアムの表情が、領主としての厳しいものへと変わる。
サーシャは、そんな彼に優しく微笑みかけるとその大きな節くれだった手を自分の両手でそっと取った。
そして、その手を自分自身のまだ平らなお腹へとゆっくりと導いていった。
「いいえ、問題ではございませんわ。むしろ、これ以上ないほどの吉報ですのよ」
彼女は、リアムの瞳をまっすぐに見つめる。
「この、わたくしたちの最高の食卓にもう一人。新しい可愛い家族がもうすぐ加わることになりましたの。…あなたと、わたくしの愛しい愛しい宝物が」
「…え?」
最初、リアムはその言葉の意味がよく分かっていないようだった。
きょとんと子供のような顔で、サーシャの顔と自分がお腹に当てている手を交互に見ている。
そして。
やがて、その言葉の意味を完全に理解した瞬間。
彼の、あのいつも冷静な青い瞳が今まで見たこともないほど驚きと、そして抑えきれないほどの深い深い喜びに大きく大きく見開かれた。
「…本当か…?」
言葉もなく、リアムは椅子から滑り落ちるようにその場にひざまずいた。
そして、まるで、神の啓示でも聴くかのようにサーシャのお腹にその大きな頭をそっと寄せた。
「本当に…俺と、お前の…子供が…ここに…?」
その声は、喜びと感動で震えていた。
彼は、ゆっくりと顔を上げると、サーシャをまるで世界で最も尊く壊れやすい宝物でも抱きしめるかのように優しく優しくその腕の中に包み込んだ。
サーシャも、彼のたくましく温かい背中にそっと自分の腕を回す。
悪役令嬢と呼ばれた、一人の少女の物語。
婚約破棄という、最悪の出来事から始まった彼女の第二の人生。
彼女が、紆余曲折の長い旅路の果てにようやくたどり着いた場所。
それは、王妃の座でも莫大な富でも誰かを見返すための権力でもなかった。
愛する夫と。
これから、この腕に抱くことになる新しい命と。
そして、心から美味しいと思える食事を共に囲むことができるこの何にも代えがたい温かくて幸せに満ち溢れた「最高の食卓」。
春の柔らかな陽光に包まれながら、幸せそうに寄り添う二人の姿をアシュフォードのどこまでも青い空がただ静かにそして優しく見守っていた。
アシュフォード辺境伯領には、再び、生命力にあふれる、輝かしい春が訪れていた。
「まあ、奥様。本日はまた一段と気合が入っておりますわね。厨房中がとっても香ばしい良い匂いに満ちておりますわ」
侍女のアンナが、楽しそうに声をかける。
すっかりこの辺境の生活にも馴染んだ彼女は、今や城の侍女頭としてメイドたちを立派に取り仕切っていた。
「ええ、もちろんよ、アンナ」
厨房の中心で、手際よく調理を進めていたサーシャは額の汗を拭いながら悪戯っぽく微笑んだ。
「今日は、わたくしたち夫婦にとって大切な大切な記念日のようなものですから。腕によりをかけて最高のランチをご用意しなくては」
この一年で、多くのことが変わった。
サーシャは、今やただの伯爵夫人ではなかった。
彼女が、領地の女性たちと共に開発を始めた「雪割草のジャム」や「猪肉のリエット」は、王都でも評判を呼び、領地に新たな富をもたらす立派な特産品へと成長していた。
また、彼女の提案で城下に作られた子供たちのための小さな学校からは、毎日元気な声が響き渡っている。
領民たちは、そんな美しく聡明で、そして誰よりも自分たちのことを考えてくれる太陽のような伯爵夫人を心の底から敬愛し慕っていた。
王都もまた、新しい時代を迎えていた。
聡明なアーサー新王太子の元、父であるシュヴァルツ公爵が宰相としてその辣腕を振るいサーシャがかつて提示した改革案は着実に実行に移され国は少しずつ、しかし、確実に良い方向へと向かっている。
すべてが、順調で幸せに満ちている。
そんな、夢のような日々。
「よし、できましたわ!」
サーシャは、オーブンからこんがりと完璧な黄金色に揚がった大きなカツレツを取り出した。
その香ばしい匂いは、一年前のあの日彼と初めて出会った王都の『満腹亭』を思い出させる。
昼食の時間。
城の一番見晴らしの良いテラスに、二人だけの特別な食卓が用意された。
メインディッシュは、もちろんあの特製カツレツだ。
シュヴァルツ領の最高級の小麦を使ったパン粉をつけ、アシュフォードの清らかな水で育った豚を澄んだラードでじっくりと揚げる。
そして、ソースは王都のそれとは違う、辺境で採れる甘酸っぱい木の実を煮詰めて作ったサーシャのオリジナル。
朝の訓練から戻ってきたリアムが、その匂いに気づき子供のように目を輝かせた。
「この匂いは…サーシャまさか」
「ふふっ。さあ、旦那様。お席についてくださいまし。わたくし特製『満腹亭』には決して負けないカツレツですわよ」
リアムは、大きな口でそのカツレツをがぶりと頬張った。
サクッという小気味良い音がテラスに響く。
その瞬間、彼の青い瞳が驚きと感動に大きく見開かれた。
「…うまい」
一言、そう呟くと、あとはもう夢中でカツレツを口へと運んでいく。
その本当に幸せそうな食べっぷりを見てサーシャの心も温かい幸福感で満たされた。
「…あの店の味より、ずっと、美味い」
綺麗に一皿を平らげたリアムが満足げにそう言った。
「当たり前ですわ」
サーシャは、胸を張ってにっこりと微笑む。
「このカツレツには、この世で最も美味しくなる最高のスパイスがたっぷりと振りかけられておりますもの。…わたくしの愛情というスパイスが」
その言葉に、リアムは少しだけ顔を赤くすると照れ隠しのようにごほんと咳払いをした。
穏やかな風がテラスを吹き抜けていく。
二人は、食後の紅茶を飲みながらこれまでの不思議で愛おしい道のりをゆっくりと振り返っていた。
そして。
サーシャは、ふと真剣な顔になるとカップを静かにテーブルに置いた。
「リアム。実は、あなたに大切なご報告をしなければならないことがございますの」
「ん? どうした、サーシャ。何か問題でも起きたか?」
リアムの表情が、領主としての厳しいものへと変わる。
サーシャは、そんな彼に優しく微笑みかけるとその大きな節くれだった手を自分の両手でそっと取った。
そして、その手を自分自身のまだ平らなお腹へとゆっくりと導いていった。
「いいえ、問題ではございませんわ。むしろ、これ以上ないほどの吉報ですのよ」
彼女は、リアムの瞳をまっすぐに見つめる。
「この、わたくしたちの最高の食卓にもう一人。新しい可愛い家族がもうすぐ加わることになりましたの。…あなたと、わたくしの愛しい愛しい宝物が」
「…え?」
最初、リアムはその言葉の意味がよく分かっていないようだった。
きょとんと子供のような顔で、サーシャの顔と自分がお腹に当てている手を交互に見ている。
そして。
やがて、その言葉の意味を完全に理解した瞬間。
彼の、あのいつも冷静な青い瞳が今まで見たこともないほど驚きと、そして抑えきれないほどの深い深い喜びに大きく大きく見開かれた。
「…本当か…?」
言葉もなく、リアムは椅子から滑り落ちるようにその場にひざまずいた。
そして、まるで、神の啓示でも聴くかのようにサーシャのお腹にその大きな頭をそっと寄せた。
「本当に…俺と、お前の…子供が…ここに…?」
その声は、喜びと感動で震えていた。
彼は、ゆっくりと顔を上げると、サーシャをまるで世界で最も尊く壊れやすい宝物でも抱きしめるかのように優しく優しくその腕の中に包み込んだ。
サーシャも、彼のたくましく温かい背中にそっと自分の腕を回す。
悪役令嬢と呼ばれた、一人の少女の物語。
婚約破棄という、最悪の出来事から始まった彼女の第二の人生。
彼女が、紆余曲折の長い旅路の果てにようやくたどり着いた場所。
それは、王妃の座でも莫大な富でも誰かを見返すための権力でもなかった。
愛する夫と。
これから、この腕に抱くことになる新しい命と。
そして、心から美味しいと思える食事を共に囲むことができるこの何にも代えがたい温かくて幸せに満ち溢れた「最高の食卓」。
春の柔らかな陽光に包まれながら、幸せそうに寄り添う二人の姿をアシュフォードのどこまでも青い空がただ静かにそして優しく見守っていた。
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テンポが良く、とても読みやすかったです。
くろこ様
ご感想とご指摘いただきありがとうございます。
大変失礼いたしました。こちら話数変更の更新をいたしました。