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3章 黒炎の破滅
空白の残滓
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国の盛衰、というのは世の常だ。故にこそ、目の前の光景というのは想定されていた。例え国が滅んでも、民が何処かに流れてでも存えるならば。
知らぬ光景、覚えのない街路。けれども人々は笑い、市場や港は活気に溢れ、幼子は遊びに余念がない。これで良いと思えるものだった。少なくとも、かの愚王の治世折に見た翳りはない。然るべきときまであるのだろう。
戦は人を国を削るものだ。過ぎれば自滅は免れない。その尖兵としての武功を飯の種としてきた身だから、このような事を言うのはお門違いだろうという思いはあれど…当然の帰結だろうと、どこか安堵する自分がいた。
とは言え、疑問が残る。何故、あの男はそうまでして人の世界に介入したのか。何故、女神はあの男を狩ろうとしたのか。この辺りは、理解できる気はしていない。最大の疑問点は、何故このようなものに巻き込まれたのか。あの人形の群れは、記憶の通りなのか。あの日、聖女と果たして切り結んだのだろうか。
聖女は予言を聞いたと言った。白い少女は先見で視たと言った。つまりは、この頃には介入されていたのだろうか。
────本当に?
仕掛けは別にあったのではないか?例えば…側に侍る強大な魔力を持った二人の男。
「あの女神サマだけどさ…」
「え?」
煙管の先に倒れ伏した彼の女神がいる。だが、対峙していた少女にしても、それ程の攻撃を見舞った覚えは無い。あれは戯れ程度のものだった。とは言え、件の二人の男も何かをしてはいない。もし行動を起こしていれば、命そのものが物理的に繋がっている以上、何も感じないのはあり得ないのだ。
「気をつけろ」
黒い男が言う。
「本丸だ」
金の男が忌々しげに継ぐのセリフを引き取った。
カラリカラリと音がする。あの日の人形の群れを思わせる乾いた音。否、神輿を担ぐ人型のそれは、見紛う事なく…あの日の人形に相違ない。無表情に平坦に神輿をかつぎ、ゆらりゆらりと近付いてきた。それに乗るのは、同じような姿の童だった。夥しい人形全てから同じ匂いがしている。つまり、この人形全てを使役しているのがこの見た目ばかりは稚い童という事になる。
「あぁ…つまらぬ幕切れじゃ…」
大人のような仕草で頬に手を当てて悩ましげに、ほぅ、と息を吐いた。
「せっかくあの忌々しい壊れた道具と共に、つまらぬ者等を一掃できると思うたに…端女にはこの程度しかできぬか…。あやつめ、己の複製を作ることに腐心しておるとは思うたが…まさかこのような使い方をしようとは」
壊れた道具、とは小さな島の王を名乗り続けた男のことだろう。では、複製とは?あの男が作った複製品。模造品。女の胎を使えば容易いだろうが、同じものを混ぜるのではない限り薄くなる。複製と呼べるものにするには、血を濃くしなくてはならない。
濃過ぎる血は劣化を生むが、それが俗に言う生物でないのならばどうだろうか。魔導器の一種であるアーティファクトが意思を持ち、肉体を得たにしても…異種族にも程がある。
「単純な複製品では逆らえぬと踏んだか、木偶とはいえ妾の下僕を使って異界の聖典の一部を再現させるとはの。この愚か者は、狩るはずだった物に意識を書き替えられてこのザマよ。なんとも情けない事か」
吐き捨てるように見遣る先には、先程まで息をしていた筈の女神が横たわっている。首と胴体が泣き別れたようだが、不思議と血の一滴も出てはいない。まるで、等身大の人形が打ち捨てられているようだった。
「さて…そなたらはどうじゃ?」
長い独り言を終え、こちらに目を向ける。その表情たるやまるで無。無機質な瞳がまるで虚のようだ。
「妾を愉しませてくれるなら、今暫くは猶予をやろうぞ。さもなくば、失せよ」
尊大な上にこちらの都合など毛程も斟酌しようとしない。まさに最大級の面倒事が足を生やしてやって来たと言ったところか。面倒事は往々にして勝手に来るものだが、それにしてもこれはあんまりだろう。
「あなたに従う謂れはないわね」
「そうだよねぇ…。こっちは十分過ぎる程に迷惑被ってんだ」
だが、唯我独尊なのはこちらも引けを取らない。アレッシオの胃がキュッとなったが、言ったところで聞きはしないのだから、口を閉ざして貝になる。異形の男二人は珍しく苦々しい顔をしているが、同じく口を閉ざしている。
知らぬ光景、覚えのない街路。けれども人々は笑い、市場や港は活気に溢れ、幼子は遊びに余念がない。これで良いと思えるものだった。少なくとも、かの愚王の治世折に見た翳りはない。然るべきときまであるのだろう。
戦は人を国を削るものだ。過ぎれば自滅は免れない。その尖兵としての武功を飯の種としてきた身だから、このような事を言うのはお門違いだろうという思いはあれど…当然の帰結だろうと、どこか安堵する自分がいた。
とは言え、疑問が残る。何故、あの男はそうまでして人の世界に介入したのか。何故、女神はあの男を狩ろうとしたのか。この辺りは、理解できる気はしていない。最大の疑問点は、何故このようなものに巻き込まれたのか。あの人形の群れは、記憶の通りなのか。あの日、聖女と果たして切り結んだのだろうか。
聖女は予言を聞いたと言った。白い少女は先見で視たと言った。つまりは、この頃には介入されていたのだろうか。
────本当に?
仕掛けは別にあったのではないか?例えば…側に侍る強大な魔力を持った二人の男。
「あの女神サマだけどさ…」
「え?」
煙管の先に倒れ伏した彼の女神がいる。だが、対峙していた少女にしても、それ程の攻撃を見舞った覚えは無い。あれは戯れ程度のものだった。とは言え、件の二人の男も何かをしてはいない。もし行動を起こしていれば、命そのものが物理的に繋がっている以上、何も感じないのはあり得ないのだ。
「気をつけろ」
黒い男が言う。
「本丸だ」
金の男が忌々しげに継ぐのセリフを引き取った。
カラリカラリと音がする。あの日の人形の群れを思わせる乾いた音。否、神輿を担ぐ人型のそれは、見紛う事なく…あの日の人形に相違ない。無表情に平坦に神輿をかつぎ、ゆらりゆらりと近付いてきた。それに乗るのは、同じような姿の童だった。夥しい人形全てから同じ匂いがしている。つまり、この人形全てを使役しているのがこの見た目ばかりは稚い童という事になる。
「あぁ…つまらぬ幕切れじゃ…」
大人のような仕草で頬に手を当てて悩ましげに、ほぅ、と息を吐いた。
「せっかくあの忌々しい壊れた道具と共に、つまらぬ者等を一掃できると思うたに…端女にはこの程度しかできぬか…。あやつめ、己の複製を作ることに腐心しておるとは思うたが…まさかこのような使い方をしようとは」
壊れた道具、とは小さな島の王を名乗り続けた男のことだろう。では、複製とは?あの男が作った複製品。模造品。女の胎を使えば容易いだろうが、同じものを混ぜるのではない限り薄くなる。複製と呼べるものにするには、血を濃くしなくてはならない。
濃過ぎる血は劣化を生むが、それが俗に言う生物でないのならばどうだろうか。魔導器の一種であるアーティファクトが意思を持ち、肉体を得たにしても…異種族にも程がある。
「単純な複製品では逆らえぬと踏んだか、木偶とはいえ妾の下僕を使って異界の聖典の一部を再現させるとはの。この愚か者は、狩るはずだった物に意識を書き替えられてこのザマよ。なんとも情けない事か」
吐き捨てるように見遣る先には、先程まで息をしていた筈の女神が横たわっている。首と胴体が泣き別れたようだが、不思議と血の一滴も出てはいない。まるで、等身大の人形が打ち捨てられているようだった。
「さて…そなたらはどうじゃ?」
長い独り言を終え、こちらに目を向ける。その表情たるやまるで無。無機質な瞳がまるで虚のようだ。
「妾を愉しませてくれるなら、今暫くは猶予をやろうぞ。さもなくば、失せよ」
尊大な上にこちらの都合など毛程も斟酌しようとしない。まさに最大級の面倒事が足を生やしてやって来たと言ったところか。面倒事は往々にして勝手に来るものだが、それにしてもこれはあんまりだろう。
「あなたに従う謂れはないわね」
「そうだよねぇ…。こっちは十分過ぎる程に迷惑被ってんだ」
だが、唯我独尊なのはこちらも引けを取らない。アレッシオの胃がキュッとなったが、言ったところで聞きはしないのだから、口を閉ざして貝になる。異形の男二人は珍しく苦々しい顔をしているが、同じく口を閉ざしている。
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