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輪廻転生
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古いビル群に囲まれた路地裏に足を踏み入れたのは、ほんの数分前だった。ゴツリ、と足を覆う軍隊仕様の重いブーツが鳴った。日中は薄手のコートで充分だが、日が陰る路地裏は少しばかり肌寒い。
懐から取り出したぐしゃぐしゃの箱から煙草を一本取り出し、使い込んだジッポライターで火を点ける。途端に辺りに漂う独特の香りを伴った紫煙を目で追った。
冷えたコンクリートに背を預け、天を仰ぐ。灰色のビルの谷間から見上げた空は、憎らしい程に爽やかな蒼。陽の光が射さないこの場所は、コンクリートと同じくらいに灰色で味気ないものだ。
俺は、所謂ところの転生者という奴だ。職業は過去を追う様に刑事をしている。まぁ、転生者と言っても若い世代が好む物語のようなチート能力は何もない。ノイズのように脳裏を掠める、今ではない記憶があるだけの、その意味も見いだせないような代物だ。
ちなみに、この程度のものならよくある話で、珍しくも何ともない。特別を望む年頃には勘違いから無駄な選民意識を持つ事もあるが、それは遅かれ早かれ打ち砕かれる。そのくらい、一般的だった。
「篠山さん!!」
運動一般てんでだめな後輩、相原修哉が、禁じ手の駆け足でやってくる。走ると三歩で転ぶクセにと思っていると、案の定生ゴミに頭から突き刺さった。コンクリートに突っ込むよりはマシだろうが、血が出ないから良かった程度のような気もしなくはない。
「いつも歩けと言ってるだろ…」
首根っこを掴んで引っ張り上げると、ツンとしたニオイが鼻につく。慣れた手付きで消臭スプレーを浴びてはいるが、それだけで終いとしているのを見る度如何なものかと思いはする。思いはするが、ここで風呂に向かわれても困るというものか。見なかったことにはしたが、消臭剤はトイレ用だった。
相原は見目が良い。社内に放置しておくと、女子社員の恐ろしい抗争を招くという事で、こんなしみったれたおっさんの相棒にされた可哀想な男だ。文官気質だというのに、現場に回されて毎日ゴミと仲良くしている姿は、ゴミにも女にもモテると評判だ。因みに、この運動神経の死滅っぷりは、『ギャップ萌え』として女たちには受け入れられている。顔がいいのは得なのか損なのか…。
女子社員の一部からは、薄い本なる単語が聞こえるが、嫌な予感しかしないので追求はしていないし、情報も寄せてくれるなと止めている。おっさんの余生を荒らさないで欲しい。俺は平和に定年を迎えて、円満に退職をしたいんだ。
「で?」
「え、あ、はい。また出たんです…」
「また?今度は誰だ」
「美作優花、占い師だそうです」
「今度は占い師か…」
『今度は』そう、今度は占い師なのだ。
先日、近くの埠頭に女の遺体が上がった。死後数日は経っており、損壊もしていたが、骨格からの復元で身元が割れた。ただ、それが少々妙なのだ。ここのところ、ずっと同じ顔の女が違う名前・違う経歴を持った遺体になって見つかる。死因はそれぞれ違い、発見もまた別の場所となっている。クローンかとも言われていたが、両親達には全く接点がない。古い遺体から霞のように消えたなら、魔術的なものかとも思うが、死体置き場には同じとしか言えない他人の遺体が複数保管されている。
「意味がわからん…」
短くなった煙草を壁に押し付けると、灰が崩れて断末魔のような煙が上がった。
正直なところ、手詰まりだった。あるのは同じ顔どころか、同一人物と言っても差し障りの無い複数の仏さん。何より一番奇妙なのは、彼女らの両親は皆口を揃えて言うのだ。
『こんな子は知らない』
───と。
つまりは、そういう事だ。知らないのだ。事実として、彼女らの身分証にある写真は、似ても似つかぬ容貌ばかり。一人として同じ顔は存在しないのだから。死を得るその前に容姿が変わったという事なのだろうか。骨格さえも変えてしまう…?そんな魔法は知らない。
少し、この世界の話をしよう。ここは、かつて2つの大国があった。神国と呼ばれた宗教の国•ミロゾフと、軍国であったディアンティス。一夜にして両国共に支配階級が滅び、残された民が肩を寄せ合うようにしてこの国を作り上げたとされている。
滅びの元凶は、ミロゾフの聖女とディアンティスの魔女が争い、負けた魔女の呪詛が両国を蝕んだ。民を護る為にその呪詛を王侯貴族が盾となって受けたからだそうだ。
────まぁ、都合の良いでまかせだろうな。
この国の富める者を見ていればわかる。そんな殊勝な事をするであろう連中に会ったことはない。中にはいるかも知れないが、都市伝説だ
因みに、この国の富裕層は皆、その王侯貴族の傍系と自称している。その真偽を得難い昔語りを根拠に、『敬え』だとさ。ヒエラルキーの一番下にある労働者を家畜と同じに扱い、自分達は楽に楽しく生きている。それの何処に、敬意を払う道理がある?
苛立ちに任せ、煙草をビルの外壁に強く押し付ければ、末期の煙を上げて灰が崩れ、皺の寄った煙草はただの芥と化した。
「あ、ちょっと篠山さん──」
「苦情は聞かんぞ」
どうせ何もなくなるのだから。
壁には灰がこびり付き、焦げたように色が変わっていた。けれども、それは長く続くものではない。無機質なアスファルトとビルの間、ほんの僅かな隙間から伸びた、ねっとりとした派手なピンクの半透明のモノがその場を覆い、ぬるりと再び消えると元の灰色の壁だった。
前述の『古い』は歴史的に、というだけであって、実際の見た目は昨日建てたばかりと言われても頷ける程度に、およそ劣化と言うものとは縁がない。
この街には、『生きた街』という異名がある。そう言わしめている根源は、先程の自己補修だ。壁の内側やアスファルトの下に、さながら血管のごとく張り巡らされた『ピンクのアレ』が人の肉体の傷を癒やすが如く、建物の瑕疵を拭い去る。ただ、あの薄気味悪いピンクの物体が何なのかは知らない。知らされていない。派手なピンクの高速で動く粘菌といった見た目だが、見る度に腹の底から湧き上がるような嫌悪感は何なのだろう。
無論、こんな奇怪な性能の街は他にない。言い忘れていたが、この街はこの国の中心なのだ。他国にまで異様さを指摘されるのだから、この国固有なのだろう。
───この国の名はアルカディア帝国。そして、ここはかつて聖女に力を貸したという女神にあやかり、アルマと称された街だ。
懐から取り出したぐしゃぐしゃの箱から煙草を一本取り出し、使い込んだジッポライターで火を点ける。途端に辺りに漂う独特の香りを伴った紫煙を目で追った。
冷えたコンクリートに背を預け、天を仰ぐ。灰色のビルの谷間から見上げた空は、憎らしい程に爽やかな蒼。陽の光が射さないこの場所は、コンクリートと同じくらいに灰色で味気ないものだ。
俺は、所謂ところの転生者という奴だ。職業は過去を追う様に刑事をしている。まぁ、転生者と言っても若い世代が好む物語のようなチート能力は何もない。ノイズのように脳裏を掠める、今ではない記憶があるだけの、その意味も見いだせないような代物だ。
ちなみに、この程度のものならよくある話で、珍しくも何ともない。特別を望む年頃には勘違いから無駄な選民意識を持つ事もあるが、それは遅かれ早かれ打ち砕かれる。そのくらい、一般的だった。
「篠山さん!!」
運動一般てんでだめな後輩、相原修哉が、禁じ手の駆け足でやってくる。走ると三歩で転ぶクセにと思っていると、案の定生ゴミに頭から突き刺さった。コンクリートに突っ込むよりはマシだろうが、血が出ないから良かった程度のような気もしなくはない。
「いつも歩けと言ってるだろ…」
首根っこを掴んで引っ張り上げると、ツンとしたニオイが鼻につく。慣れた手付きで消臭スプレーを浴びてはいるが、それだけで終いとしているのを見る度如何なものかと思いはする。思いはするが、ここで風呂に向かわれても困るというものか。見なかったことにはしたが、消臭剤はトイレ用だった。
相原は見目が良い。社内に放置しておくと、女子社員の恐ろしい抗争を招くという事で、こんなしみったれたおっさんの相棒にされた可哀想な男だ。文官気質だというのに、現場に回されて毎日ゴミと仲良くしている姿は、ゴミにも女にもモテると評判だ。因みに、この運動神経の死滅っぷりは、『ギャップ萌え』として女たちには受け入れられている。顔がいいのは得なのか損なのか…。
女子社員の一部からは、薄い本なる単語が聞こえるが、嫌な予感しかしないので追求はしていないし、情報も寄せてくれるなと止めている。おっさんの余生を荒らさないで欲しい。俺は平和に定年を迎えて、円満に退職をしたいんだ。
「で?」
「え、あ、はい。また出たんです…」
「また?今度は誰だ」
「美作優花、占い師だそうです」
「今度は占い師か…」
『今度は』そう、今度は占い師なのだ。
先日、近くの埠頭に女の遺体が上がった。死後数日は経っており、損壊もしていたが、骨格からの復元で身元が割れた。ただ、それが少々妙なのだ。ここのところ、ずっと同じ顔の女が違う名前・違う経歴を持った遺体になって見つかる。死因はそれぞれ違い、発見もまた別の場所となっている。クローンかとも言われていたが、両親達には全く接点がない。古い遺体から霞のように消えたなら、魔術的なものかとも思うが、死体置き場には同じとしか言えない他人の遺体が複数保管されている。
「意味がわからん…」
短くなった煙草を壁に押し付けると、灰が崩れて断末魔のような煙が上がった。
正直なところ、手詰まりだった。あるのは同じ顔どころか、同一人物と言っても差し障りの無い複数の仏さん。何より一番奇妙なのは、彼女らの両親は皆口を揃えて言うのだ。
『こんな子は知らない』
───と。
つまりは、そういう事だ。知らないのだ。事実として、彼女らの身分証にある写真は、似ても似つかぬ容貌ばかり。一人として同じ顔は存在しないのだから。死を得るその前に容姿が変わったという事なのだろうか。骨格さえも変えてしまう…?そんな魔法は知らない。
少し、この世界の話をしよう。ここは、かつて2つの大国があった。神国と呼ばれた宗教の国•ミロゾフと、軍国であったディアンティス。一夜にして両国共に支配階級が滅び、残された民が肩を寄せ合うようにしてこの国を作り上げたとされている。
滅びの元凶は、ミロゾフの聖女とディアンティスの魔女が争い、負けた魔女の呪詛が両国を蝕んだ。民を護る為にその呪詛を王侯貴族が盾となって受けたからだそうだ。
────まぁ、都合の良いでまかせだろうな。
この国の富める者を見ていればわかる。そんな殊勝な事をするであろう連中に会ったことはない。中にはいるかも知れないが、都市伝説だ
因みに、この国の富裕層は皆、その王侯貴族の傍系と自称している。その真偽を得難い昔語りを根拠に、『敬え』だとさ。ヒエラルキーの一番下にある労働者を家畜と同じに扱い、自分達は楽に楽しく生きている。それの何処に、敬意を払う道理がある?
苛立ちに任せ、煙草をビルの外壁に強く押し付ければ、末期の煙を上げて灰が崩れ、皺の寄った煙草はただの芥と化した。
「あ、ちょっと篠山さん──」
「苦情は聞かんぞ」
どうせ何もなくなるのだから。
壁には灰がこびり付き、焦げたように色が変わっていた。けれども、それは長く続くものではない。無機質なアスファルトとビルの間、ほんの僅かな隙間から伸びた、ねっとりとした派手なピンクの半透明のモノがその場を覆い、ぬるりと再び消えると元の灰色の壁だった。
前述の『古い』は歴史的に、というだけであって、実際の見た目は昨日建てたばかりと言われても頷ける程度に、およそ劣化と言うものとは縁がない。
この街には、『生きた街』という異名がある。そう言わしめている根源は、先程の自己補修だ。壁の内側やアスファルトの下に、さながら血管のごとく張り巡らされた『ピンクのアレ』が人の肉体の傷を癒やすが如く、建物の瑕疵を拭い去る。ただ、あの薄気味悪いピンクの物体が何なのかは知らない。知らされていない。派手なピンクの高速で動く粘菌といった見た目だが、見る度に腹の底から湧き上がるような嫌悪感は何なのだろう。
無論、こんな奇怪な性能の街は他にない。言い忘れていたが、この街はこの国の中心なのだ。他国にまで異様さを指摘されるのだから、この国固有なのだろう。
───この国の名はアルカディア帝国。そして、ここはかつて聖女に力を貸したという女神にあやかり、アルマと称された街だ。
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