追放先の厨房は幸せでした〜婚約破棄された食いしん坊悪役令嬢

夏乃みのり

文字の大きさ
6 / 28

6

しおりを挟む
王都を出発してから、どれほどの月日が経っただろうか。

快適な馬車の旅と、美味しい食事のおかげで、道中はあっという間に過ぎ去っていった。

そしてついに、私たちの長い旅路の終着点が見えてきた。

「ニナ様、あれが辺境の町、ヴォルフスブルクです」

護衛隊長の声に窓の外へ目をやると、険しい山々に囲まれた、大きな町が広がっていた。

王都のような華やかさはないが、質実剛健といった趣の、石造りの建物が並んでいる。

家々の煙突からは白い煙が立ち上り、人々の生活の営みが感じられた。

(まあ、活気のある町ですこと)

私の胸は、新たな食材との出会いへの期待で高鳴っていた。

きっと町の市場には、この土地ならではの珍しい産物が並んでいるに違いない。

塩漬けにされた獣の肉、香り高い山のキノコ、そして冷たい川で獲れたばかりの新鮮な魚。

(修道院に入る前に、少しだけ市場を覗かせていただけないかしら…)

そんなことを考えていると、馬車は町の門をくぐり、石畳の道を進んでいった。

本来の目的地は、町外れにある修道院のはず。

しかし、なぜか馬車は町の中央広場へと向かっていた。

「隊長?道が違うのではなくて?」

私が尋ねると、隊長は困惑した表情で一枚の羊皮紙を睨んでいた。

それは、町の門で兵士から渡された、辺境伯からの指令書だった。

「それが…どういうことか、我々にも…。指令書には、『ニナ・アルベール様を、辺境伯の屋敷までお連れするように』と…」

「辺境伯の、屋敷?」

修道院ではなく?

予期せぬ言葉に、私だけでなく、侍女や他の騎士たちも顔を見合わせる。

「何かの手違いではございませんか?」

「そうとしか思えません。しかし、これは確かに辺境伯様直々の印が押された、正式な指令書です」

隊長は深くため息をついた。

王命で追放された罪人である私を、この地を治める辺境伯が、自らの屋敷に招き入れる理由など、どこにもないはずだ。

困惑する私たちを乗せたまま、馬車は町の中心を抜け、小高い丘の上にそびえる、巨大な城のような屋敷へと向かっていく。

灰色の石を積み上げた堅牢な城壁は、まるでこの厳しい土地そのものを表しているかのようだ。

やがて、重々しい鉄の門の前で馬車が止まった。

出迎えたのは、銀髪をきっちりと撫でつけた、執事らしき老齢の男性だった。

彼は私たちの姿を認めると、感情のこもらない声で言った。

「ニナ・アルベール様御一行ですね。お待ちしておりました。どうぞ、中へ」

彼は私たちを屋敷の中へと案内すると、護衛の騎士たちに向き直った。

「皆様、長旅ご苦労様でした。ニナ様は、これより我が主、ヴォルフガング辺境伯がお預かりいたします。皆様はこれにて任を解きますので、王都へお戻りください」

あまりに事務的な言葉に、騎士たちは反論もできないでいた。

隊長が、名残惜しそうに私の方へ向き直る。

「ニナ様…。道中のご恩、生涯忘れませぬ。どうか、お達者で」

「ええ。皆様も、道中お気をつけて。王都に戻られましたら、美味しいものをたくさん召し上がってくださいましね」

私の言葉に、騎士たちは少しだけ笑みを浮かべ、敬礼をして去っていった。

こうして私は、侍女一人だけを伴い、見知らぬ辺境伯の屋敷に、ぽつんと取り残されてしまった。

執事に案内されたのは、華美な装飾が一切ない、だだっ広い広間だった。

石造りの壁には鹿の剥製が飾られ、暖炉には静かに火が燃えている。

「主は間もなくお見えになります。しばしお待ちを」

そう言い残し、執事は足音も立てずに去っていった。

不安げな侍女の手をそっと握り、私は静かに主人の登場を待った。

やがて、広間の奥にある重厚な扉が、ゆっくりと開いた。

そこに立っていたのは、一人の男性だった。

質素だが上質な黒い衣服を身にまとい、腰には長剣を下げている。

そして、その顔には見覚えがあった。

(まあ…!)

黒い髪に、全てを見透かすような鋭い瞳。

先日、街道で出会った、あの無愛想な男だった。

彼はフードを被っておらず、その整っているが冷たい美貌が露わになっている。

ガラス玉のように感情の読めない瞳が、まっすぐに私を射抜いた。

「あなたが、ニナ・アルベールか」

地を這うような低い声が、広間に響く。

私は驚きのあまり、言葉を失っていた。

あの時の旅人が、まさかこの地の領主、辺境伯様だったなんて。

彼はゆっくりと私に近づいてくると、品定めをするように、私の頭のてっぺんからつま先までを眺めた。

そして、再び口を開く。

「話は聞いている。お前には、ここで働いてもらう」

「は、働く…と、おっしゃいますと?」

修道院に行くはずだったのに、どうして。

私の疑問を意にも介さず、彼は冷ややかに言い放った。

「そうだ。我が辺境伯付きの、料理人として、な」

彼の言葉に、私の頭の中は真っ白になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ

O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。 それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。 ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。 彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。 剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。 そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

《完結》《異世界アイオグリーンライト・ストーリー》でブスですって!女の子は変われますか?変われました!!

皇子(みこ)
恋愛
辺境の地でのんびり?過ごして居たのに、王都の舞踏会に参加なんて!あんな奴等のいる所なんて、ぜーたいに行きません!でブスなんて言われた幼少時の記憶は忘れないー!

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

処理中です...