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王都を出発してから、どれほどの月日が経っただろうか。
快適な馬車の旅と、美味しい食事のおかげで、道中はあっという間に過ぎ去っていった。
そしてついに、私たちの長い旅路の終着点が見えてきた。
「ニナ様、あれが辺境の町、ヴォルフスブルクです」
護衛隊長の声に窓の外へ目をやると、険しい山々に囲まれた、大きな町が広がっていた。
王都のような華やかさはないが、質実剛健といった趣の、石造りの建物が並んでいる。
家々の煙突からは白い煙が立ち上り、人々の生活の営みが感じられた。
(まあ、活気のある町ですこと)
私の胸は、新たな食材との出会いへの期待で高鳴っていた。
きっと町の市場には、この土地ならではの珍しい産物が並んでいるに違いない。
塩漬けにされた獣の肉、香り高い山のキノコ、そして冷たい川で獲れたばかりの新鮮な魚。
(修道院に入る前に、少しだけ市場を覗かせていただけないかしら…)
そんなことを考えていると、馬車は町の門をくぐり、石畳の道を進んでいった。
本来の目的地は、町外れにある修道院のはず。
しかし、なぜか馬車は町の中央広場へと向かっていた。
「隊長?道が違うのではなくて?」
私が尋ねると、隊長は困惑した表情で一枚の羊皮紙を睨んでいた。
それは、町の門で兵士から渡された、辺境伯からの指令書だった。
「それが…どういうことか、我々にも…。指令書には、『ニナ・アルベール様を、辺境伯の屋敷までお連れするように』と…」
「辺境伯の、屋敷?」
修道院ではなく?
予期せぬ言葉に、私だけでなく、侍女や他の騎士たちも顔を見合わせる。
「何かの手違いではございませんか?」
「そうとしか思えません。しかし、これは確かに辺境伯様直々の印が押された、正式な指令書です」
隊長は深くため息をついた。
王命で追放された罪人である私を、この地を治める辺境伯が、自らの屋敷に招き入れる理由など、どこにもないはずだ。
困惑する私たちを乗せたまま、馬車は町の中心を抜け、小高い丘の上にそびえる、巨大な城のような屋敷へと向かっていく。
灰色の石を積み上げた堅牢な城壁は、まるでこの厳しい土地そのものを表しているかのようだ。
やがて、重々しい鉄の門の前で馬車が止まった。
出迎えたのは、銀髪をきっちりと撫でつけた、執事らしき老齢の男性だった。
彼は私たちの姿を認めると、感情のこもらない声で言った。
「ニナ・アルベール様御一行ですね。お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
彼は私たちを屋敷の中へと案内すると、護衛の騎士たちに向き直った。
「皆様、長旅ご苦労様でした。ニナ様は、これより我が主、ヴォルフガング辺境伯がお預かりいたします。皆様はこれにて任を解きますので、王都へお戻りください」
あまりに事務的な言葉に、騎士たちは反論もできないでいた。
隊長が、名残惜しそうに私の方へ向き直る。
「ニナ様…。道中のご恩、生涯忘れませぬ。どうか、お達者で」
「ええ。皆様も、道中お気をつけて。王都に戻られましたら、美味しいものをたくさん召し上がってくださいましね」
私の言葉に、騎士たちは少しだけ笑みを浮かべ、敬礼をして去っていった。
こうして私は、侍女一人だけを伴い、見知らぬ辺境伯の屋敷に、ぽつんと取り残されてしまった。
執事に案内されたのは、華美な装飾が一切ない、だだっ広い広間だった。
石造りの壁には鹿の剥製が飾られ、暖炉には静かに火が燃えている。
「主は間もなくお見えになります。しばしお待ちを」
そう言い残し、執事は足音も立てずに去っていった。
不安げな侍女の手をそっと握り、私は静かに主人の登場を待った。
やがて、広間の奥にある重厚な扉が、ゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、一人の男性だった。
質素だが上質な黒い衣服を身にまとい、腰には長剣を下げている。
そして、その顔には見覚えがあった。
(まあ…!)
黒い髪に、全てを見透かすような鋭い瞳。
先日、街道で出会った、あの無愛想な男だった。
彼はフードを被っておらず、その整っているが冷たい美貌が露わになっている。
ガラス玉のように感情の読めない瞳が、まっすぐに私を射抜いた。
「あなたが、ニナ・アルベールか」
地を這うような低い声が、広間に響く。
私は驚きのあまり、言葉を失っていた。
あの時の旅人が、まさかこの地の領主、辺境伯様だったなんて。
彼はゆっくりと私に近づいてくると、品定めをするように、私の頭のてっぺんからつま先までを眺めた。
そして、再び口を開く。
「話は聞いている。お前には、ここで働いてもらう」
「は、働く…と、おっしゃいますと?」
修道院に行くはずだったのに、どうして。
私の疑問を意にも介さず、彼は冷ややかに言い放った。
「そうだ。我が辺境伯付きの、料理人として、な」
彼の言葉に、私の頭の中は真っ白になった。
快適な馬車の旅と、美味しい食事のおかげで、道中はあっという間に過ぎ去っていった。
そしてついに、私たちの長い旅路の終着点が見えてきた。
「ニナ様、あれが辺境の町、ヴォルフスブルクです」
護衛隊長の声に窓の外へ目をやると、険しい山々に囲まれた、大きな町が広がっていた。
王都のような華やかさはないが、質実剛健といった趣の、石造りの建物が並んでいる。
家々の煙突からは白い煙が立ち上り、人々の生活の営みが感じられた。
(まあ、活気のある町ですこと)
私の胸は、新たな食材との出会いへの期待で高鳴っていた。
きっと町の市場には、この土地ならではの珍しい産物が並んでいるに違いない。
塩漬けにされた獣の肉、香り高い山のキノコ、そして冷たい川で獲れたばかりの新鮮な魚。
(修道院に入る前に、少しだけ市場を覗かせていただけないかしら…)
そんなことを考えていると、馬車は町の門をくぐり、石畳の道を進んでいった。
本来の目的地は、町外れにある修道院のはず。
しかし、なぜか馬車は町の中央広場へと向かっていた。
「隊長?道が違うのではなくて?」
私が尋ねると、隊長は困惑した表情で一枚の羊皮紙を睨んでいた。
それは、町の門で兵士から渡された、辺境伯からの指令書だった。
「それが…どういうことか、我々にも…。指令書には、『ニナ・アルベール様を、辺境伯の屋敷までお連れするように』と…」
「辺境伯の、屋敷?」
修道院ではなく?
予期せぬ言葉に、私だけでなく、侍女や他の騎士たちも顔を見合わせる。
「何かの手違いではございませんか?」
「そうとしか思えません。しかし、これは確かに辺境伯様直々の印が押された、正式な指令書です」
隊長は深くため息をついた。
王命で追放された罪人である私を、この地を治める辺境伯が、自らの屋敷に招き入れる理由など、どこにもないはずだ。
困惑する私たちを乗せたまま、馬車は町の中心を抜け、小高い丘の上にそびえる、巨大な城のような屋敷へと向かっていく。
灰色の石を積み上げた堅牢な城壁は、まるでこの厳しい土地そのものを表しているかのようだ。
やがて、重々しい鉄の門の前で馬車が止まった。
出迎えたのは、銀髪をきっちりと撫でつけた、執事らしき老齢の男性だった。
彼は私たちの姿を認めると、感情のこもらない声で言った。
「ニナ・アルベール様御一行ですね。お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
彼は私たちを屋敷の中へと案内すると、護衛の騎士たちに向き直った。
「皆様、長旅ご苦労様でした。ニナ様は、これより我が主、ヴォルフガング辺境伯がお預かりいたします。皆様はこれにて任を解きますので、王都へお戻りください」
あまりに事務的な言葉に、騎士たちは反論もできないでいた。
隊長が、名残惜しそうに私の方へ向き直る。
「ニナ様…。道中のご恩、生涯忘れませぬ。どうか、お達者で」
「ええ。皆様も、道中お気をつけて。王都に戻られましたら、美味しいものをたくさん召し上がってくださいましね」
私の言葉に、騎士たちは少しだけ笑みを浮かべ、敬礼をして去っていった。
こうして私は、侍女一人だけを伴い、見知らぬ辺境伯の屋敷に、ぽつんと取り残されてしまった。
執事に案内されたのは、華美な装飾が一切ない、だだっ広い広間だった。
石造りの壁には鹿の剥製が飾られ、暖炉には静かに火が燃えている。
「主は間もなくお見えになります。しばしお待ちを」
そう言い残し、執事は足音も立てずに去っていった。
不安げな侍女の手をそっと握り、私は静かに主人の登場を待った。
やがて、広間の奥にある重厚な扉が、ゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、一人の男性だった。
質素だが上質な黒い衣服を身にまとい、腰には長剣を下げている。
そして、その顔には見覚えがあった。
(まあ…!)
黒い髪に、全てを見透かすような鋭い瞳。
先日、街道で出会った、あの無愛想な男だった。
彼はフードを被っておらず、その整っているが冷たい美貌が露わになっている。
ガラス玉のように感情の読めない瞳が、まっすぐに私を射抜いた。
「あなたが、ニナ・アルベールか」
地を這うような低い声が、広間に響く。
私は驚きのあまり、言葉を失っていた。
あの時の旅人が、まさかこの地の領主、辺境伯様だったなんて。
彼はゆっくりと私に近づいてくると、品定めをするように、私の頭のてっぺんからつま先までを眺めた。
そして、再び口を開く。
「話は聞いている。お前には、ここで働いてもらう」
「は、働く…と、おっしゃいますと?」
修道院に行くはずだったのに、どうして。
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