冷徹弁護士は甘い罠を張る

邉 紗

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訴状……もとい招待状

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七生は僅かだが、動揺を見せる。
大山の秘書も交じってその場は盛り上がった。
文もお酒の力を借りて少し調子に乗る。

「そんな特ダネ、ぜひ知りたいですね」

すると、七生は文にだけ見えるようにすっと表情を変えた。

「わたしを知りたい? その言葉忘れずに。覚悟していてくださいね」

全身を、忘れていた恐怖が駆け巡った。

「っか、覚悟とは……?」

「旭川さんになら、いくらでも教えて差し上げますよ」

七生が顔を寄せ、互いの肩が触れる。淫靡な囁きに頭がくらっとした。
どういう意味だろう。
身の危険を感じる。

「いやあ、秘書さん、旭川君だっけ? 君もなかなかいい雰囲気を持っているね。不慣れだが一生懸命さがあっていい。今までの秘書とは違うタイプだ」

ひとしきり七生を揶揄うと、大山は次に文に矛先を向けた。
話が変わったことにほっとしたのも束の間、次は自分がネタにされる番のようだ。

「ええ、才色兼備も良いですが、製品を理解して愛情のある社員を採用したかったんです。その点、旭川は優れてまして」

吾妻の突然の褒め言葉に文は驚く。
期待を裏切らないよう努力は怠らないが、まだまだ褒められるような仕事は出来ていない。

「同感だね。自信をもって務めないといけない難しい仕事だが……これは別の会社の話だけどね、会社と製品の顔として身なりを整えるんじゃなくて、自分の為だけに着飾っている秘書を見かけるんだよ。プライドを持つ場所を、はき違えちゃうんだよねぇ」

「ええ」

頷きながら語る大山に、吾妻は深く頷いた。

文と大山の秘書は肩身が狭い。
大山の秘書は男性だったが、何か言いたそうに視線を合わせてきた。
そういった話は秘書が居ない場所でお願いしたい。
気まずくてしかたがない。


「旭川君はパーティーなどの経験は?」

「……は、いえ、ありません」

はい? と聞き返しそうになってなんとか飲み込む。
パーティーって、偉い人たちがやるテレビで見るようなものかな。

政治家が舞台でスピーチしているイメージだ。
あとはプリンセスの物語。ドレスを着て踊るやつ。
なぜそんな質問を?
嫌な予感がする。

「来週、うち会社の創立七十周年記念パーティーをやるんだ。君に倅を紹介したい。君も来るんだろう?」

文は内心目をひん剥いた。
パーティーのお誘い?!
勿論スケジュールは承知している。
しかしそれは、ベテランの三宅が行く事になっている。

トイレで盗み聞きした秘書たちの言い分だと、パーティーは気疲れするが御曹司たちとの出会いの場にもなるらしい。
文はそういった場は苦手で、全力で辞退させてもらっていた。

それがなぜ。
社交辞令? 断ってもいいの? ありがたく受ける? それって仕事? 

返事の仕方さえ分からなくて、テーブルの下で七生の膝をつねった。

「いてっ」

小さく呻いた。
七生が振り向き、いきなり何をするのだと表情で訴える。

(どうしたらいいの?!)

悲壮な顔で訴えると、七生は文の膝を叩いて宥めた。
まるでわかっているよとでも言うように。

「大山専務、旭川は着任したばかりで不慣れです。創立記念パーティーには、他の秘書を同行するつもりでおりまして……」

七生が助け船をだす。

「なんだ。間宮君が保護者みたいだな。それなら尚更うちで経験を積むと良い。それに、吾妻君のパートナーとして同行すれば、付き添いの予定であった秘書も出席できるし、問題ないだろう」

「わたしのですか? ふむ……」

吾妻に視線で是非を聞かれ、文は同じく視線で訴えた。

(パーティーとか無理!)

横から、微かに舌打ちが聞こえた気がする。

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