【完結】もちろん、私が解決いたします

楽歩

文字の大きさ
21 / 35

21.噴水の向こう sideスヴェイン&リリア

しおりを挟む
 sideスヴェイン


 いつものように、街の中央にある噴水の前で、第二王子の街の視察の引き継ぎを終えた。その日の任務も滞りなく終わり、夕暮れに染まりつつある街並みを見渡しながら帰ろうとしたとき、背後から部下が声をかけてきた。

「あれ? 隊長、今日は花屋に行かないのですか?」

 彼の言葉に足を止める。噴水から少し離れた場所にある花屋は、いつも視察の帰り道に立ち寄る馴染みの店だ。店先には色とりどりの花が並び、柔らかな香りが漂っている。店主は明るく気さくな性格で、顔を合わせるといつも笑顔で迎えてくれた。

「ああ、レティは俺の邸の庭師とも仲が良くてな。庭師が丹精込めて育てた花を分けてもらうのを楽しみにしているんだ。だから、今日は花屋には寄らなかっただけだよ」

「そうなんですか」

 部下は少し意外そうに頷いた。その視線は、噴水の向こうにある花屋の店先へと向かっている。ふと気づけば、いつもこの時間になるとこちらを見て手を振ってくれる姿が見当たらない。

「そういえば、いつも声をかけてくれるのに、今日は店先にいないな。忙しいのかもしれないな」

 ぽつりとそう言いながら、どこか心に小さな違和感が芽生えた。

 見慣れた光景が変わると、理由もなく寂しさを感じるものだ。だが、それを顔に出すのはなんだか気恥ずかしくて、軽く肩をすくめた。

「まあ、今日は花を買う予定もなかったし、逆に気を遣わせずに済んでよかったよ」

 そう言って笑ってみせると、部下は少し悪戯っぽい表情で言葉を続けた。

「あの子、てっきり隊長のことを狙っているのかと思っていました」

「俺をか? はは、そんなことあるわけないだろう」


「そうですかね?」

 部下は笑みを浮かべながら首を傾げた。





 ****


 sideリリア


 夕暮れの街角は、静かに一日の終わりを告げていた。


 柔らかなオレンジ色の光が石畳を照らし、足早に帰路を急ぐ人々の影を長く引き伸ばしている。花屋の店先には、色とりどりの花々が並び、風に乗ってほのかに甘い香りが漂っていた。その香りは、どこか懐かしくて切ない記憶を呼び起こす。


 私は店先に立ちながら、目の前を通り過ぎる人々をぼんやりと見送っていた。


 いつもこの時間になると、彼――近衛隊長のスヴェイン様が噴水の方から現れるはずだった。その姿を待つことが日課のようになっていたけれど、今日は違っていた。



「あら? 隊長さんが行ってしまうわよ。いいの?」



 隣で鉢植えの手入れをしていたメアリーが、不思議そうに私を見上げた。夕陽に染まる彼女の赤茶の髪が輝き、無邪気な声が静かな店先に響く。その音色は、私の胸を静かに抉った。



「……いいの。もういいのよ」



 自分の口から漏れた言葉は、思った以上に冷たく響いた。驚いたように目を丸くするメアリーの顔を見たくなくて、私は手元の花を直すふりをした。


 その動作で震えそうになる指先を何とか隠した。



「え!? 諦めたってこと?」



 その声に込められた驚きが痛かった。私はできるだけ平静を装いながら、肩をすくめてみせた。



「身分相応って言葉の意味をね、やっと理解したのよ。そういうこと。恋なんかしていないのだから平気よ」



 軽く言ったつもりだったが、胸の奥に沈んでいるものを完全に隠すことはできなかった。手元に視線を落とし、花びらに触れる指先に意識を集中させる。けれど、その花々の鮮やかな色さえ、私の心には届かなかった。


 あの人の婚約者――彼女の鋭い眼差しが頭を離れない。


 初めて出会ったときのことが脳裏に鮮明に蘇る。美しい顔立ちに隙のない物腰。

 お金をかけて手入れがされている令嬢を前に、恥ずかしさがこみあげてきた。


 そして、あの目だ。


 彼の隣に立つ彼女の視線は、まるで自分の内面すら見透かすようだった。あの目が、私の心に突き刺さり、私を無力だと告げていた。



「あなた、ちょっと本気になっていたのに」


 メアリーの指摘に、心臓が大きく跳ねた。


 彼女がそんなことに気づいていたなんて。目を見開いて彼女を見返すと、彼女はどこか憐れみを含んだ微笑みを浮かべていた。



「婚約者があれだけ彼を慕っている以上、私に勝ち目なんてないわ。夢だった花屋は開けたのだし、あとは静かに暮らすだけ。そうね、鍛冶屋のガルヴァンあたりで手を打つのも悪くないかもね」



 冗談めかして笑ってみせる。


 けれど、2度目に見た彼女の姿が頭をよぎるたび、その笑顔は薄れていく。


 整った顔立ち、優雅な身のこなし――それだけならまだしも、あの目だ。自分のものを奪おうとする者に向けられる、冷徹で揺るぎない意思を宿した目。あの目が、私の思惑を鋭い剣のように切り裂いていった。



「やだ、あなた、手が震えているじゃない」



 メアリーの言葉に気付いて、自分の手を見下ろすと、確かに微かに震えているのが分かった。そんな自分が情けなくて、震えた手を慌てて花束の陰に隠す。



「だ、大丈夫よ」



 そう笑顔を作ろうとしたけれど、どこかぎこちなかったに違いない。


「……サラにも教えてあげないとね。貴族の令嬢を甘く見ないことね、と」


 サラの姿が脳裏に浮かぶ。


 彼女の軽やかな笑顔が、今はやけに心配になる。もしかしたら、サラの恋人にも婚約者がいるのかもしれない。そもそも近衛隊という立派な職に就いていながら、サラに身分を隠すなんて怪しいもの。それを知らずに――。



「いつの間にか消えていた……なんて、嫌だわ」



 呟いた言葉は、小さな吐息とともに消えていった。



 私は再び噴水の向こうを見つめた。彼の背中は、もう見えなかった。花屋の店先に漂う香りだけが、私を現実に引き戻していた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。 けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。 「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。 ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。 そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。 学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。 けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。 暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。 ※10万文字超えそうなので長編に変更します。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

処理中です...