婚約破棄された悪役令嬢の黒字計画!

夏乃みのり

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「ここが…『忘れられた港』」

私は、目の前に広がる光景に、言葉を失った。
領地の西の果て。
そこは、港というより、ただの「崖」だった。
数軒の、塩害で朽ちかけた小屋が、風に吹かれて、かろうじて立っている。

「イアナ様…やはり、無茶でございます」
ハンスが、絶望的な声で呟いた。

「(シーッ)」
ルークが、ハンスの弱音を制した。
彼の視線は、崖下で、黙々と網を修繕している、一人の老人に向いている。

「あの人ね」

私たちは、崖を慎重に下り、その老人に声をかけた。

「ごきげんよう。わたくしは、この領地のイアナ・ウォルトン」

老人は、顔も上げずに、しゃがれた声で答えた。
「…何の御用でゲスか。領主様が、こんな墓場に」

「あなたの、船を『チャーター』したいの」

老人の手が、ピタリと止まった。
彼は、ゆっくりと顔を上げ、私たちを、まるで「気でも触れたか」という目で見た。

「…船?」
老人は、あごで、崖下に浮かぶ、小さな小舟を指差した。
お世辞にも、立派とは言えない。
漁船、というより、大きな「桶」に帆をつけたような代物だ。

「あれで、漁に出るのが、やっとでゲスよ」
「何を運ぶと?」

「これを」
私は、兵士に運ばせた『岩塩』のサンプルを見せた。
「これを、南の港町『リアス』まで、運んでほしいの」

「リアス港!? 正気か!」
老人は、ギョッとした。
「このオンボロ船で、外洋に出ろと!? 嵐が来たら、一巻の終わりでゲス!」

「もちろん、タダとは言わないわ」

私が交渉を続けようとした、その時。
ルークが、私の前に、静かに立った。
そして、無言で、ずっしりと重い「麻袋」を、老人の足元に、転がした。

ジャラリ、と。
金貨が、重い音を立てた。

「……」
老人の目が、金貨の袋に、釘付けになった。

「前金だ」
ルークが、冷たく言い放つ。
「無事に『リアス港』に着き、この『荷物』を届け、そして『油』を積んで帰ってきたら、この三倍を払う」

「……」

「嵐が来たら、船は失う。命もな」
「だが、成功すれば、あんたは、一生遊んで暮らせる」
「ハイリスク、ハイリターンだ。どうする?」

ルークの、投資家としての「交渉」は、私の「説得」より、遥かに早かった。

老人は、唾を、ごくりと飲み込んだ。
そして、ゆっくりと、金貨の袋を、拾い上げた。

「…キフ、と。お呼びくだされ」
彼は、立ち上がった。
「いつ、出港でゲスか」

「今すぐによ!」

話は、決まった。
残された時間は、七日。
いや、この船の往復を考えれば、あと五日。
五日以内に、油が届かなければ、すべてが終わる。

私たちは、領地の、ほぼ全財産とも言える『岩塩』の備蓄と、貴重な『干し芋』を、キフの小舟『カモメ号』に、祈るような思いで積み込んだ。

「イアナ様」
ルークが、私に、小さな包みを差し出した。

「…『荒くれポテト』?」

「ええ」
「油が尽きる前に、最後の釜で揚げさせた、試作品(サンプル)です」
「これも、持っていきなさい」

「…」

「どうせなら『投資家』の『カネ』を、しゃぶり尽くすまで、やってみせることです」
彼は、そう言って、海図をキフに叩きつけていた。

『カモメ号』は、領民全員の、不安な視線に見送られながら、頼りなく、西の海へと、漕ぎ出していった。

そして、運命の、五日後。
領地の『荒くれポテト』の生産ラインは、完全に停止した。
最後の一滴の油が、尽きたのだ。
鍛冶場の、圧搾機の開発も、難航していた。

領地は、重い、重い、沈黙に包まれた。
南街道の封鎖は、続いている。
ハンスも、村長たちも、もう、何も言わなかった。
ただ、西の空を、見つめているだけだった。

「…ルーク」
私は、作戦本部で、無言で帳簿を睨む男に、声をかけた。
「もし、キフが、帰ってこなかったら…」

「…その時は」
ルークは、顔を上げなかった。
「私の『投資』が、失敗した。それだけのことです」

その時だった。

「ふ、船だーーーーーっ!!」

見張りの男の、絶叫が響き渡った!
「に、西の海から! 『カモメ号』が、帰ってきたぞ!」

私とルークは、弾かれたように、館を飛び出した。
崖の上から、西の海を見下ろす。

いた。
あの、オンボロの『カモメ号』が。
だが、その姿は、出港した時とは、まるで違っていた。
船体が、沈み込むほどに、何かを、満載している!

「やった…!」
「帰ってきた!」
領民たちから、歓声が上がる。

船が、港に着く。
降りてきたキフは、五日間の航海で、疲れ果てていた。
だが、その顔は、興奮で、真っ赤に上気していた。

「イアナ様! ルーク様!」
キフが、震える声で叫んだ。

「や、やりましたぞ!」
「リアス港で、岩塩を売りました! 王都の塩の、五倍の値が付きやした!」

「やったわ!」
私は、拳を握りしめた。

「だが! それだけじゃねえ!」
キフは、さらに興奮して続けた。

「リアス港に! あの、東の『塩の道』から来ていた、隣国(ガリア)の商船が、停泊してやがったんでゲス!」

「ガリアの!?」
ルークが、目を見開いた。

「おうよ!」
「奴ら『陸路(塩の道)が、最近、遅くて敵わん』と、海路を探しに来てたんでゲス!」
「そしたら、俺たちが、奴らの大好物(ポテトチップス)の『試作品』を持ってる!」

キフは、そこで、息を吸い込んだ。

「奴ら、狂喜乱舞でゲスよ!」
「『このポテトがないと、国の貴族が暴動を起こす!』と!」

「(わたくしの『SNS映え』戦略…!)」
私は、武者震いがした。

「南街道が封鎖されたことで、王都からの『偽物(類似品)』の流通が、完全に止まった!」
「イアナ様の『荒くれポテト』は、今や、隣国で『幻の菓子』になってやがったんでゲス!」

「それで!?」

「奴ら、わたくしどもが持っていた『岩塩』と『ポテト』の試作品を、すべて、言い値で買い取りやがった!」
「『金』でも『物』でも、何でも払う、と!」

キフは、誇らしげに、船倉(せんそう)を指差した。
そこには、金貨が詰まった麻袋と。

「そして! これが、奴らが『前金』だと言って、置いていったブツでゲス!」

ドン、と。
荷下ろしされたのは、ずらりと並んだ、巨大な『樽』。
樽、樽、樽。

「……油」
ルークが、呆然と呟いた。

「おうよ! 最高級の『植物油』でゲス!」
「これだけあれば、向こう、三ヶ月は、ポテトを揚げ放題でゲスぞ!」

「(勝った…!)」
私は、天を仰いだ。

隣国で「バカ売れ」した、わたくしの商品が。
海路という、新たな『道』を開き。
最大の『危機(ピンチ)』を、最大の『好機(チャンス)』に変えたのだ。

「…ルーク」
私は、隣に立つ、投資家(スポンサー)を見上げた。

「…何です」
彼は、まだ、信じられないという顔で、油の樽を眺めている。

「今すぐ、作戦本部に戻るわよ」
「『圧搾機』の開発は、一時中止!」
「全領民に、告げなさい!」

私は、満面の笑みで、高らかに、命じた。

「『荒くれポテト』の生産ライン、ただちに、再稼働よ!!」
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