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「……カタリナ! 君という人は、なんて執拗なんだ!」
放課後の人気のない廊下に、エドワード様の怒声が響き渡りました。
その腕の中には、今にも消えてしまいそうなほど儚げに肩を震わせるミーナ様の姿。
あらあら、お約束の光景ですわね。
私は手に持っていた扇子を優雅に広げ、パタパタと顔を仰ぎました。
「まあ、エドワード様。そんなに大きな声を出されては、せっかくの端正なお顔が台無しですわよ? 何事かしら」
「何事か、ではない! ミーナが泣いているじゃないか! 君が教室であんな……あんなデタラメな言いがかりをつけたせいで、彼女はひどく傷ついているんだ!」
「言いがかり? 心外ですわね。私はただ、彼女の博識さを称えただけですわ。それとも何か、殿下は『ミーナ様が無知で愚かな女性であってほしい』とでも願っていらっしゃるの?」
「そんなことは言っていない! だが、スパイだなんて……あまりにも飛躍しすぎだ! 彼女のような純粋な子が、そんな恐ろしい真似をするはずがないだろう!」
エドワード様は、ミーナ様を庇うように一歩前へ出ました。
その鼻の下が、彼女の甘えた声に誘われてだらしなく伸びているのを、私は見逃しませんでしたわ。
「殿下。失礼ながら、鼻の下が地面に届きそうですわよ。少しは引き締められたらよろしいのに」
「なっ……ななな、何を言っているんだ君は!」
「ミーナ様、貴女もですわ。そんなに殿下の胸に顔を埋めて……呼吸は苦しくありませんの? それとも、殿下の心音から国家予算の振り分けでも聞き取っていらっしゃるのかしら」
私は冷ややかな微笑みを浮かべ、二人を等距離で見つめました。
ミーナ様が、一瞬だけ「ギロリ」と私を睨みつけましたが、すぐに潤んだ瞳に戻ってエドワード様を見上げます。
「エドワード様……やっぱり私、ここに居てはいけないんですわ。カタリナ様にこんなに嫌われてしまって……私、もう死んでお詫びを……」
「死ぬなんて言わないでくれ、ミーナ! 悪いのは全部カタリナだ!」
「まあ。死ぬだなんて、そんな勿体ない。ミーナ様が死んでしまったら、隣国に『作戦失敗』の報告をする人がいなくなってしまいますものね。責任重大ですわよ?」
私がさらりと毒を吐くと、エドワード様は顔を真っ赤にして叫びました。
「カタリナ! いい加減にしろ! 証拠もないのにこれ以上彼女を侮辱するなら、僕にも考えがある。……婚約破棄だって辞さない覚悟だぞ!」
出ましたわ! 伝家の宝刀「婚約破棄」!
以前の私なら、ここで床に膝をついて「お許しください!」と泣き叫んでいたのでしょうけれど。
今の私は、思わず「ぷっ」と吹き出してしまいました。
「……おーっほっほっほ! 可笑しい、本当に可笑しいですわエドワード様! 貴方が私との婚約を解消するということは、我が公爵家からの資金援助と軍事的後ろ盾を全て失うということ。……それ、国王陛下に許可を頂いてから仰っていますの?」
「うぐっ……それは……」
「それとも、その『愛』とやらで、国庫の赤字を埋められるのかしら? ミーナ様のその涙をダイヤモンドにでも変えて売却なさるおつもり? もしそうなら、ぜひその魔法を見せていただきたいものですわ」
私は一歩、また一歩と、狼狽える殿下に詰め寄りました。
「殿下は、守るべきものを履き違えていらっしゃいます。貴方が今抱き寄せているのは、愛すべき乙女ではなく、貴方の首筋に刃を当てている死神ですわよ」
「……カタリナ様。ひどすぎます……。私、私はただ、殿下をお慕いしているだけなのに……」
ミーナ様が弱々しく声を漏らしますが、私はその声を遮るように手を差し出しました。
「お慕いしている、ねえ。ではミーナ様。貴女が殿下に差し上げたあの『お守り』の中身、今ここで開けて見せていただけますかしら?」
「……! そ、れは……殿下の無事を祈った、秘伝の香草が入っているだけで……」
「あら、香草。ボルジア地方にしか自生しない、特定条件下で精神を混濁させる『夢見草』のことかしら? セバスチャン、例のものを」
背後に控えていたセバスチャンが、慇懃に一通の書面を提示しました。
「殿下。ミーナ様が持ち歩いていた薬草の成分分析結果でございます。これを長期間身につけると、判断力が低下し、特定の人物の言葉を盲目的に信じるようになる……という、非常に便利な代物ですな」
エドワード様の顔から、血の気が引いていくのが分かりました。
「な、なんだって……? ミーナ、これは本当かい……?」
「ち、違います! そんなの、カタリナ様が捏造したに決まっていますわ!」
「捏造かどうか、今すぐ宮廷薬剤師に調べさせましょうか? それとも、ここで私がその『お守り』を食べて、正気を保てるか証明してみせましょうかしら?」
私は冷酷な笑みを深め、ミーナ様の喉元に扇子を突きつけました。
「殿下。女の涙に惑わされて鼻の下を伸ばしている暇があったら、少しは鏡を見て、自分の情けなさを自覚なさることね。……さて、お話は終わりですわ」
私はくるりと背を向け、優雅に歩き出しました。
「セバスチャン。殿下の鼻の下を冷やすための氷水を用意しておいて。……それからミーナ様。今夜はゆっくりお休みになって。明日からは、もっと『楽しい』尋問……いえ、女子会が待っていますわよ」
廊下に響く私の靴音だけが、沈黙した二人を切り裂いていきました。
エドワード様、貴方が選ぶべきは「甘い毒」か、それとも「苦い良薬」か。
答えが出るまで、私は何度でも貴方を絶望させて差し上げますわ。
放課後の人気のない廊下に、エドワード様の怒声が響き渡りました。
その腕の中には、今にも消えてしまいそうなほど儚げに肩を震わせるミーナ様の姿。
あらあら、お約束の光景ですわね。
私は手に持っていた扇子を優雅に広げ、パタパタと顔を仰ぎました。
「まあ、エドワード様。そんなに大きな声を出されては、せっかくの端正なお顔が台無しですわよ? 何事かしら」
「何事か、ではない! ミーナが泣いているじゃないか! 君が教室であんな……あんなデタラメな言いがかりをつけたせいで、彼女はひどく傷ついているんだ!」
「言いがかり? 心外ですわね。私はただ、彼女の博識さを称えただけですわ。それとも何か、殿下は『ミーナ様が無知で愚かな女性であってほしい』とでも願っていらっしゃるの?」
「そんなことは言っていない! だが、スパイだなんて……あまりにも飛躍しすぎだ! 彼女のような純粋な子が、そんな恐ろしい真似をするはずがないだろう!」
エドワード様は、ミーナ様を庇うように一歩前へ出ました。
その鼻の下が、彼女の甘えた声に誘われてだらしなく伸びているのを、私は見逃しませんでしたわ。
「殿下。失礼ながら、鼻の下が地面に届きそうですわよ。少しは引き締められたらよろしいのに」
「なっ……ななな、何を言っているんだ君は!」
「ミーナ様、貴女もですわ。そんなに殿下の胸に顔を埋めて……呼吸は苦しくありませんの? それとも、殿下の心音から国家予算の振り分けでも聞き取っていらっしゃるのかしら」
私は冷ややかな微笑みを浮かべ、二人を等距離で見つめました。
ミーナ様が、一瞬だけ「ギロリ」と私を睨みつけましたが、すぐに潤んだ瞳に戻ってエドワード様を見上げます。
「エドワード様……やっぱり私、ここに居てはいけないんですわ。カタリナ様にこんなに嫌われてしまって……私、もう死んでお詫びを……」
「死ぬなんて言わないでくれ、ミーナ! 悪いのは全部カタリナだ!」
「まあ。死ぬだなんて、そんな勿体ない。ミーナ様が死んでしまったら、隣国に『作戦失敗』の報告をする人がいなくなってしまいますものね。責任重大ですわよ?」
私がさらりと毒を吐くと、エドワード様は顔を真っ赤にして叫びました。
「カタリナ! いい加減にしろ! 証拠もないのにこれ以上彼女を侮辱するなら、僕にも考えがある。……婚約破棄だって辞さない覚悟だぞ!」
出ましたわ! 伝家の宝刀「婚約破棄」!
以前の私なら、ここで床に膝をついて「お許しください!」と泣き叫んでいたのでしょうけれど。
今の私は、思わず「ぷっ」と吹き出してしまいました。
「……おーっほっほっほ! 可笑しい、本当に可笑しいですわエドワード様! 貴方が私との婚約を解消するということは、我が公爵家からの資金援助と軍事的後ろ盾を全て失うということ。……それ、国王陛下に許可を頂いてから仰っていますの?」
「うぐっ……それは……」
「それとも、その『愛』とやらで、国庫の赤字を埋められるのかしら? ミーナ様のその涙をダイヤモンドにでも変えて売却なさるおつもり? もしそうなら、ぜひその魔法を見せていただきたいものですわ」
私は一歩、また一歩と、狼狽える殿下に詰め寄りました。
「殿下は、守るべきものを履き違えていらっしゃいます。貴方が今抱き寄せているのは、愛すべき乙女ではなく、貴方の首筋に刃を当てている死神ですわよ」
「……カタリナ様。ひどすぎます……。私、私はただ、殿下をお慕いしているだけなのに……」
ミーナ様が弱々しく声を漏らしますが、私はその声を遮るように手を差し出しました。
「お慕いしている、ねえ。ではミーナ様。貴女が殿下に差し上げたあの『お守り』の中身、今ここで開けて見せていただけますかしら?」
「……! そ、れは……殿下の無事を祈った、秘伝の香草が入っているだけで……」
「あら、香草。ボルジア地方にしか自生しない、特定条件下で精神を混濁させる『夢見草』のことかしら? セバスチャン、例のものを」
背後に控えていたセバスチャンが、慇懃に一通の書面を提示しました。
「殿下。ミーナ様が持ち歩いていた薬草の成分分析結果でございます。これを長期間身につけると、判断力が低下し、特定の人物の言葉を盲目的に信じるようになる……という、非常に便利な代物ですな」
エドワード様の顔から、血の気が引いていくのが分かりました。
「な、なんだって……? ミーナ、これは本当かい……?」
「ち、違います! そんなの、カタリナ様が捏造したに決まっていますわ!」
「捏造かどうか、今すぐ宮廷薬剤師に調べさせましょうか? それとも、ここで私がその『お守り』を食べて、正気を保てるか証明してみせましょうかしら?」
私は冷酷な笑みを深め、ミーナ様の喉元に扇子を突きつけました。
「殿下。女の涙に惑わされて鼻の下を伸ばしている暇があったら、少しは鏡を見て、自分の情けなさを自覚なさることね。……さて、お話は終わりですわ」
私はくるりと背を向け、優雅に歩き出しました。
「セバスチャン。殿下の鼻の下を冷やすための氷水を用意しておいて。……それからミーナ様。今夜はゆっくりお休みになって。明日からは、もっと『楽しい』尋問……いえ、女子会が待っていますわよ」
廊下に響く私の靴音だけが、沈黙した二人を切り裂いていきました。
エドワード様、貴方が選ぶべきは「甘い毒」か、それとも「苦い良薬」か。
答えが出るまで、私は何度でも貴方を絶望させて差し上げますわ。
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